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ヘルシンキからカウリスマキファンに愛を込めて

 CINE ARTにあります★アキ・カウリスマキの特集記事のコンテンツを戴いていますヘルシンキ在住のKitayajinさんから、カウリスマキの新作の御紹介と御感想コンテンツが送られて来ました。

 「お久しぶりです。日本では異常に雪の多い冬が終わって、やっと春の足音が聞こえる頃なのでしょうか? 当地フィンランドはまだ冬景色ですが、それでも空気には春の匂いが感じられます。イースターまでにはまだ1ヶ月弱ありますが、何となく何かを待つような気分にさせてくれるのも、長い冬を過ごす北国の人たちに与えられるせめてもの償いかも知れません。

 さて、先週、アキ・カウリスマキの待望の新作『街外れの灯』を観てきました。前にお知らせした時は仮称『警備員』という名前だったのですが、試写会に先立ってこの新しい名前に変更されています。・・・
 あわせて、ポルトガルの寒村を描いた短編ドキュメンタリーのBicoの感想文も送りたいと思います。」
「・・『街外れの灯』の日本公開は今年の秋とのうわさですが、真偽の程は判りかねます。★(「街のあかり」日本公式サイト2007/11現在) あまりネタばれを気にしない私の文章ですので、読まれる方に注意書きを書いたほうが良いかも知れませんね。これでも気を使ってなるべくディテールは省略したつもりです。
 日本では桜便りが聞かれるようですね、こちらは早くネコヤナギが芽をふかないかと待っています。」


 と戴いたメールからも御紹介させていただきました。
 ★どうしても映画の中身は知りたくないという方は、お読み下さらずに、日本での公開をお待ちくださるようお願いします。

※後日、CINE ARTのカウリスマキ特集コンテンツへ移動更新させて頂く予定です。
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■2006年 Laitakaupungin valot - Lights in the Dusk - 街外れの灯(仮称) 

 「かってロシア文学が語られた頃、小さな希望が誰の胸にもありました。」
 何となくそんなことを思わせてくれる映画のイントロ部。

 しかし現代は、この映画の舞台となる新興ビジネス街ルオホラハティは、表の華やかさとは裏腹に、なんともやるせない冷酷な世界なのです。仕事仲間には連帯感の片鱗すらなく、小さな正義感はズタズタにされ、はかない夢が踏みにじられ、小さな誇りすら利用されてしまいます。主人公の小さな誇りも、悪党たちに「犬のように忠実なやつ」と見なされ、小さな夢すらも「ロマンティックな馬鹿」とあざ笑われ、いとも簡単に犯罪に利用されてしまいます。そして孤独な主人公の耳に何度も聞こえてくるのは、港の霧笛だけです。 この悲しい主人公に、わずかな好意を示してくれるソーセージ売りの娘と街の浮浪児と犬のPaju。しかし彼はかれらの持つ価値にすら気がつきません。
 
ヘルシンキからカウリスマキファンに愛を込めて_b0019960_20282631.jpg アキ・カウリスマキはインタビューにおいて、この映画の主人公をチャップリンの名作『街の灯』(1931年)の放浪者に、都会の片隅で自分の小さなニッチを探す青年になぞらえています。 しかし主人公が出会うのは、ラストシーンまで相手が放浪者であることを知らない心優しい盲目の花売り娘ではなく、会った瞬間に彼が警備員であることを見破ってしまう悪女、マリア・ヤルベンヘルミの演じるミルヤです。この出会いの設定をあの名作『街の灯』の涙が出るほどに美しく、せつなく、残酷なラストシーンのパロディーとすることでアキはこの映画をチャップリンに捧げた賛歌としたかったのかも知れません。このことは本作品が発表前には長く『警備員』という仮称であったものが、発表される直前の2006年1月に『街外れの灯』と訂正されていることにも絡み、チャップリンの名作『街の灯』がこの映画の創作過程で及ぼした影響を推測させてくれます。

 またアキは、この映画の悪女ミルヤを映画史上の最も冷酷な女、ジョセフ・マンキウィッチの『イブのすべて』でアン・バクスターが演じるイブ以来のファーム・ファタールと折り紙をつけていますが、さて映画をご覧になる皆さんは?
 刑期を終えて出所した主人公の殺風景な宿舎テーブルには一輪挿しの赤いカーネーションが、ミルヤを自宅に誘ったあの日のニ輪挿しの片割れでしょうか? 
 放浪者のチャップリンが花売り娘に捧げたのも確かカーネーションでしたね。

 メルローサの謎のフィルムはついに見られませんでした。でもカムバックしたMelrose のライブ演奏が楽しめます。また悪党たちのトランプ博打の場面ではrich little bitchも流れます。なんとそこではこの映画のrich little bitchであるミルヤが掃除婦をさせられているではありませんか。どうやら幻のフィルムの謎は迷宮入りのようですね。
 音楽ではMarko Haavistoも健在で詩のように心にしみる『凍った雨』を聞かせてくれます。 

