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マイケルのこと
50才という年齢が不思議に思われる人だったけれど、スターという偶像の光と影をあまりに露に感じさせる生涯だった。これはアメリカという国から生まれて世界に知れ渡ったスターの持つエキセントリックな妄想を育てたマスコミと我々の問題でもある。

ぼくは特にファンというわけでもなく、ただ彼のミュージシャンとしての人気のそのピークの時期、世間にありふれた聴き手のひとりとして、彼の尋常ではない才能にテレビなどで触れると、さすがにびっくりして圧倒されるものを感じていた。
あのステージで見せる踊り、ムーンウォークの動きは独創的で、誰がまねしても超えることなどできないものだと今でも思う。日本の歌うグループ、ダンスユニットを見ていると恥ずかしくなるほどの次元の違いだ。

先日ニュースのなかで、コメントする寺島さんが、「中年の危機」という言葉を用いて、マイケルの、その真っ直中においての、それを、新たに切り替えることに失敗したのではないか、というような話をしていて、いかにもな話だと思いつつも、どこか頷けないものがあった。
「中年の危機」といえば、それを乗り越えられないということは、極端に簡単に言えば、「大人になる」ことに失敗することである。

だが、ふと思う。いま、彼よりも長く生きて、そして無事に中年を生き延びて、または生き延びつつあるかのぼくらは、はたして「中年の危機」を乗り越え、また乗り越えつつあるのか、ということだ。
「中年の危機」というのはただやり過ごすこともできる、または、そんなものなどなかったよ、と過ぎて来た人も多いんじゃないだろうか。ただ時間が自動的に大人というレッテルを貼ってくれる。
率直にいえば、すくなくともぼくなどは、まったく乗り越えられていないような自覚がある。

心理学的にいうと、やはり「中年の危機」というのは、もう一度来た新しい「思春期」、また「創造の病」とも言われるものだ。
思いだすと、ユング派のマリア・ルイーズ・フォン・フランツ女史の「永遠の少年〜大人になれない心の深層」について、・・・

 ・・ここで言われる「大人になる」とは、ユング心理学的には「個性化」「自己実現」を意味しているのだから、男女関わらず、誰しも人のことを笑ってはいられないものなのだ。

 記憶していたことで、この本にあったのかと見つけた部分にこんな話がある。

 ふたりの永遠の少年タイプが、フロイト派とユング派の分析治療をたがいに別々に受けてみた。
やがて、再会したふたりはおたがいの経過について会話する。
 フロイト派の治療を受けた青年は、すっかり社会に適応し始め、自分の幼児性も克服し順調にいきつつあるという。これからどうするのかと尋ねると、いずれお金をかせいで結婚するつもりだ。と言う。
 ひきかえ、ユング派の治療を受けていた青年はさっぱり変化がみられない。未だに方向が見えない。
しかしフロイト派の治療を受けていた青年は、こう言う。

 「なんてことだ ! 分析家たちは悪魔も追い払ってくれたけれど、一緒にぼくのなかの天使まで追い払ってしまった」 ・・・

と以前このコラムにも書いたことがあった。
それほどやはり単純に話のできないものかもしれない。

それにしても、マイケルが、信じられないくらいのレコードセールスや、その結果の巨額の富を、コントロールできなかったことは、大きい要素だろう。そして、やはり周りもコントロールできなかった。
マイケルが自らを見失うことのない人生を過ごすのは、凡人が想像するにも確かに、それは難しいほどのポジションに置かれてしまったのだろう。
年齢は外しても、骨折のあとの後遺症や、鎮痛剤の影響や、諸々を抱えて、7月に予定されていたコンサートツアーの重圧は完璧主義者には相当なものだと思う。
3時間に及ぶリハーサルを観ていた関係者は、そのステージに驚嘆している。

会ったことのある人の印象を読むと、ほとんど彼の純粋性に驚いている。「まるで子どものように、目を輝かせていた」と。
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by past_light | 2009-06-28 21:14 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(4)
アマゾン森林破壊についての署名-転載
★最新ニュース ブラジル大統領が6月25日の夜にMP458の第7条と8条に拒否権を発動した、というニュースが入りました。詳しいことがわかり次第、お知らせします。それまでこの署名を中断します。
・・ということです。


