迷い人

 宮沢賢治の亡くなる前、自分の書いた作品を「これは、私の迷いから出たものですから、どうか焼くなり好きにして下さい」というようなことを言ったという話がある。
 幸か不幸か残された作品は、今もぼくたちがいつでも読めるようにどこの本屋にも図書館にもある。

 人の書いたもの、日記も手紙も、迷いといえば人それぞれの迷いから形に残ったものなのかもしれない。
 しかしそれは、次の世代の同じく迷いつつ生きる人に向って、彼らの迷いの道に手助けするものを残しているものがあるのだろう。
 「わたくしという現象」の、ほのかな灯。

 画家のゴッホなども多くの書簡を残し、その「迷い」を書き連ねている。
 彼は一時期、炭鉱で働いたり牧師になろうとしたりと、つねに他者に向ってなにかをしたいという衝動があったように感じられる。

 自分のコントロールをないがしろにして人の世話なんて、という戒めもあるだろう。が、はたして人の内から湧き出る情熱のマグマ、そんな覚えはないか。
 ダライ・ラマが「自意識の迷路で迷う」女性に、「コミュニケーションを取ることは大切だと思うのに、できない」と相談されたとき、「それがむずかしいときは、人類全体のことを考えてもいいのですよ」と言ったと以前読んだことがある。さすがに深いなあと思う。

b0019960_19123207.jpg ゴッホにとっては、ゴーギャンとの短い共同生活も、画家たちのユートピアを夢見た彼にとっては、そのはじまりのように感じていたのかもしれない。しかし、ときにバランスを欠いていた彼のパーソナリティが取る行動は、まわりの人間にとっては自分勝手な妄想からのようにも見える押し付けがましいものでもあり、現実と亀裂を起こすことが多かった。ゴッホ自身も落ち着けば自責の念にさいなまれたのだろう。

 そして、いつも弟への手紙には、生活の苦しさ、絵具代に困っていると、無心の言葉を書き足さなねばならなかったことも、後の人が読んで呑気に思うほどゴッホは軽い気持ちではなかっただろう。ゴッホにとってみれば他になすすべなどなかったのだろう。 晩年にはその遺書とでも言うべきような、出されなかった弟テオへの手紙が胸をうつ。
 以前テレビで観たゴッホ特集で、仲代達也のナレーションによる最後の手紙が読まれた時、ぼくは震えた。

 「 君の思いやりある便りと、同封の50フランをありがとう。・・・
 ・・だがわが弟よ、いつもこのことを君に言ったし、最善を尽くそうと絶えず求めたものの考え方を真剣にもう一度伝えたい。

 繰り返して言うが、君は単にコロの絵を売る画商とは全然違うし、僕を通じて何枚もの絵の製作に携っているわけだから、たとえ破産したとしても安心していていい。
 そうだ、自分の仕事のために僕は、命を投げ出し、理性をなかば失ってしまった。
 でも僕の知る限り君は画商らしくないし、君は仲間だ。僕はそう思う。社会で実際に活動したのだ。

 だがいったいどうすればいい 」

 存在の切り離しえない弟テオという人の不思議も思う。
 ごく下世話的に想像するならテオは、家族を抱え、度重なる兄の切なる要求の手紙も重く肩にのしかかってたいへんだっただろう。
 しかし、ゴッホが自ら命を断ったあと、テオの人生も終ってしまったのだ。

 そういえば、賢治にも、彼の宗教心の強さで、まわりとの軋轢を感じさせる時もあったかのようだ。

 彼らのような人たちの抱く「理想」にしても、時にはそういう自分勝手なものもあるかもしれない。他者にもいいはずだと思い込んでしまいがちに。自らの、からまわりする情熱に目の眩む時期もあるだろう。
 とはいえ彼らの残したものに、時折、強く純粋な魂の声が聴こえるような響きの言葉があるのも事実だ。

 側に居たものはたいへんなんだ、と言われそうだが、見渡しても人間の得意分野は様々だ。完全な者はいないのだ。

 「ユーモア」というものについて、こんな言葉もあった。
 「自分と世界を見て、笑う」
 人を笑いたいと思った時、自分をも笑おう。

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Commented by sizukugaotita at 2005-01-22 16:13
ゴッホという人物について、私は教科書でしか知ったことがなかったので驚いてしまいました。
文章を読むにつれて、ゴッホへ惹かれていった自分がいました。
彼らの「理想」は、あまりに純粋すぎたのかもしれませんね。
次回、ゴッホについての特集番組があれば、ぜひ見ようと思います!
Commented by past_light at 2005-01-23 14:12
なにか特別な個性を持った人というのは、生きるのもたいへんでしょうね。
まわりの人もなにかと巻き込まれてたいへんかもしれないですが、
どこかやはり惹かれるし、魅力があるのですね。
心理学にはトリックスターという言葉がありますが、いろんな意味でそんな存在がいて、真実に関わる部分を気づかせてくれたりすのでしょう。
特集番組、あるといいですね。
by past_light | 2005-01-20 19:18 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(2)

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