 テイモ・サルミネンの映像の美しさはいや増すばかり。この色彩の世界に、60年代と現代が錯綜した不思議な世界に、映画が終わったあともしばらく目を閉じて浸っていたかった。目を開けて映画館を出れば、そこには1960年代の影はもはやなく、2000年代が待っています。私がこの映画を見たこの映画館とその周辺の工事現場までこの映画にショットとして出てくるので余計にそう思ったのかも知れません。

 10年前にスタートし、『浮き雲』、『過去のない男』と続いた社会不正義3部作を締めくくるこの作品は、現代の『孤独』を描いた作品です。極端なまでに徹底したカウリスマキ流のミニマリズムにはいっそう磨きがかけられています。
 アキがこの3部作で行き着いた地点は、なんともやり切れない諦観の支配する地平でしょうか? いや、前2作に含まれていたハッピーエンドを、観客への媚を捨て去った、本来のカウリスマキの戻ったと評価すべきではないでしょうか。「罪と罰」や「マッチ工場の乙女」で見せた冷酷なまでの切り捨てはありませんが、円熟と悲痛な叫びがそこには感じられました。そのラストシーンで、アキはすでに目が見えなくなったコイスチネンとソーセージ売りの娘のアイラに:

“You?”
“You can see now?”
“Yes, I can see now.”

 という名作『街の灯』の最後の会話を語らせたかったのでしょうか?
 いえ、実際に交わされた会話はたった一言だけです。コイスチネンの最後の言葉は

 『ここに残ってくれ...』。

 その言葉が『俺と一緒に、この60年代に残ってくれ』*と言っているかのように聞こえたのは、背景に流れるロシア音楽がなせる感傷的な悪戯でしょうか?

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 < *の部分をある意味で「思いとして」は補足するものかと私的に思い、後日いただいたメールからの引用(以下掲載)をKitayajinさんから御許可戴きました >

「 Kaurismaki に惹かれるのは、彼が決してメージャーを目指さない男であるからかも知れません。フィンランドにおいてですら、現在上映中の彼の映画はハリウッドの娯楽映画には、観客動員数において足元にも及びません。
今回の映画が撮り終わって再びポルトガルに引き篭もっての生活のようです。
今回の映画の上映に先立っても極めて少ないインタビューしか行なっておらず、私の知る限りではヘルシンギン・サノマット紙記者がPortoに出向いて行ったインタビュー(2006年1月29日付けで発表)とほぼ同じ頃に前作『過去のない男』の中でフガフガ声で弁護士を演じておられた人権運動の闘士である故Matti Vuori氏のお葬式のためにフィンランドに戻ってきたアキが若者のタウン紙VOIMAに許したインタビューだけと思います。
映画の話は一切なし、政治の話だけとの限定で行なわれたインタビューで、彼はMatti Vuori氏の死によって、『フィンランドの良心の半分が亡くなった。残りの50%といっても、もしそんなものがあっての話だが..』と相変わらずの毒舌を残して、午後の告別式に出かけて行ったそうです。」


       +++++++++(あらすじ)+++++++++

 ヘルシンキの新興ビジネス街ルオホラハティで夜警員として働く主人公コイスチネンは、仲間もなく、ガールフレンドもいない孤独な青年。いつか自分の警備会社を起こしたいと夢見て、それなりの努力もしている平凡な若者です。そんな彼がある日、魅力的な女性と出会います。女は、コイスチネンを利用して、警備の厳しい宝石店荒らしを働こうとする悪党たちが送り込んできた罠なのです。女に惚れ込んだ彼は警察の尋問でも彼女のことを明かしません。悪党たちはそこまで読んで、コイスチネンを利用したのです。
 刑期を終え、社会復帰を目指すコイスチネンは偶然に、女が彼を利用したことを知ります。しかし、かっとなって悪党を殺そうとしたコイスチネンは、彼らに逆襲されてしまいます。
       +++++++++++++++++++++++++++


制作:Sputnik Oy
監督:Aki Kaurismaki
脚本:Aki Kaurismaki
撮影:Timo Salminen
舞台:Markku Patila
服装:Outi Harjupatana
録音:Jouko Lumme, Tero Malmberg
キャスト:
Janne Hyytiainen(警備員、Koistinen)
Maria Jarvenhelmi(悪女、Mirja)
Maria Heiskanen (ソーセージ売りの娘)
Ilkka Koivula(悪徳ビジネスマン)

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■2004年 Bico

 老人だけの村、フランスへの出稼ぎ、石職人の未亡人、ハーモニカで吹くバラード、山羊と羊と牛が放牧される雪の残る牧場、綿が紡がれ、犬が吼え、映画が終わります。
一切の会話もなく、淡々とポルトガルの寒村Bicoの姿が描き出されています。

