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オリバー・ツイストとポランスキー
 過去にも映画化されているが、ポランスキーがなぜ自らの一本に選んだのか、観るまでは不思議な思いだったけれど、観終ってなるほどの必然性を感じた。

 しかも、この映画は「戦場のピアニスト」の後、同じスタッフで挑まれている。
ロンドンの素晴らしく再現されたクラシックな街の陰影の映像を観てもそれは納得できるが、むしろたぶん、「オリバー・ツイスト 」のディケンズ原作にあるだろう込められた思いが、きっとポランスキーを捕らえたまま、以前より映画化をあたためていたのではないかと思われるものだった。
 過酷な運命に翻弄されてなお、生き延びる、その偶然と境のつかない幸運、そして生き残ったもの、死んでいく者の不条理。

 五木寛之さんのエッセイの中に、戦後、外地から日本へたどり着くまでに味わった少年の目に刻み込まれた、生き残った者と死んでいった者との、ある説明できない明暗の対比。それは---生き残った者は、どこかで死んでいった人を見捨て、ある場合はその死をさえ利用しなければならなかったような体験---の痛切な記憶に繋がるようなおなじ傷を、ナチ占領下のユダヤ人居住区の暮しを体験しているポランスキーも内面に刻み込んでいるという想像も間違いとは言えないだろう。
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 ただ従順であり無力である少年。粗暴な悪意にも羊のように縄をかけられて翻弄されるオリバーが、「どうか盗みをさせないでください」と懇願するほか、わずかな抵抗も見せない姿は、波乱万丈、立身出世の強さを身に付けていく主人公としてのヒロイズムなどとは、まるで到底隔たった存在だろう。
 むしろ善意の助け人の紳士が、「あの子になにかを感じたかい」と家政婦にも聞かずにはいられなかったものはなにか、と思いを巡らさなくてはいけないだろう。

 そして物語「オリバー・ツイスト」の普遍性とはなにか。
 それはその物語の終りにある、いくつもの鍵で厳重に囚われた絞首刑を待つ老人フェイギンとの面会、再会のエピソードに、物語の言いがたき深い思いが染み込んでいるようなシーンに、名作としての理由が、およそ八割方あるのではないかとすら思う。

 老後をひたすら心配して盗んだ財宝を溜め込んでいた老人フェイギン。
 「覚えているか、あれはお前にやる」と言う。
 絞首刑を前にして錯乱していく精神が痛々しい。

 以前フェイギンは、銃で撃たれたときのオリバーの傷の痛む腕に、「そんな痛みに効く、先祖代々から使って来た薬がある」とオリバーの腕に薬を擦り込んでやるエピソードがある。オリバーは、その「悪党」に「親切にしてくれた」と涙を流す。
 思いだすのは、その薬がどのくらい昔から受け継がれて来たか、フェイギンが独り言を続ける場面だった。
 「そうどのくらいだって、どのくらいかわからないほどさ・・」。
 「善」とは、しかし確かにどれくらい昔からかわからないが存在する。フェイギンにも。

 「絞首刑になる私を乗り越えていくんだ」

 オリバーは跪いて、フェイギンに「どうか許してください、一緒に祈ってください」と泣く。

 幸運に生き延びる者、罰せられて死にゆく者、我々は薄い運命の一枚で隣りあった羊たちだ。

〔製作・監督〕ロマン・ポランスキー
〔原作〕チャールズ・ディケンズ
〔脚本〕ロナルド・ハーウッド
〔撮影〕パヴェウ・エデルマン
〔音楽〕レイチェル・ポートマン
〔出演〕バーニー・クラーク、ベン・キングズレー、ジェイミー・フォアマン 
(2005年・フランス/イギリス/チェコ)
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by past_light | 2008-04-28 21:34 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)
リンク記事
その後の詳しい記事(ここの写真は人間の歴史を思い出させます)
仲介を買って出ただけで、「売国奴」呼ばわりされた王さんは、この事件の経緯を自分の言葉で説明するため、ワシントン・ポストに文章「わたしの中国、わたしのチベット―両者の板挟み、「売国奴」と呼ばれ」を投稿し、同紙は4月20日、ニュースサイトに公表した。

その後の詳しい記事-2

チベット支持の中国人留学生、同胞から恐喝・罵倒の嵐に遭う
抜粋
「今の中国人のこの種のとても奇妙な「怒り感情」は、心のバランスを喪失した現われであり、歪んだいわゆる「愛国心」でもある…人間としての権利が十分に得られていない状況において、彼らは一種のストレスを感じて発散口を求めている。時には、特定のグループがそのストレス発散の対象と仕立てられ被害を受けてしまう…いまの私が受けている人身攻撃は、まさに1960年代の『文化大革命』を連想させる…」
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by past_light | 2008-04-23 20:21 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(2)
リンク記事・中国、80歳の女医、高耀潔さん
エイズの農民を見殺しにはできない 80歳の女医、高耀潔さんの孤独な戦い

(記事より抜粋)
・・・・ 高医師が忘れられない二つの出来事の一つとしてあげているのは、2001年9月30日のこと、河南省内の調査を行っているとき郊外から鄭州へ帰る途中、エイズ感染者が多いという村のことを聞き、予定外だったが寄っていくことにした。村内のある家のそばを通りかかると、幼い声で「降りて、降りて」という呼ぶ声が聞こえる。門を開け庭を通って家に入ってみると、若い女が首をつって死んでいた。その足下には幼児が泣いている。さっきの声はこの子が叫んでいたものだった。首つり女性は死後3時間ほどたっているようだったとブログに記されている。 
 近所の人の話では、若い夫婦は貧しさゆえに売血をし、2人ともエイズにかかってしまった。夫が発症して亡くなったあと、まわりの人々に見放された妻は後追い自殺をしたのだ。2人とも16歳の人生だった。残された子どもを哀れに思うより、村の人は恐れのほうが大きかったのだろう。幼い子どもを世話する人はなく、1月後に死んだのだそうだ。 
 
