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青い夏〜独居編

その後、東京に戻りどうなったのか、気になる方もいるとおもうので、きりのいいところまでときおり昔話を続けよう。

ちゅうど、その後一年ぐらいしてからか、イラストのグループを立ち上げた友人が、本日暑中見舞いをくれた。無断で紹介しよう(笑)。

「いやー、ご無沙汰してます!『青い夏シリーズ』愛読させてもらってますよ。何だかアノ頃の空気や想いが伝わってきて、自分も漠然と『ハワイに住み,毎日タイコだけを叩くような生活がしたいナ!』と思っていた事を思いだしました。・・・・」

友人もハワイアンやボサノバが好きなのだ(笑)。
「ハワイでタイコ」もまたのんきなトークだと思われるだろうけれど、実は30過ぎたころもぼくはよく友人に「南の島でさ、のんびりしながらギター弾いたり,歌ったり、ときには絵とか描いちゃったりしてさ・・」なんてほざいていたのだから、のんきなそういうトークは大好きである(笑)。夏向きだし・・。
それにしてもコメント欄に書いてよ(笑)。


東京に帰ってくる頃には,頭のぼーっとした貧血状態も落ち着き、当座の生活にもしばらくなんとかなりそうな懐具合にもなった。

さて、居候宅を出て、どうするかと考えていると、だいたいこれが不思議なもので、無計画という放蕩息子に、棄てる神あれば拾う神、いや友人はいるもので、ぼくの消息を新聞配達店で訊いて高校時代の友だちが尋ねてきた。

彼は高校の途中で退学して田舎にあった海員学校へ行き、その後船舶の船員として働いていたが、丘に戻り部屋を借りようと思っているので、ちょうどいいから同居しようと言う。
そんなできすぎた話がね、と思う人もいるかも知れないけれど、どうも若い頃というのはそういう偶然が次々起る時があるのだということを申し上げておきたい。

同じ江戸川区内にある下宿を借りて、部屋代を交互に出す計画でまたしても同居生活が始まった。

引っ越しには今度はタクシーを使った。駅前でタクシーをつかまえて、すぐ近くだった居候宅まで乗って行き、「ちょっと待っててください」と、外に運び出していた荷物をタクシーの後部ボンネットを開けて積み込み始めた。
運転手は「ちょっと、困りますよ」と言ったが、すぐ近くですからと、続けた(笑)。
当時の運賃で1000円もかからない距離だったが、「おつりはいいです」と言ったら、少ないチップでもちょっとは気分を直してくれたようだった。
友だちのほうはといえば、ほぼ身一つだった(笑)。
船員生活から突如、丘の生活だから、ホントに数着の洋服以外に荷物がなかったのだ。

そんな友だちとの、またしてもの同居生活だが、しかしそれもじつは長続きはしなかった。
同棲時代の話みたいだが、残念ながら異性でないところがむさくるしい。
べつに夜な夜な議論して反目というような、そんな繰り返しじゃない。
友だちは二ヶ月ほどすると突然帰ってこなくなったのだ。心配していると1週間ほどして現れ、かなり離れた東京の郊外の地での住み込みでの仕事が決ったので、と言う。
いまなら、はやいとこ電話で知らせるのが普通だが、ぼくらの時代には携帯はおろか電話はないのが当たり前。下宿の大家の電話だけが通信手段だが、なんとなくかけにくかったのだろう。
そして、ついにぼくの部屋ひとつ、一人での生活がはじまった。

友だちは船員生活でやや早く給料生活を経験しているので、ときどき訪ねてくる度に、その頃夢中に覚えていたポール・サイモンのギターのコピーを弾いているぼくに、「お金、貯めた方がいいよ」と言っては帰って行った(笑)。
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Commented by のら at 2009-07-21 22:19 x
「青い夏」再開を喜んでたら・・「独房編」
「えー・・past_lightさんて、そんなデンジャラスな青春を過ごしたの?」って、思い、よーーーく見たら「独居編」でした(笑)
「哀愁の町に霧が降るのだ」って、椎名誠の自叙伝的私小説があるのですが、「青い夏」は、なんとなくそれと雰囲気が似てます。適度なユーモアと赤裸々感と、「その日暮らし」度が似てるのかなぁ・・。
Commented by past_light at 2009-07-22 00:34
のらさん
独房編ですか(笑)、さすがにそれは思いつきませんでした。
そうなると、すごく面白い話になりそうで、作り話でもいいから聞いてみたい(笑)。