ヘルシンキからカウリスマキファンに愛を込めて_b0019960_2028493.jpg アキ・カウリスマキは、彼が住みつき、愛する旧き良きポルトガルについてこう語っています:

 「他の欧州諸国が1960年代から1990年代にかけて歩いた変化をポルトガルはたった5年間で経験しようとしている。村の道路の真中に立ちはだかって、俺は叫んだ『俺はこの芝居はもう見たのだ、どうか辞めてくれ』。でもだれも耳は傾けてくれないのだ。」

 「ポルトガルでは長い映画をつくることはないだろう。かってここを舞台にJuha(邦題:白い花びら)をカラーで音声入りで作ろうと考えたことがあった。脚本も書き始めたのだ。でもふと気が付いたら、おれは羊飼いの主人公が何を弁当に持って出かけて行くかすら知らないではないか。」
 こうしてJuhaはフィンランドを舞台に作られたのです。

 この短いドキュメンタリー映画は2004年の5月にリリースされたオムニバス映画Vison of Europeの24編のうちの一つとして作られたものです。
 Bicoの村はスペイン国境に近い北ポルトガルの村で、ポルト市から北へ50km、ブラガの町からさらに山間を行ったところにある、何の変哲もない寒村です。

制作:Sputnik Oy
監督:Aki Kaurisumaki

 (文 : 河田舜二)    2006.3.18、19日 補筆・修正しました。 ★「街のあかり」日本公式サイト2007/11現在
Tracked from +++映画の部屋+++ at 2006-03-21 14:54
タイトル : アキ・カウリスマキ新作
映画のブログ「NUMB」 lin様に教えていただいたのですが、カウリスマキ監督の最新作がフィンランドで2月に封切られたそうです。(^▽^) ●「Laitakaupungin Valot」(ライタカウプンギン・ヴァロ) 【英題「Lights In The Dusk」(「街外れの灯」)】 「浮雲」「過去のない男」に続く、失業三部作のトリの作品だそうで、幸せなところがまったくない作品だとか・・・。 幸せなところがまったくない作品といえば、わたしは同じくカウリスマキ監督の「マッチ工場の少女...... more
Tracked from 海から始まる!? at 2006-05-11 07:00
タイトル : 詳細!カンヌ国際映画祭2006 コンペティション部門
 今年も5月17日~28日まで、カンヌ国際映画祭が開催されます。そこで、今年のコンペティション部門出品作について調べてみました。... more
Commented at 2006-03-16 23:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by past_light at 2006-03-17 01:36
キョーコ さん、はじめまして。
非公開にして頂きましたが、お返しのコメントは、どうしても公開になってしまいますので、すみません。
ありがとうございました。そちらにコメント欄を見つけられなかったので、失礼してしまいました。
トラックバック、そちらの記事の編集画面だと思いますが、こちらのトラックバックURL の、http://past.exblog.jp/tb/4268327を入れていただかないとダメみたいですね。
ぼくも初めはチンプンカンプンで理解するまでけっこうかかりましたよ(笑)。
取り合えず、そちらのアドレスを下記に書いておきます。
今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/8842339
Commented by past_light at 2006-03-17 02:19
上のアドレスはトラック用みたいで跳べませんので、下記アドレスをブラウザへCOPYペーストして下さい。
http://helsinki-tuusin.cocolog-nifty.com/tuusin/2006/02/laitakaupungin__9ecb.html
Commented by okapon at 2006-03-20 12:24 x
はじめまして。カウリスマキの新作の話、ここで始めて知りました。
すごく観たくなる素敵な記事です。
カウリスマキの政治的なスタンスを知れて、ますます、彼の作品に対する愛情が沸いてきました。トラバ返します。
Commented by past_light at 2006-03-20 18:56
okaponさん、はじめまして。
トラバさせて戴いてありがとうございます。
それからコメントありがとうございます。

Kitayajinさんの御感想は実に期待させる内容です。
ほんとうに日本公開が待たれますね。
「・・かってどこかで監督が、日本の方たちには私の映画の持っている社会性も理解して欲しいといった発言がありました・・」
とKitayajinさんのメールにはありました。
静かな連帯感を共有できてうれしいです。
今後ともよろしくお願いします。
Commented by tentententeko at 2006-03-21 14:53
はじめまして!
先日はTBありがとうございました。
カウリスマキ監督の映画、とっても好きで、こちらで新作映画の
内容を読むことが出来て、とっても感激しております(^▽^)
これからも宜しくお願いいたします。<(_ _)>
Commented by past_light at 2006-03-22 01:14
tentententekoさん、はじめまして。
こちらこそ、TB、コメントありがとうございます。

御紹介できまして、こちらもうれしいです。
Kitayajinさんも、こちらに多分御出でだと思いますので、御感想書き込んで頂き感謝しております。
今後ともよろしくお願いします。
by past_light | 2006-03-16 20:55 | ■主に映画の話題 | Trackback(2) | Comments(7)

過去と現在、記憶のコラム。

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