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アキ・カウリスマキの「浮き雲」・・深甚なるユーモア

●「浮き雲」

 アキ・カウリスマキの「浮き雲」・・深甚なるユーモア_b0019960_01200425.jpg[「マッチ工場の少女」という、なんとなく不幸続きな登場人物が予想される映画が以前あったのは覚えていた。
 最初に観たカウリスマキの映画。はっきりアメリカ映画とは異質な空気、街の情景や人の表情も興味深い。

「浮き雲」は、なんだか無骨な空気なのに不思議にゆるい。
 観客だから言えるが不幸を描いているようで楽しんでいるよう。どのみち人生はドラマだ、すべての人の頭上には、日が沈み日が昇る。

アキ・カウリスマキの「浮き雲」・・深甚なるユーモア_b0019960_01202956.jpg  共稼ぎの夫婦が同時に職を失う。そこではソニーのカラーテレビはけっこう高価なものだ。
 しかしまたものローンで買ったばかりでの思わぬ互いの失業。
 不況だからなかなかその後は大変だ。

 夫は妙なプライドで偏屈さも持ち合わせているから、日々夫婦喧嘩がおきそうに想像するが・・ちっとも起きない。
 ふたりは不思議に静かな糸で結ばれている。

 映画は、どんどん二人を奈落へと落していきそうな気配・・。
 監督よ、いいかげんにしてあげて・・と言いたくなりそうな真際に、ふたりに浮き雲の空を見せてあげる。

 公開当時より、昨今の日本はさらに感情移入できるだろう話だ。とても他人事に思えない人の多いところの物語だろう。
 しかしふたりに笑顔もないが、とにかく黙って生きていくような姿はじわじわとすごい。

  生前の淀川長治さんの、この映画の褒め言葉の一部。
「つまり映画の精神というのは、抱いている犬が喜んで喜んでいる、生活も苦しいけど犬を捨てない、そういう小さな話でもいいんです。何のセリフもなしにそれを見せるところが、この監督の上手さだ。味がある。小品として最高の映画だ。」

  ほんとうに、この映画での飼い犬のしっぽのふりかた、すごい演技です。
  いや、演技じゃないかな。 ■(1996年・フィンランド)
         ・・・・・・・・・

●「アキ・カウリスマキの深甚なるユーモア」

 つづいて、以前の映画も連続して録画していた計4本を見終わった。
  観たのは「マッチ工場の少女(1990年)」「パラダイスの夕暮れ(1986年) 」「コントラクト・キラー(1990年) 」「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ(1989年)」の4本。

 その、話といえば、「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」を除いて、みな「浮き雲」と同じく、主人公はどうにも不幸。
 どうにも、というのは、そもそも生まれ持ったキャラが不幸のような気もするせいなのだが。
 そのもっとも典型が「マッチ工場の少女」。と言っても、大袈裟に嘆かない彼らの日常の表情が、なんだかせつないほど淡々としているのは、そんな人物たちを登場させる監督の温度のある視線のせいなのかもしれない。

 仕事に情熱を持つわけでもなく、おおきな夢を将来に描くわけでもなく、日々、寡黙に、あるいは人生にただただ翻弄されながら・・、奇妙な運命に出逢っていくさまが、ときにはらはらさせるようなサスペンス仕掛けなのに、なんだか今まで味わったことのないユーモアが流れている・・。

 日々の空気が無骨でゆるい。いじめられそうな匂いをぷんぷんさせて、あれまあかれらは、いつも出口のない方へと本能的に歩いていくようなかなしい愚かさ。
 そんな救いようのない主人公たちのようでいて、だけど、ぜったい憎めるわけはない彼ら。いつのまにかぼくらの視線も、カメラの向こうの監督と同じ温度を持っているではないか。

 淀川さんが「浮き雲」の感想に「小津やキャプラのような映画感覚です。」 「チャップリン、バスター・キートンのユーモアも入っています。」と話していたのが、この4本を観ていてすっかり納得のいく感じがした。

  アキ・カウリスマキの「浮き雲」・・深甚なるユーモア_b0019960_01232284.jpg「コンタクト・キラー」には、トリュフォーの分身だったジャン・ピエール・レオーが思いっきりカウリスマキ映画顔で出ずっぱり。
 ときにカメラの使い方が、確信犯的にヒッチコック・タッチなところが感じられる。なんとなく「ピアニストを撃て」のフランソワ・トリュフォーを思いだした。

 そういうわけで物語以外にも、映画通とかその筋の人は「にやにや」・・とできます。
 レオーもいつのまにか老けちゃったなぁ、しかしこの顔カウリスマキ映画によく馴染んでいるなぁ、な~んて思いながら観ていると、そのうちに話の進み具合に膝を打って感心しますよ。

 ■「わたしが「浮き雲」を作ろうとしていたとき、フィンランドでは失業率が22%にも達し、友人たちも破産の憂き目にあっていました。それほどたくさんの人たちが仕事を失い、 国中が絶望に覆われている状況のなかで、わたしはこの問題を見つめる映画を作りたいと思ったのです。結末については、ハッピーエンドにするしかありませんでした。 これはわたしが作った唯一のソーシャル・セラピー的な映画です。ただ本当は結末をもっと非情なものにしたいと思っていたので、納得がいかないという気持ちもありますが…」