「哀愁の町に霧が降るのだ」は読んでいないのですが、タイトルはまるで赤塚不二夫みたいですね(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-22 01:23 x
 再会おめでとうございます。寅さんシリーズのような長期連載になりますように。
 自分の時間を自分で決められる若い頃の独居はいい物です。あの頃は、電話なんて大家さんのところで借りるのが普通でしたね。
 同居を続けることの方が難しいかもしれません。離れてつきあっている間は友達との共通点ばかりが見えますが、いつも一緒にいると、共通しない点が見えてくるんですね。
 もっとも私のように、今も独居が続いているというのは少し淋しいですが。独居も長くなると、荷物が多くなり、身一つの引っ越しなんてできなくなります。
 一つ質問ですが、食事はどうされていたのですか。
Commented by past_light at 2009-07-22 02:00
さすらいさん、コメントたくさんありがとうございます。
お返事はまた明日にでも湯作り(笑)させていただきます。
Commented by past_light at 2009-07-22 18:53
さすらいさん
電話を持っているやつは、家族と一緒に住んでいない限りは、友だちに一人ぐらいしかいませんでしたね。

>いつも一緒にいると、共通しない点が見えてくるんですね。
これは男女かかわらず、それが宿命でしょうか(笑)。
荷物が増えると、引っ越しは大変ですね。

食事はだいたい当時も今も二食が基本です。
で、昼は軽め,は今も同じ(笑)。
やはりその頃の夕食は外食が多かったですね。
定食屋もよく行きましたが、家で作ると毎回同じメニューでした(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-22 21:08 x
>これは男女かかわらず、それが宿命でしょうか(笑)。

残念ながらそのへんは確かめたことはありません。つきあっていた人と、「死刑廃止論」で衝突したことはありますが。私の方が廃止派でした。

>食事はだいたい当時も今も二食が基本です。

私も最近は2回かそれとも1回です。でも、メタボからまだ脱却できません。スリムなPast_Lightさんがうらやましい。
 1日3回の食事は、江戸時代からだったか、割と新しい習慣です。1日2回というのは、それ以前の日本の伝統を踏襲しています(笑)

>定食屋もよく行きましたが、家で作ると毎回同じメニューでした(笑)。

私は壁に紙を貼っておき、1つ新しいメニューができると壁に書き込んでいました。基本的には、野菜も肉も1つのなべやフライパンで一緒に調理してしまうというパターンが多かったです。肉といって、近所で手頃な値段で売っていたのは、鯨といるかの肉でした。
Commented by past_light at 2009-07-23 01:35
さすらいさん
ぼくらが事件の被害者など当事者でもないのに、被害者の側にどれだけ寄り添えるか、そのへん希薄なはずなのに、わかったように即答するというのがすごくショートカットなんじゃないかと。感情的に「死刑」論が正当な意見のように吹き荒れる。
だったら、「お前の家族が殺されたらどうなんだ」という反応はよくでるわけですが、これも、ショートカットの典型。

話は想像になると思いますが,インドなんかの宗教的な概念だと「死」は罪人の償いにはならないと思います。
たとえばこういう概念があります。
殺された子どものいる場所へ殺人鬼の意識をそのまま送り込むのはむしろかわいそうだ。という話ですが。一般的には笑われる話とは思いますが。
罪人が終身刑の間に人間的な再生ができるなら、それから死んでもらった方が殺された子どもにもいいということになります。

クジラはベーコンが子どもの頃よく売られていて、ぼくは食べれなかったのですが,お袋は好きでよく食べていた記憶があります。
戦後すぐなどだと貴重なタンパク源でもあったんでしょうね。
Commented by さすらい at 2009-07-24 03:41 x
殺された方はいいませんが、遺族の方が感情的になるのはよくわかります。

