受け身の漁

 以前ニュースの特集で、海と潟を壁で隔ててしまったあの場所、 諫早のその後を、80歳のおじいさんの元気な姿とともに伝えていた。

 今はもうほとんどなくなったそうなのですが、明治時代からあったという、海の浅瀬に石ころで築いた塀があり、潮の満ちひきによって干上がったその場所に、まあ少々のんびりしたというか、おまぬけというか、そういう魚君たちが沖へ帰れなくなって、塀の内側の浅瀬に取り残されてしまう。そういう魚をその日の食卓に運ぶのだそうである。

 言わば「受け身の漁」なのだが、それでもその方法で昔は沢山の魚が捕れ、その町のある人の先祖では数千万円にもなったというボラの大群でひと財産築いたこともあったらしい。その財産もいろいろと役に立つことに使ったらしいのですが。
 当時建てた「ボラ屋敷か、ボラ倉」と言われたその方の家も「今ではボロ倉ですよ」と、なかなかの諦観の念、センス溢れるおじいさんのコメントがよかった。

 しかし潟に注いでくる海の水がなくなる、あの海を遮断する壁を作ったことで、めっきり魚が減ったということだ。
 しかも近くの魚の産卵場になっていた場所が影響を受けたようで、それも大きな原因という話。
 今では一家の食卓にさえ足りない漁の日も多いという。

 大量の消費、それをまた超えるような大量生産との時代では、その「受け身の漁」などは、いわば石器時代の遺物のように感じられるかもしれない。

 しかし、そのおじいさんの声高に誰かを非難するのでもない淡々とした話と日々の生活に、できるだけ自然も人も傷つけず、ゆっくり暮らす幸せとか、余裕とか、目に見えないなにか大事なものを観たような感じもした。

 勇ましい漁もいいが、こんな受け身の漁というかたちのなかに、この時代に忘れ、喪失してしまった大事なメッセージが隠れているような気がしたものだ。
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by past_light | 2005-01-16 01:59 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

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