アマゾンの森林がいま、危機に瀕しています。牧畜産業など開発業者への圧力
により、ブラジルで不法に森林を伐採して開発した者たちの権利を認める法案
が2009年6月に国会を通ってしまいました。この法案にブラジル大統領が署名す
ると、アマゾンの森林破壊が合法的に推し進められることになります。

アマゾンの森林を破壊しないために、また気候変動をこれ以上進めないために、
あなたのメッセージをブラジル大統領に送ってください。今週末にもサインし
かねないということで時間がないので申し訳ないのですが、今すぐお願いします。

この法案は、もともと小規模な入植者たちの土地の権利を認めるためのもので
したが、審議の過程で修正され、大規模な土地横領者や産業の利益を優先する
ような条項が付け加えられました。ブラジルの牧畜業は世界の森林破壊の14%
を占めるほどになっています。その多くは、不法な放火と土地の占拠による用
地の開拓によるものです。今回の法案はそれを止めるどころか、そうした違法
な開発業者に合法的な権利を与える条項を含んでいます。

ルラ大統領は、このひどい法案の最悪の条項を拒否できる唯一の人です。もし、
大統領が開発業者らの圧力に負けてこの法案を承認するサインをしてしまえば、
アマゾンの破壊を止めることはきわめて難しくなるばかりではなく、気候変動
も加速度的に危険性を増していくでしょう。

ルラ大統領が法案にサインしないよう、あなたのメッセージを同大統領に送っ
てください。

ルラ・ブラジル大統領に対し、アマゾンとグローバルな気候問題への取り組み
を促すために、あなたのメッセージを送ろう
https://www.greenpeace.or.jp/ssl/actions2/amazon/?cyber

グリーンピースは環境保護を願う市民の立場で活動するため、政府や企業からの
資金援助を受けず、活動に賛同される個々人の方の支援で活動を続けています。
一人ひとりのご支援が、環境問題解決に向けた大きな力となります。

グリーンピース・ジャパン
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by past_light | 2009-06-26 01:59 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(2)
足利事件・菅家さんインタビュー
足利事件・菅家さんインタビュー江川紹子
・・・・・「自分としては、地元へ帰りたいです。免許証もありますよ。当時、次の年、免許証書き換えの時期だったんですよ。それができなくなっちゃったんですよ」
——でも、帰るのは、なかなか簡単じゃない?
「簡単じゃないですよ」
——一度犯人にされちゃうと、その後…
「大変ですよ、本当に。本当に。もう」
——足利に帰れたら、どんな生活しますか?
「静かに生活したいですよ。またですね、子どもたちの相手をして、送迎をやりたいなー、という気持ちがありますよ」
——子ども、好きなんですね。
「当時の子どもがもう、30いくつになってるんですよ。また会いたいなと思いますよ。
——テレビきっと見てますよ。
「絶対見てますよ。当時の子どもが私のこと『やってない、やってない』って言ってくれていたらしいんですよ。自分はね、(それを聞いて)本当に嬉しかったですよ、だから今ね、30すぎて、どうしてるかなーと思って。会いたいと思ってるんですよ。まあ、それと(会いたいのは)保育園の先生ですね」・・・・


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菅家さんは、当時とても気の弱い人だったんだなというのがよくわかります。それからごくどこにでもいる普通の市井の市民、生活者でもあった。
そういう角度から見てみれば、ひとり味方の居ない場所で、日々脅迫的に問いつめられて、やがてえん罪の生まれる可能性が、誰にも起こりうるということが、よく伝わるインタビューです。
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by past_light | 2009-06-24 16:00 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(4)
『河童のクゥと夏休み』原恵一監督
きっと、なんとなく子どもにねだられて、映画館に着いていったお父さんとかお母さんとか、子どものアニメ映画だし昼寝でもしとこう。なんて思っていたら、なんだかこりゃ大人の映画かと思って、びっくりして、引き込まれて、突如涙が出て来て困ったなんて経験をされたんじゃないか。逆にそんな感性が鈍っていたら要注意かもしれない。

このアニメ映画は二年ほど前にキネマ旬報のベストテンの5位に入っていて、なんだか気になっていたのだけど、テレビで放映されたので、最初の15分ぐらいを見逃したけれど、そこから録画して観てみた。