ただ、組織的に人の死を決めるというのには抵抗があります。このへんは、組織的に殺戮する戦争に対してと同じ冠状かも知れません。詳しくは知りませんが、ヨーロッパでは、死刑を廃止した国も多いとか。
インドの話は面白いですね。どこかの国では、懲役150年とかいう判決をするということですが、一生罪を背負って反省しなさいということですか。
鯨は給食でも昔は定番でした。
ただ、いるかを売っていたのは今考えると珍しいと思います。上京したら、いるかはどこでも売っていませんでした。
Commented by past_light at 2009-07-25 01:54
さすらいさん、
いるかのはなしは、地域的な習慣などもあるのでしょうね。
ぼくもまったく知らない話です。
子供の頃,そのころの長崎の水族館に行くと,クジラの大きな絵があり、からだの各部に矢印がついて、利用法の説明がありましたが,つまり捨てるところがないほど、有益な生物だということでしょう(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-26 03:53 x
多分、昔から山国で、タンパク質資源として最も近い静岡あたりから運んでいたのではないかと思います。
甲府には、煮貝という名物もありますが、これももともと、多分戦国時代に軍事食料として発展した歴史があるそうですから、似たような事情ではないでしょうか。
Commented by past_light at 2009-07-27 00:29
なるほど、大きな魚だと大量の食料として扱いやすい面はあるのでしょう。
日本は保存食としての文化は、漬け物とか,干物とか、うめぼしとか、多彩で、おいしいものが多いですね。
ただメタボ的には塩分が多いのも特徴で、痛し痒しというところですか。
Commented by さすらい at 2009-07-27 01:19 x
古来干物、漬け物は定番だったのでしょうが、メタボは昔もあったのでしょうかね。平安時代の関白藤原道長はどうやら糖尿病で亡くなったらしいですが。学生時代のいるかは、安くておいしかったので世よく食べましたが、その後イルカの写真や映像をみてから食べる気がなくなりました。鯨は制限されてめったにみませんが、イルカは意ま゛も売っているか、市場に出ているか疑問です。
Commented by past_light at 2009-07-27 16:53
近年はなにか製薬会社とかなんとかかんとか・・と(笑)結託した成人病脅迫的注意報が多いんじゃないかと推察されます。
人生五十年で生きていた時代はメタボになる暇がなかったかもしれませんね(笑)。

イルカはさすがに市場に出ていないかもしれないですね、サメはかまぼこにぼこぼこにされているようですが・・(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-28 00:29 x
昔の人の業績を見ると、若い時代が圧倒的に多いですね。明治維新の立役者たちは、20代から30代の前半、上杉謙信は48で、織田信長は49で、武田信玄さえ54で活動を終えています。高句麗を朝鮮半島大半と満州地域まで拡大した好開土王が38歳まで、モーツァルト35歳、シューベルト31歳、ゴッホも37ぐらいじゃなかったですか。
長寿の時代になったけど、後半生どう生きるか考えさせられます。作曲家のフランクのように60代以降やっと花を咲かせた人のことを聞くとほっとします。
玄宗皇帝が典型ですが、治世の前半は名君、後半は暗君の例が多いのを聞くと、自分は若い頃何やっていたんだろうと思ってしまいます。これから一花咲かせるか・・・・・な(笑)
Commented by past_light at 2009-07-28 02:00
そうですね、みんな短い生涯にとんでもない量の仕事をしていますね。
まあ、いまさら真似もできないですから(笑)、こののちは100才近くまで生きた人たちの業績を思いだし、一花の夢をみます(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-28 03:11 x
人も国も官僚も、年を取ると腐敗が進むのはなぜでしょう。
最後まで健全な組織ってどこかに無いでしょうか。
ピカソみたいな人もいたことは救いですが。
Commented by past_light at 2009-07-28 20:54
自らを観察していると(笑)、腐敗というのはある種の生きている事への「慣れ」とか傲慢さとか、なんだかある種の鈍さがどんどん年齢とともに進行して、道徳観みたいな,あ,この言葉好きじゃないですが(笑)、厚かましくもマヒするのかもしれないですね。
ピカソはエネルギー的にも並外れていましたが,元々の資質がそのまま美しく年を取ったという感じでは日本だと熊谷守一さんが思い浮かびますね。
ともかく欲がない人でした。あ、長生きしたいという他には(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-28 23:40 x
感覚や思考が年々老化しているのは実感しているところです。若い頃書いた文章は、読み返してみて今は絶対に書けそうもありません。倫理観みたいなものもそうだとしたら、年を取りたくないです。
そういえば、先日テレビに97歳で現役の医者が出ていました。何科かわかりませんが、外科ではなさそうでした。
Commented by past_light at 2009-07-29 02:11
97歳で現役の医者というのはぼくも観た記憶があります。
やはり個人それぞれで,一概に年齢は語れませんね(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-29 21:50 x
よど号事件やサリン事件にかかわった有名な人らしいです。
仕事を持っているうちはとりあえず仕事が生きる目標にもなる。
獲物を追っていた原始人のように。
仕事が必要なくなったら、人は何が目標になるのでしょうか。97歳の医者の方が仕事を失ったら、生きる意味はどう変わるだろう、そんなことを考えたりしました。
Commented by past_light at 2009-07-30 14:47
麻生さんは、年寄りは仕事しかできないと言ってますが,(笑)。
遊びを覚えてもしょうがないっても言ってましたが,仕事もなくて、遊ぶお金もない庶民にたいへん失礼な、いやばかばかしい説教です(笑)。
それにしても失言というには、知性のかけらも感じられない..
Commented by さすらい at 2009-07-30 23:59 x
考えように寄っては、麻生さんはまれに見る正直な人かも(笑)
選挙遊説中は、誰にも止めさせず、好きなようにしゃべらせたい気もします。何を言い出すか、考えようによってはわくわくします(笑)
自民党に都合の悪いことでも、正直じいさんになってくれれば、始末の悪かった小泉さんよりは聞く人の頭を冷静にしてくれるかもしれません。
Commented by past_light at 2009-07-31 01:26
麻生さんはまれに見る正直な人、というのは賛成です。
つまり、あのまま露になるものがわかりやすいし、正直ついでに、「子どもには夢を、お年寄りには安心を・・」と言ってくれていましたが、ちゃんとその中身を教えてほしかったんですが・・(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-31 03:41 x
正直なことは基本的に嫌いではありません。
具体的な中身を考える緻密さが無いのでしょうか。計算力や漢字力のなさはお会い今日かもしれません。「ぶれる」という個性は人間的です(笑)
Commented by past_light at 2009-07-31 17:51
正直というのは、よい資質だと思いますね。
ただ、そのあと訂正せざるをえないというのは、だいたい偏見が元になっている場合が多いようです。
ぶれる、というのは使い方がおかしいんですね。
間違っていたら,認めて軌道修正する、ということの別表現ならすごく誠実な柔軟な事だと思います。
でも、軽く放ったことばが単なるその場のものだけだったという場合もありますから。まあ、人の振り見て我が身を思え。というのが麻生さんの隠れたメッセージの才能か(笑)。
Commented by さすらい at 2009-07-31 22:11 x
正直だけど考えが浅いということですか。「調査無くして発言権無し」という言い方もありました。それにしても、立場が立場ですから、「軽い」言葉の弊害は大きいです。
Commented by past_light at 2009-08-01 01:35
正直というと石原都知事も同じですか。
そうとうフェミニストには攻撃されていますね.(笑)

