夏の残照

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 ちょっとだけ、夏が戻って来てくれたような日でした。
 今年は洪水などもあったり、台風の大きな被害もあった。
 いつになく長い夏が終って、はや一月以上がたった。秋も深まり、これからだんだん寒さとか感じる日が迫り来るのだと思うこの頃、ふっと、わずかにこんな夏の名残りを感じる日があるものです。

 しかし思い起こせば、出先で、例年より雷雨に見舞われて困ったことはなかった。
意外に夏の終りの雷雨は想い出深いものなので、ちよっと損した気分。
 だから残しておくのは数年前のオモイで。

 ◆空がどんどん暗くなる。やがてとおくから雷鳴が鳴り響き、地上を走るような風がむかってきた。すぐに夕立ちがくる。自転車をひきずり屋根のあるベンチに避難してみた。が、すぐに突風がきた。ちょっとやそっとの夕立ちじゃなさそうだ。ここじゃだめだな。おきまりのように雷鳴はますます近づいてくる。
  子犬を連れたご婦人も散歩の途中。同じ屋根の下、困ったわ~とワンちゃんと顔を見合わせている。そのへんに雷が落ちた音。うわ~こりゃだめだ。 ワンちゃん、目を丸くして固まった。ご婦人も意を決して子犬との散歩はあきらめて帰ることにしたようだ。ぼくは帰るといってもお家は遠過ぎてだめだい。近くのこじんまりしたトイレに雨宿りに行くことにした。おお、ありがたいことに清潔だ!! ブラボー。頑丈なスチールの扉だし、ちよっとした三畳のマンションの一室って感じだ。
 そして間一髪、ごうごうの土砂降りの雨があたりを包み込んだ。

 「ひえ~、こりゃひでぇ!」
 声の主は自転車で隣の女性用に乗り付けた一日の労働帰りのおじさんだ。まあ、よく考えるとこちらもおじさんだ。時々忘れるのは罪じゃないだろうが。 あれすみません、男用をひとりじめしたみたいで・・。

  半開きのスチールのドアの下の隙間からは雨水がどんどん入ってくる。タバコをふかしながらふとノアの洪水の日を思い浮かべる。どんな嵐もやまない日はない、と言ったのは老子だった。でもこんなひどい雷雨のとき、人類最後の日だって妄想してもおかしくない世界なんだろうか。

 でもやっぱり妄想で、やがて20分もたったら雷も雨も走り去っていくようだ。だいぶ小降りになった。女性用にいたおじさんはまた自転車にまたがり帰ることにしたようだ。男用のぼくの前でちょっと立ち止まり挨拶してくれた。

  「傘、持ってこなかったんですか」「ええ、でももうやむでしょう」「傘あってもしょうがないけどね、これじゃ」「そうですね」「雷のほうがこわいからね」「ほんと」「じゃ」「気をつけて」

 おじさんも帰って数分もすると雨はもう傘がなくても気にならないほどになった、雷鳴も徐々に遠く移動した。雨が洗った夕空に月がくっきりと浮かんでいる。稲妻は雲の隙間にときおり光り、ぼくはしばらく見とれる。

 ◆ヘッセは雲が好きだった。初期の作品をむかし読んだ頃は夏の日々だった。ものがたりの詳細は忘れているが、清々しい夏の高原の空気を胸にふかく吸い込んだような懐かしい想いがハートに残っている。
 熊谷守一は「へたも絵のうち」で、よく晴れた青空より雲のある空の方が好きだと言う。読んだ時はピンとこなくて、青空もいいけれどなあ・・と思っていたが、先日、夕空に浮かぶ雲の美しさを見ていて、気がつくといつからかぼくも、晴天の雲ひとつない青空よりも幾重もの雲がつくる表情の空が好きだったことに思い当たった。

 空にある雲は捨てるべきごみじゃない。だけど、道には、海岸にはごみがあって、あるいは人間が地上でしか暮らせない証しでもあるが・・。
  ニュース23の特集で、数年前に突然、活動を停止したシンガーのCocco(こっこ)が、沖縄の海辺でごみを拾っていた。「きりがないから、これ一杯になったら今日はやめようと思ってるんだけど」と、ゴミ袋を持って海辺を歩いていた。彼女は当時の事を「とつぜんある日、ほんとうに歌が好きなんだと気づいたの。だからこのままは続けられないと思った」と言う。「商売にしたくなかった」「とにかくいったんすべてを捨てよう」と。
 「ほんとうに歌が好きだと気づいた」という転換点がひどく切実に聴こえる。

  子供たちと、学校のブラスの伴奏と、彼女は沖縄の海への思いを、「基地のせいやオニヒトデのせいにばかりしててもだめでしょ、自分ができることしなくちゃと思って」「みんなもひとつでもごみを拾ってくれたらいい」 という思いを歌にしてみんなで歌う。
 中学校の校庭に設けられた野外ステージに登場したときのCoccoは、「なにか言おうとすると泣きそうだから、すぐ歌います」と、まさに泣きそうな顔を細く長い手で覆いながら言った。・・そしてステージを見つめている観客たちの感動も伝わる映像も印象的だ。なんと観客のそれは真剣な表情のことか。
 みんなとの合唱が終わり、感極まったCoccoの雄叫び !!。
 ぼくは彼女の歌をそのころじっくり聴いたことはなかったが、彼女が繊細な、誠実な、ほんものの芸術家だということがよく伝わるそれは番組だった。
 その後に映ったニュース、政界の次期首領争いの映像に出てくる顔は、なんとあの繊細さに遠いことだろう。(2003年9月)
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by past_light | 2005-10-15 02:06 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

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