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午後の遺言状

 いつも、プロの役者、演技者という存在をどちらかというと否定的に語っているようにぼくは思う。が、それは作品、作家の意図というか、由来する理由がある。むしろ職業的俳優がときに病的ともいうように演じることで、彼、彼女がテーマとなってしまうような場における、その「我の現れ」の観る側の不快感のようなものだろうか。

 多分、役者さん側にとれば、気持ちよく演じさせてくれる監督なり演出者はありがたいものかもしれない。反対に素材としてのみを要求されてプロの力量を必要とされない監督などにたいしては、まあ複雑な思いもあるのだろうか。
 しかし、竹中監督のいうような「存在」そのものを必要とされるという幸福もまたあり、だからなんとも心持ちは「複雑」ということでいいんだろう。

午後の遺言状_b0019960_03112508.jpg だいぶ前に録画していた映画だが、なかなか観る気持ちになるのに時間がかかった。 新藤監督の映画には好きな作品も多い。独立プロ時代の社会派的な題材の作品が相当に印象の強い方だが、やはりそれらの中には忘れられないものが多い。筆頭は「裸の島」だろうけれど、そのころほかにも生活苦に喘ぐ庶民が主人公の作品が多く、なかなかそのテーマは重い。いま九十を過ぎても独り生活し、次の制作のブランをお持ちだろう、その人生の持久力にも感嘆する。

 「午後の遺言状」では、老いと死に関して、そのテーマは観客が年代が高ければ高いほど、物語に心の至近距離が近い。
 もうここに登場された三人の女優さんもこの数年の間にこの世を去られた。
 杉村春子さんも 乙羽信子さんも、当時この映画で賞をとられているが、認知症の役を演じられた朝霧鏡子さんは賞に昇っていないのが、ちょっと不満だ。だいたいこういう役だと演技としての対象から外れることが多いのは、演じやすいという先入観があるのだろうか。とよく思う。でも 朝霧鏡子さんの役、その無垢で無防備で儚い表情は非常に印象的であり、彼女がどこかで映画をつま背かせることがあれば、そうとうなダメージであったろうとおもう。

 それにしても 杉村春子さんのプロとしての演技はこれはまた、実はそれで独立した楽しさを味合わせてくれるので、なんとも、いつもながらうなりつつ拝顔してしまう。
 この映画での役がまた、演劇人としての彼女をそのまま持って来たものといってもおかしくないので、もうなんの遠慮もなく演じておられたのが清清しい。
 「次はどう出てくるか、・・」といった彼女の演技を見ることの楽しさがあって、だからといって映画の主題を壊しているわけではなく、それは映画の終りの彼女の為のラストショットを見れば納得されることだろう。

 しかも、彼女の台詞は聴き取りやすい。演技の押しの強さみたいなものが発声にも勢いを持っているし、映画に芯の通ったような頼りがいを持たせ、しかもそれは何故かどうみてもユーモアを合わせもって表れてくるから、重いテーマであっても作品は堪え難いものではなくなる。

 乙羽信子さんが飄々と相手を演じるが、それが間を空け、無気味に場を落とし、つかみどころをまたさっと逃がしてくれるようで、描かれていた物語のテーマの重さを「公案」のようにして、映画の後味も不思議にひと夏の避暑地の想い出のようになった。 

 おふたりの最後の作品にしてもまったく不都合はないと思われていることだろう。

「午後の遺言状」新藤兼人 監督 * 製作年 : 1995年* 製作国 : 日本
キャスト
* 杉村春子 (森本蓉子)* 乙羽信子(柳川豊子) * 朝霧鏡子 (牛国登美江)* 観世栄夫(牛国藤八郎) * 瀬尾智美 (あけみ)映画詳細
新藤兼人さんの-生涯現役 朝の活力源-という記事

Commented by falanx at 2007-07-12 21:20 x
プロバイダの変更も終わってすべて順調みたいですね。
お忙しいのか、このところエントリーの投稿がいくらか少なめなように思っていたのですがーー、管理人さんの場合はしっかり長文の記事を書いていることだし、こちらもそのつもりでじっくり読むようにします。

杉村春子さんは僕も大好きな役者さんです。
ひとへの観察力や想像力に富んでいて、人間の達人のような感じがしてました。
セリフも表情もはっきりしていて画面のなかでボケない。
それでいて、なんか、人間の、人生の、生きていることの悲哀みたいなものをそこはかとなく感じさせてくれて、それが滑稽でありながら、したたか!
監督の意図するところをよく理解できて、監督が求めている以上の演技ができる女優さん。僕のイメージのなかの杉村春子さんです。
Commented by past_light at 2007-07-13 01:42
falanxさん、しばらくです。
falanxさんのブログも新しくなって開店のようですね。
しかも、どうもそちらのほうがぜったい長文です(笑)。

杉村さんは随分昔から確立した個性だったような気がしますね。
あの「東京物語」でも、押しの強さと関東現代婦人の存在感など、びしっときめてくれていましたし。
他の役者さんがやさしい、柔らかいタイプなので、なんだか存在の空気を喰っちゃいますね(笑)。
>セリフも表情もはっきりしていて画面のなかでボケない。
ああ、その通り、目に浮かびます。
ふっとね、ときに杉村さんなどの出ている映画を観たくなりますね。
by past_light | 2007-07-12 17:13 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)

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