マニュフェストを訊いていたら、正直ということが大変だと思いますが(笑)。
Commented by さすらい at 2009-08-01 02:43 x
以前、諸星大二郎という人のマンガで、人々の思ったことが、吹き出しのように頭の横に現れる人たちの世界を描いたものがありました。もしそういうことになったら、真っ先に困るのは政治家でしょうか。
Commented by past_light at 2009-08-01 20:28
けつこうそれは多くの家庭でも困る事ではないでしょうか(笑)。
Commented by さすらい at 2009-08-01 23:48 x
家庭の生活過程での仮定としたら、試験結婚制になるでしょう。
その課程を修了しないと結婚できないような。
Commented by past_light at 2009-08-02 20:22
こん活と言うとんかつみたいな響きのシステムがあるようですが、(笑)
試験ではひたすらお金と職業、地位と学位・・なんて課題ばかりのようですから,ぼくならまず試験さえ受けられないと思います(笑)。
Commented by さすらい at 2009-08-03 00:59 x
この時代に「婚活試験」に受かる人なんているのでしょうか。
せめて面チカツぐらいにしてもらわないと。
Commented by past_light at 2009-08-03 01:22
面値価値、なら20年ぐらい前までは少しは喰い込みそうで・・ポカッ/(^^;)
Commented by さすらい at 2009-08-04 01:33 x
相手にコロッ気をおこさせないと。

>試験ではひたすらお金と職業、地位と学位・・なんて課題ばかりのようですから,ぼくならまず試験さえ受けられないと思います

でもそんなことをしていたら、自分たちも熟成しすぎてしまうのに。手入れの悪いぬかみそみたいになってしまうかも。
Commented by past_light at 2009-08-04 02:14
コロッケは実は今夜の夕食に食べました(笑)ホント。
昔の奥さんはぬかみそ臭いぐらいが尊ばれたようですが、トンカツよりメタボには良さそうです。(笑)
Commented by さすらい at 2009-08-04 03:51 x
今は、野菜を入れておくだけでよいインスタントぬかみそのもとを売っています。友達にもらったことがありますがそれなりにぬかみその味がしていました。
by past_light | 2009-07-21 19:45 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(36)

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