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「ゆれる」 監督・西川美和

 後味はいわばよくはない。それにはちゃんとした理由があるのだが。
 しかし脚本と監督、三十代の西川美和という人の力量は驚かされる。それにこの映画は役者がもっとも好むつくりなのではないかと思わされた。
 見終わればまず、兄役である香川照之が、ものすごいうまい役者だということが、彼の代表作の作品にもなるだろうということも思われる。香川の顔、背中、それにその身体から醸すような「むっ」とした演技は、最近あまり他の演技者では感じなかったほどレベルの高い表現だとおもう。主役のオダギリジョーも充分。その風貌、キャラクターに漂うイメージとしての存在が生きた感じだし、文句なしに巧い。
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 後味がよくないというのは、たぶんこの監督の持ち味にもなるのだろう。すっきりとエンディングを迎えるような作品はこの先も作らないんじゃないかななどと思わせる。
 設定も登場する人物群もさほど複雑じゃないし,むしろシンプルなのに、描かれる人間の心理は怪奇というほど複雑、曖昧で、それはたぶん観客が注意して観ればみるほど、かえって迷宮の様相になる。想像し,深読みすればするほど、いくらでも登場人物たちの内的なドラマは,観客にとっては繰り返しひっくり返るような、終わりのない不安に投げ込まれてしまう。

 以前、映画を知る前に、この映画の監督がテレビで受け答えしている番組を観ていて、「友人がなぜか人を殺してしまう」という悪夢を観て、それがベースで物語を構築したという話や、人が善人と悪人とに単純に分かれるということに対する疑念、むしろ一人の人間がはたして善人か悪人か決定づける物差しがあるのか、一人のなかに言わばジキルとハイド的に共存しているものが人間じゃないのか,などというふうな話をしていたので、この人の映画もやや想像した部分があったけれど、なるほどこんな風に彼女は描くのかと思った。
 人間の内部のアメーバ状の「ゆれる」世界を、硬質ともいえるような隙のない構成で構築する。そういう並外れた力には敬服する。その映像、カットも、ところどころ女性性の成せるとしか思えない独特なものがあるし、全体を見渡せば男性的ともいえるような輪郭を感じさせる。
またジャンルとしてもミステリー、サスペンスです、と単純に言えないような世界を作り出したことも賛辞されるだろう。

 人間、考えれば、終わらない謎が沈殿したまま生きていることはあるだろう。
 たとえを言えば、あのとき「こうして、こうした」と思い込んでいたが,何年も経ち、とつぜん「あのときぼくはこうしなかった」と思うと、どこに正しい答えを残しながら生きているのかなど、わけが解らなくなるものである。

(2006年の作品)
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by past_light | 2009-09-27 20:07 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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