「笠智衆さん」

 若い女性の話に多いのだと思いますが、仲の良い老夫婦を見ると、なにか憧れを感じるそうです。「あんな風な夫婦に憧れる」と・・・。 そういう話は先日、あるところなどでも聞きました。
 彼女の話では、手をつないで散歩していたり、公園で一緒にベンチに座っていたり、ブランコで遊んでいたりする老夫婦も見かけたそうです。
 それは耳にすれば、誰でもが、ほのぼのした光景が浮かぶ、そんな話でしょう。
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 しかし、多分経験上、憶測ですが・・(笑)、誰しもそこまで時間が経つには、若い時期、また中年、壮年と・・、現在のそのふたりの姿に、あまり重なっては見えないような様々な場面、情景も、きっとあったはずです。
 あえて聴いてみなくとも、いろんなドラマや葛藤の多い時期も通り過ぎているというほうが一般的なのでしょう。
 よく、長く一緒に暮らして・・空気のような存在になる、という話もありますが・・。

 そういえば、小津安二郎の映画の『お早よう』という映画だったと思いますが、それはホントにのんびりした映画でした。
 その映画のなかでも永年連れ添う夫婦がやはり出てきます。
 毎朝のように旦那が縁側に出て「ぷ~っ」とおならをすると、奥から奥さんが出てきて「あんた、なんか言った?」と、必ず聞きに来るのですが、そういうのんきで可笑しい家族が中心になるような映画です。
 そう言えばこの話をした時にも、「いいわね・・・」としみじみ呟いた女性もいましたね・・。

 『東京物語』の笠智衆は、小津の映画では、ほぼずっと壮年~老人の役を演じていました。 その笠さんは『東京物語』でも当時まだ若かったので、老人を演じるのに腰に座布団を入れていたそうです。
 思い出すと、そんな笠智衆の歩く姿や背中や表情が思い出され、なるほどと感心しました。

 ある人が「老いには、それそのものの美しさがある」と言っていましたが、小津映画の笠智衆もその後の笠智衆さんも、いつもぼくには美しい老人に映りました。
 余談ですが、そんな笠さんは、ぼくの忘れられない印象的な夢の中で、なにかを伝えてくれる不思議な老人として登場したこともありました・・。
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 大部屋役者だったという笠智衆が、生涯、役者としてぼくたちにその姿を楽しませてくれたのも、小津安二郎が「お前ぐらい下手だと、面白い。物になるかもしれないよ」と主役級に抜てきしてからのことで、笠さんも役者の仕事に本格的に取り組みはじめたそうです。
 後で思い出したことですが、ぼくが子供の時に観たテレビの中の笠さんは、確かに--印象的なくらい異様に下手--に映って見えました。そういうぼくの今となってはうなづける話です。
 俳優笠智衆が忘れられない役者として人の心に残るのも、小津安二郎という監督が、そんな目と感性を、ちゃんと持っていたからこそでもあります。

 そういう出逢いというのは、恵まれた奇跡のようにも感じるところもあります。しかし、笠智衆のような人を見ていると、いわゆる大量生産的な効率とか巧みな技術などではかなわない、なにかある不器用さの中に隠れた魅力、存在感・・、そして、そこに忘れがちだが大切な、ゆっくりとしかもしっかりと、その演技を目にした者に伝わるものがあるのだとも思います。

 過剰な主張も欲も感じさせなかった、そんな笠智衆さんの晩年も、確かに美しい老いの姿を魅せてくれていました。
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by past_light | 2004-09-08 01:17 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

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