 高医師はアメリカでのインタビューでこのことを話すとき、メガネをはずしてあふれる涙をぬぐっていた。 ・・・・・
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by past_light | 2008-04-17 15:49 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(2)
リンク、記事
★シロクマ「フロッケ」
(↑上のリンクは日々どんどん移動していますので、御覧頂く方はご面倒ですが「一覧を見る」から捜してください)
抱きしめられるフロッケ。他の写真もなんともいえないかわいさ。
犬も猫もクマもライオンもゾウも・・こどもはかわいい・・。あ、人間が抜けてた(笑)。
とくにこの写真を見ていると、この抱きしめている人の気持ちがよく伝わる、よくわかる。
こういう感情を根底には多くの人間は持っているんだと思うけれど。

★日テレNews24/ダライ・ラマ14世が日本で会見(動画)
会見がすべて観ることが出来ます。
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by past_light | 2008-04-11 14:55 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(0)
希有な夫婦、普通の夫婦 ?
「作曲家・武満徹との日々を語る」 武満浅香 (聞き手・武満徹全集編集長)

 奥さんだった浅香さん、やはりあっての、武満徹だったこと、それは谷川さんインタビューの対話集でも感じられたけれど、まさにそのとおりだし、それは浅香さんにしても同じこと、武満徹あっての生活だったのだという感想を持つ。単に仲のよい夫婦、という描写だと貧困になる。
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 武満さんはラジオの「青春を語る」のなかで、「もちろん、いまはお互いいろいろ不満もあるでしょうが・・」と当たりまえの夫婦であることを感じさせる言葉も率直に言っていたけれど、武満さんの底にある無邪気さ、浅香さんのある種、楽天性、柔軟さとがうまい具合に噛み合ったものだなあと御夫婦の歴史を聞いていて思う。

 たとえば喧嘩の時、「お金があったら離婚する」と徹さんが言えば、「じゃあ慰謝料くださいね」と浅香さんが言うとする。徹さんは「だからできないんだよな」と部屋を出て行く。浅香さんはけっこう落ち込んでいる。しばらくすると徹さんは「ねえねえ」とさっきのことは忘れたように話しかけてくる。

 インタビューする編集者の大原さんの柔らかな問いかけといい、そこには気持ちのよい程度の親密さもあって、浅香さん御自身が、過去のふたりの生活をまるで昨日のことのように鮮明に正確に思い出しながら、気持ちも流れるように語られているのが読者にそのまま届く。

 徹さんのなき日々を、「悲しい」というよりも「つまらない」と浅香さんは言う。
 「しゃべったり、けんかしたり、そういう仲間がふっといなくなった、何かあったとき感想も言いたいし、文句も言いたい・・。それを言う人が、いなくなったというのがね・・」

 どうでしょう、ごく普通の夫婦のようで、あながち現代はすごく幸せな御夫婦だったということなのかもしれない(笑)。

 もちろん、いちばん身近からの証言、音楽家・武満徹の様々な出会い、曲が生まれて来たその時代をたどることのできる貴重なインタビューでもあります。
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by past_light | 2008-04-02 01:10 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(2)
記事・ダライ・ラマ「中国の皆様への呼びかけ」
ダライ・ラマ「中国の皆様への呼びかけ」

(以下は抜粋)
・・・・
 中国人の兄弟姉妹である皆様に、私にはチベットの独立を求めるつもりなどまったくないことを断言します。私は、チベット人と中国人の間にくさびを打ち込もうなどとはまったく思っていません。それどころか、私は絶えず中国人とチベット人の双方が確実に長期的な利益を得られる解決策をみつけられるように専心してまいりました。それこそが真のチベット問題の解決といえるからです。何度も繰り返し申し上げているように、私のいちばんの懸念は、チベット人独自の文化、言語、アイデンティティーを確実に存続させることができるかどうかということです。仏教の教義に基づいて生きようと精進している一介の僧侶として、私は、私の動機が真実であると断言します。

私は中華人民共和国の指導部に対し、私の見解を理解いただいて、「事実から真実をみつける」ことでチベット問題を解決していくよう要請してまいりました。私は、中国指導部に対し、叡智を尽くしてチベットの人々との意味ある対話をはじめるよう強く求めます。また、中華人民共和国の安定と調和に真摯に取り組み、中国とチベットの間にさらなる亀裂をつくることを避けるよう要請します。この度のチベットでの事態を伝える中国国営メディアの報道には事実と異なる偽りの映像が使われており、予測不可能な長期的影響をはらんだ人種間の緊張の種を蒔くことになりかねません。このことを私は非常に憂慮しております。同様に、私が北京五輪を支援している旨を繰り返し述べているにもかかわらず、中国当局は、私が北京五輪を妨害しようとしていると言い放っています。しかしながら、中国人の見識者のなかには中国指導部の行為、および、とりわけ中国とチベット間の長期的なマイナス影響の可能性に強い懸念を表明しておられる方も何人かいらっしゃり、そのことに私は力づけられている次第です。
 ・・・・・・
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by past_light | 2008-04-01 15:37 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(0)