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絶滅危惧種

 夜よくウォーキングする途中にある、あるアパートの横っちょに住んでいる猫は三毛でおかあさんだ。ミッケと呼んでいるその猫はとても痩せているがしっかりもので、甘えたところがみじんもない。アパートの誰かにある程度の面倒を見てもらっているようだ。猫小屋がひっそりとそのアパートの建物の並びの蔭にあり、そこで育ちつつある子猫は二匹。最近は一匹がどんどん表に出てくるようになった。
 先日そのアパートに住むひとりの女性とたまたま挨拶して状況も少し訊いた。「子猫はなかなかなついてくれない」と言っていたが、最近見るとずいぶんと大胆になって来た。食欲も旺盛。今夜はお腹も触らせた。それでその子はいいのだが、もう一匹はその兄弟の半分ほどの大きさしかない。人が近くにいる間は近寄って食べようとはしない。離れて見ていると一緒になって食べようとしているようだが、どうしても食べている量は少ないだろう。

 万年子供みたいなかわいいオスの白黒の猫もいる。彼らの様子を見ていると、明らかに暗黙の助け合いが成されていると感じる。チビクロと呼んでいるそのオスは、ミッケの子供がいると餌を譲るのだ。
 そのミッケと呼んでいる三毛の母親は、明らかに「子供にやって下さい」とばかりのコミニュケーションをしてくる。もちろん、こちらの顔を見て「みゃ〜」と小さな声で話し掛けることを言っているのだけど。だいたいウソと思うなら見てほしい(笑)。お腹が空いていない時とは、態度ががらりと違うのは猫を知っている人ならよく御存じだろう。

 こんなことを話していても話が長くなるので、核心に行こう(笑)。
 子猫の兄弟を見ていて「生存競争」という言葉を思い出さずにはいられない。
 ミッケはやはりもう一匹の、そのちいさな子供を心配しているようだ。数メートル先にチョコリと座ってこちらを見て、なかなか寄って来て兄弟と食べようとしないその子をジッと見ているミッケの後ろ姿を見ていて、人間の母親を見ているような気がしたものだ。「この子はやっていけるかしら・・」と、ト書きが書きたくなる背中だ。

 動物は野生だと完全なる生存競争の支配の中で生きるしかない。
 人間もそうだと言いたくなる人は多い。「弱肉強食」「強い者が生きのこる」と。
 なら動物のように自然に支配されるべきで、自然を支配しようとしてはならないだろう。
 動物にはできないことができるから人間だが、そういう繊細さは進化せずに動物にも劣る動物になってきていないか、とたまに思う方がいいような気もする。そうでなければ、 絶滅危惧種のひとつだと思う方がまた良いかもしれない。
by past_light | 2006-07-14 02:12 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(0)

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