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もっとお付き合いしたい隣人

震災後1年、放送された、前・後編のテレビドラマ。
キルトが幾つもの小さな個性がつなぎ合わされた生地で構成されるように、人のつながりもかくあればというドラマだ。

b0019960_18311951.jpg山田さんのドラマは近年「老い」の先について、生活者視線でのテーマの展開が増えた。
笠智衆さん出演ドラマでもテーマとして描かれていたが、むしろ山田さんにとって現在の方がより切実なテーマのはず。
それは、それぞれ時代のドラマを観ていて、大きく左右しドラマの内容にも影響していると感じる。
こちらも同じく年齢を重ねているわけだ。一歩遅れてではあってもじわりじわりと心と体の距離も近くなっている。

自立しながら近しい人達、隣人と、楽しくやれないか、誰でも想像はすることだ。
このドラマのキルトの家のような場所の存在は、どこでも探せばなくはないものだろう。また作ろうとすれば作れないはずもない。
が、そこで問題になるのはむしろ人間の個と個のつながりについての方のことだ。

山田さんにいつも感心するのは、こんなめんどくさいテーマに果敢にと言うか、いや、ふわりと、自然に取り組んでしまう誠実な脚本家であることだ。
自分にある問題の必然性と、世の中にある問題の必然とを、ごく当たり前に合わせ鏡にして、自らの答え、そして社会の可能性としての物語りを洞察していこうという、いわばテレビドラマ脚本家に存在の少ない作家性だ。

幾人もの魅力的な登場人物が、老いの先を案じて様々な選択をしていく。
むしろ無理矢理選択しないでいることも、やわらかい多様な選択なのだということもある。
継ぎはぎの面白さ、美しさ、可能性。
山田さんはいつも決定的な答えなど声高に言うことはない。
知らず知らず頑なになったぼくら生活者の思考に、もうひとつ角度の違うやわらかい光を当ててくれる人だ。

「キルトの家」山田太一脚本

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by past_light | 2014-12-21 18:34 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

勅使河原演出の「アントニー・ガウディ」

もうずっと昔に、今はなくなったらしい吉祥寺のバウスシアターで二度ほど観た。
少し横道すると、バウスシアターで再び二度目に観た時はお正月で、その時は二本立てだった。
そのもう一本はユーリ・ノルシュテイン の「話の話」で、初めて出会ったこれも独特なアニメ。
手描きの可能性の頂きを感じさせるアートな作品だったが、お正月に観るにはちょっと暗いよねと隣の席の配偶者に言われたものだ。
b0019960_18461590.jpg
それからテレビでも観たし、テープに録画しても観た映画。記録映画のジャンルだけど勅使河原宏監督の演出と武満徹のサウンドトラックが、単なる記録ものではない独特な味わいを持った映画として、創造性のあるドキュメンタリー、オリジナルにしていたと思う。

資料的な意味合いや記録を主に置けば、外観や建物全体の作りとか、また成立ちの歴史的な背景などのナレーションを詳細に、それらがメインになる場合が多いかも知れない。
が、勅使河原作品では単に少ない字幕の説明が時折加味され、ひたすらガウディ建築作品の細部をカメラで舐め回すように撮る、ディテイールに食い入るような視線をカメラに託していた。

ガウディの建造物のディテール、それに武満さんの音楽が共になっての画面は、本当に至福な静寂の瞬間を時折感じさせた。瞑想的とでも言えるだろう。
またスペインの広場の賑わいや街の夕暮れの情景、映画エンディングの旋律、それら音楽は映像にセレナーデのように付き添い、詩情と叙情を持った一編の物語のように、映画が成立していたのではないかと思う。

勅使河原さんの作品は、後期の「利休」とか、初期作品が好きなぼくにはあまり評価できないものは別にして、どれもなかなか再放送もされないので観る機会の少ないものだが、この作品、一時間10分ほどのテレビ放送枠にはマッチしない作品でもあるから、残念ながら今後も難しいかもしれませんね。
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by past_light | 2014-12-01 18:56 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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