絵のタッチとか、あまり好きな部類じゃないと思いつつも、人物の、特に子どもの移り変わる表情の変化など、こと細かく演出しているのに感心した。そしてリアルということを改めて思い直した。
物語は江戸時代から化石化したようにして、ひよんなことから少年にこの時代に救われ、目を覚ました河童の子どもと少年とその家族の話からはじまり、少年の学校のいじめとかシカトとか、少年と河童クゥの遠野への仲間探しの夏休みの旅とか、どこへ行っても人ばかり、という動物もため息出そうな閉塞感など。
そしてやがて河童のクゥと家族がマスコミに翻弄されたり、といった話が展開する。
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河童のクゥと少年とその家族構成とか、ETによく似ているが、過大なアクションシーンなどで盛り上げることはなく、展開する話はけっこう現在の社会のリアルな匂いがつよくて、作者の意外に大人の批評的な目線が、ことにマスコミ騒動などの場面では辛辣である。
それがすごくリアルだというのは、話の持って行き方というより、そこに登場する人物たちの一挙一動をみごとに捕らえた場面などの積み重ね、そして作者の透けて見えるシニカルな視線が感じさせるものだろう。

もちろん作者は、善なる人、子どもの一挙一動の細かな表情や動作の変化を、アニメという世界のなかで、むしろ実写では演技者が現すのがとてもハイレベルな次元でしか成立しないかもしれないことを、ていねいに見せている。
そういう細部があるからこのアニメ映画がとてもリアルな物語に感じられるのだろう。

例を挙げると、家族がテレビ出演中の、司会側のアシスタントよろしくな女性タレントのリアクション。もうまったく周りが見えていないって、こういうシーン。意外にかくれてるけれどあるなあ、と思うところなど。タレントはリアクションの自己演出に夢中で河童のクゥの前を行き来したりして足を踏みそうになるような場面でクゥがびっくりしている表情が映されたりする。
それから、いじめられたりシカトされたりしていたクラスの少女と、少年との対話のシーンなどはとくに見応えがある。子どもの心の奥底の鬱屈した感情、いったん子どもが心を開いたときの清々しさ、少女が「話ししてくれてありがとう」と突如泣きじゃくる場面は、むしろ大人にこそ痛切である。

アニメにはめずらしく130分を超える長さだが、作者がそれでもやむなく切ったシーンを想像させられる。
背景は実写でもなかなかこんなに美しく撮るのは難しいというほど丁寧に描き込まれている。
どうせリアルというなら「実写にしては」と思う人もいるかも知れないけれど、河童のクゥという存在や、現代では住処を追われた異界の生き者たちを作り物とCGで描くとかえってそれから遠ざかるだろう。それに飼い犬の活躍とか全体を見渡すと、アニメという世界の持つ表現が、現実とファンタジーを融合し内面の世界を具象化する手段としての可能性を、これもまた宮崎ジブリの世界とはやや違う形で伝えられるのではないかと思ったりする。
130分余りを見終えた頃には、クゥとの再会を切望するような自分がいる。

監督は『映画・クレヨンしんちゃん』シリーズですでに絶大な人気というとだが、ぜひここはピテーエー推薦とかハンコ押してあげてほしい。
映画のオフィシャルホームページ
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by past_light | 2009-06-19 16:46 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)
雨が唄えば写真は記憶に染み込む
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いよいよ梅雨の気配のする空が毎日続いている。
早いな、今年も半分過ぎていきました。

面白い小話を読んだ。ちょっとアレンジして・・。

人間はなぜ立っていることができるんですかね?
と、油を売りにきた熊さんに訊かれたご隠居は、

「それゃ、あれだよ、ロケットの原理ですよ」
「は、ロケットでスカイ?」
(注・・いや、これはオチじゃなくて、誤変換です)
「前に倒れそうになると、息を吐き出すんだよ」
「はあ〜」
(これもオチじゃなくて・・・)
「そいでもって、後ろに倒れそうになると、息を吸い込むって案配だな。それで立ってるてわけだよ」
「なんだかわかったようなわからないような・・」
「それを確かめた男が居てね」
「へ」
「息を止めてたらどうだ。って立っていた。暫くしたらばったり倒れたそうだよ」
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by past_light | 2009-06-14 20:37 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(9)