 というのは、監督のインタビューからの抜粋。これは「浮き雲」の制作動機なんかがよくわかる内容だ。 そういう意味では「マッチ工場の少女」は、悲劇的、非情な終りかたといえるだろうか。

 そして「コンタクト・キラー」も同じく、主人公がリストラされてからの運命、哀しくおかしなサスペンスの話だが、これはものすごい絶妙なバランスでハッピーエンドでおわる。それがぼくにはじつに楽しかった。

 ■「わたしはこれまで、文学や心理的なドラマからロケンロールまでいろいろな映画を作ってきました。そこに登場する人物たちは、わたしの若い頃の記憶がもとになっています。建築作業員や皿洗いなど、 いろんな仕事をしたときの体験をもとに、人物を作りあげているということです。しかし二十年間も映画の世界にいたおかげで、ストリートは遠いものになり、人々を観察することができなくなりました。 いまでは外から吸収したもので物語を作るのではなく、何もないところから作りあげているという気がします。一般的にいえば、次回作は、ガンアクションやSFを撮るのがノーマルなのかもしれませんが、幸運にもわたしはノーマルではありません。 だからこれからも人間の本質を見つめる映画を作っていきたいと思います」

  彼の映画を観ていると、人間はギリギリのところでこそ、ユーモアのちからを体得できるんじゃないか・・なんて思ったり、そんなことを考えてみたくなる。

 「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」は、登場人物たちを乗せた飛行機が地上に降りて街並が見えてもぼくは疑っていた。カウリスマキがアメリカロケ??!て感じでしたが、それはもう呆気にとられるスラップスティックな設定で、不条理なギャグに満ちている。お笑いロック音楽と、こんな独特なロードムービー・コメディの登場に、公開当時はきっと驚いたんでしょうね。ぼくは初めて知りました。しかも、実在するバンドと知って、二度驚いた。
 これには「レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う」という続編もある。


・カウリスマキ「生活者への連帯感」
★リンク--カウリスマキ特集・ヘルシンキから「滅びゆくもの」への連帯感
Tracked from FLOWERS IN T.. at 2005-02-11 22:32
タイトル : 『浮き雲』
今日図書館で初めてビデオを見た。    ■真夜中の虹/浮き雲 「浮き雲」。監督はフィンランドのアキ・カウリスマキ。   かつては人気のあった高級レストランで給仕長を勤める妻と、市電運転手の夫。裕福とはいえないが平凡に平和な日々をすごしていた。 ... more
Tracked from 愛すべき映画たち at 2005-05-19 13:31
タイトル : マッチ工場の少女
TULITIKKUTEHTAAN TYTTO(1990/フィンランド)【監督】アキ・カウリスマキ【出演】カティ・オウティネン/エリナ・サロ/エスコ・ニッカリ前回の『愛しのタチアナ』に続いて、アキ・カウリスマキ第5弾。5本まで出揃ったということで、新たにカテゴリー「アキ・カウリスマキ」を新設。... more
Tracked from ど風呂グ at 2006-02-19 23:26
タイトル : 『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(☆☆☆..
今日は、ぼくが一番好きなフィンランド映画をご紹介します。 『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ/モーゼに会う』 この作品の監督アキ・カウリスマキは、ぼくの好きな3大映画監督の1人でもあります。 元気がないときって、元気満々のドタバタコメディとか..... more
Commented by 元祖ブログランキング at 2004-11-27 17:56 x
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Commented by past_light at 2004-11-27 18:24
はい、わざわざありがとう。
喜んで登録させてもらいました。
Commented by shione at 2005-02-11 22:31 x
はじめまして。以前、私のブログにTBいただき、ありがとうございました。ご挨拶がものすごく遅れてしまい、失礼しました。
アキ・カウリスマキの映画は『浮雲』が初めてだったのですが、淡々としたなかに光るユーモアが絶妙ですね。
>しかしふたりに笑顔もないが、とにかく黙って生きていくような姿はじわじわとすごい。
ほんとに、そのとおり! にこりともしない(笑)夫婦の確かな愛と文句も言わずに生きていく姿に涙しつつ、ラストではとっても幸せな気分になりました。他の作品も見て、またブログに感想を書こうと思います!

読み応えがあってとても素敵なブログですね。これからも楽しみに読ませて頂きます。こちからかもTBさせていただきますね。
それでは、ありがとうございました。
Commented by past_light at 2005-02-12 19:05
shioneさん、トラバにコメント、ありがとうございます。

ブログを語句の検索で伺うと、履歴がわからなくなることが多くて、ご挨拶など失礼してしまいすみません。

カウリスマキの映画で、いわゆるごくありきたりの普通の笑顔、それを見た記憶が皆無です。
無表情と言ってもいいでしょうか。しかし、じわっと伝わってくる彼らの内面が素晴らしいと思いますね。
これが本当の演出の力なんだろうと思います。

どうぞ、また御出でください。こちらもまた伺わせていただきます。
by past_light | 2004-11-27 17:53 | ■主に映画の話題 | Trackback(3) | Comments(4)

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