巧妙なブレイン

 本屋で立ち読みしたある本に・・、「援助とか分かちあうとか言いますが、その人たちはその人たちの困難の理由があり、助けるのが彼らが自立するのをさまたげる場合もあるんじゃないですか。・・」

 そんな質問に、「私にはあなたが、かれらを放っておきたいという、自分の考えをただ正当化したいというように聞こえますね。・・」というふうに答えているページがあった。

 思い出したのは、この本のそういう質問者のような言葉を前にも聞いたことがあるということ。

b0019960_19494861.jpg 映画の中で放浪する主人公が、はらぺこでにっちもさっちもいかなくなって、田舎の教会の神父に「食べるものをもらえないか」と懇願するのだが。
 神父は「あげることはできるが、それはあたなたのためにならない。あなたが自分で食事できるようになることを邪魔することになる」というように説教し、彼を簡単に突き放す場面。

 のちにぼくは、神父の対応は、シンプルな人の反応とか相手に対しての無邪気な対応ではないと思う。というような話をしたとき、しかしやはり、神父に一理ある。という意見が意外に多かった。精神世界とか関心のある人たちだ。なかにはカルマという言葉がお好きな人も多い(笑)。

 ぼくらはそういう世界に住んでいて、イエスの言う、「おさな子」の世界から遠く離れ、ハートからではなくてヘリクツの編み目に絡み込んだブレインからの反応で、一生食い切れない量をたらふく溜め込んだり、そして世界で餓え死にしている人を黙殺し、一国では勝ち組とか負け組とか、上流だ下流だとか、そんな話題にしているようなものかも知れないね。
[PR]

by past_light | 2006-02-19 19:51 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(6)

トラックバックURL : https://past.exblog.jp/tb/4173766
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by ruthk at 2006-02-20 03:37
こんばんは。お久しぶりです。冬眠していました。

福祉とモラル・ハザード云々とか、いろんな議論もあって、
上の映画の神父さんの言葉、
たしかに「理」はあるのかもしれないけれど
やっぱり、よくわかんないです。

そんな「理」を理解することが、
「知の世界」や「精神世界」やカルマの法則(笑)を
理解することにつながるのだ、としても・・・
うん、やっぱり、わかんないままでいいです。
Commented by past_light at 2006-02-21 01:58
ruthkさん、どうも、おはようございます(笑)。

>わかんないままでいいです。
名言です。

カルマというのは、もろもろ、、きっと早とちりとか、いろいろあるようですって。(笑)

そういえば、集合的なカルマというのもあって、これをだいたいの人は忘れているようで。それで知らずと他人事として考えている場合が多いかも。
地球のカルマとか、日本のカルマとか、・・それで特にブッシュ政権以後のアメリカの刈る間はかなり重いという説です(笑)。

ちょうど今日のニュース23に、今激増している低年齢化するアメリカのストリートギャングの取材がありましたが、これはすごくいい取材でした。
Commented by bs2005 at 2006-02-21 13:12
>>「私にはあなたが、かれらを放っておきたいという、自分の考えをただ正当化したいというように聞こえますね。・・」
そう言われると、確かにそういう具合に考えられます。でも、神父さんの話だけだ聞いていたら、そちらにもそのまま納得してしまったような気が、、、(恥)

もっと主体的に考えないといけないなと反省させられました。
Commented by past_light at 2006-02-21 19:40
bs2005さん、コメントありがとうございます。
bs2005さん、すごく正直だ(笑)。

神父さんの言葉も、事と場合と状況と・・、という中では、あてはまることもおおいにあるのでしょうね。
でも杓子定規だと、どっちも洗脳になっちゃうんでしょうね。

主体的に考えたり感じたりするというの、同感です。
Commented by ナカムラ ユエ at 2006-02-22 21:35 x
記事を拝見して、マズローの三角形を思い出しました。ひとはまず、本能的な衣食住の欲求が充足され、その後社会的自立なのど欲求が生まれる、という例のアレです。

私は介護保険を利用した在宅介護の現場で働いていた経験があるので、この三角形を想起させられる出来事に多く直面しました。

少し話は逸れますが、介護保険でおカネを稼ぐ以上、重度化したほうが儲けが良いけれども、人対人という関係では、少しでも介護度を軽くできるようADL:Ability of Daily life向上を目指したいという狭間にスタッフたちは立たされることになります。

なにが正しいのか、なにが正しくないのかは神が考える領域ですね。
でも、当然としてかつてはできていたのにいまは他の人の手を借りなければならなかった日常のほんの些細なことができるようになった、そのときの顔を見ると、少なくとも彼・彼女と私との関係では間違っていなかったのだと思いとてもほっとします。
Commented by past_light at 2006-02-23 01:24
ナカムラ ユエさん、まずマズローの三角形は不勉強でした(笑)。
しかし、わかりやすいですね。その通りだと思います。

体験や経験からのおはなしありがとうございます。
たぶん、そういう現場でリアリティが感じられるのでしょうね。

介護も仕事とか経営とか利益などと絡めて行くと、そうとうたいへんでむずかしいことがあるのでしょうね。

衣食住や教育とか医療が人間の基本的な満たされる権利として、行き渡るのに世界はそれほど不可能なのか、疑問ですね。
隠された自己満足があると思えます。豊かな国にやる気がないのだろうと思いますね。自国の貧困にもさして本気で取り組んでいると思えないし。
それから、そういう話をすぐにイデオロギーに絡め込んでしまう人が多いですもの。

>日常のほんの些細なことができるようになった、そのときの顔を見ると、少なくとも彼・彼女と私との関係では間違っていなかったのだと思いとてもほっとします。
関係の中での、かたちに表われずに伝わるものなんかも大きいんですね。