人間の品格
2008年 11月 09日
傷つくのがこわくて、対人間では心を閉ざしがちだったり、自らをあえて証しがちなようなことを口にすることを人は警戒しがちかもしれない。
それはたしかに世の中には、無防備に語ったこと、人の弱みと思われたようなこと、それを訊いて嬉しがるような人種がいるせいもあるだろう。
経験的に、たしかに無防備にあっけらかんと話したことを訊いた相手の表情とかで、一瞬ハッとする経験は何度かある。
その後、どこかである種の風評と化していたり・・、そういう経験で胸に痛みを覚え、対人間で気を許すことにひとは警戒するようになったりすることも多いのかも知れない。

筑紫さんは、たしかにけっしてそんな下品な部類の人間とは違っていたと感じていた。
あれだけ忙しいのに、文化に興味が深く、たとえば映画ひとつににしても、ものすごく沢山観ていて、ジャーナル的なものにかぎらず、小栗さんの映画なども確実に楽しめていたひとだった。
長年、ニュース23で筑紫さんを観て、訊くことにあたりまえのように馴染んでいたが昨年からそれが断たれ、最近、あまり音沙汰のないことに、こころによぎることはあった。昨日ニュースサイトの文字に「あっ」と声が出た。
多くの筑紫さんを偲ぶ声を聞いていて、そうだなあ、淡々と長生きするだけででも価値のある人生だと河合隼雄さんのことばなどからも思ったけれど、筑紫さんのような惜しまれすぎるような存在もこの世にとってはありがたすぎるほどのものなのだともおもう。
ご冥福をお祈りします.

30年程前のこと、友人の沖縄のグループの会合に筑紫氏がゲストで
来て、友人は筑紫氏と飲み会で少しお話をしたそうです。
それで、一気にファンになり、わたしに
「お前、筑紫哲也知らないの、大分なのに!」って
もう筑紫氏がまるで親友であるかのように、その魅力を語るんです。
冒頭のエピソードもそうですが、人間の大きな人だったんでしょうね。
先ほど、TVを観ていて筑紫氏が沖縄の特派員時代があったことを知り
そんなことを思い出していました。
そうそう大分でしたね。大分には臼杵という、日本がうかれた時代を落ちついてやり過ごして、おもむきある街並を残した素敵な所もありますね。
沖縄はよくニュース23で特輯されていましたね。
久米さんが、訃報にコメントが出なかったというあたりも聞きましたが、まったく、そうでしょうね。