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好きこそもののじょうずなれ

 以前にも話した記憶があるが、「エンデと語る」を読んでいて、思い出した。
 二十歳になったばかりの、その頃バイトしていたところの同僚には、ぼくが仕事中に怪我をした時に世話になった。それは病院に付いて行ってもらっただけのことだが、しかし頭から血を流しながら病院に歩いて行く、そのときに横に付いてもらっているだけでありがたくこころ強い思いだった。

 かれは長く地道に獣医をめざしていて、ぼくは絵を続けようと思いつつ同時に映画とか熱中しているようなときだった。
 喫茶店でふたりで雑談したことがあった。
 彼は「馬」が好きで好きな馬を見るためには仙台まで行くこともあったそうだ。馬券は一枚だけ買って、競馬場で好きな馬を見るときの喜びを話してくれた。
 交互に話すように、ぼくもいろんな話をした。好きな映画の話もした。それから一種の大げさにいうとその頃の青臭いだろう決意のような思いを語ったりもした。

 とろこでぼくには馬のことはさっぱり解らないし、興味もなかった。彼にしても映画、絵のことなどにはまったく門外漢ということで、ふたりの関心も興味も、その熱中している世界は合流し一致するようなところはまるでないものだった。が、実際はふたりともお互いの話を興味深く、実に真摯に聞いていた。楽しい時間だった。それは言ってみれば双方の「好きなことを語る」という、表現を飛躍すれば「愛情」、エネルギーがそうさせたのだ。つまりエンデがここで語っているようなことだろうと思う。

 「好き」なものを心底語れるというのは、他者にそれ相当の反応を引き出すものだろう。もし自らの何の先入観も脇にどけて、それから相手の情熱を込めた話を無邪気にストレートに聞くなら、語られる世界が興味のある世界とは言えなくても、かれの「愛情」がもたらすものはあなたには恩恵であるだろう。
それは知識や情報の蓄積とは異次元であるので、語る技術や、また聞き手の冷笑的な態度とは無縁であるだろう。
ぼくらは他者に冷笑的な態度で、斜に向き合うことで、どれほど自らの精神を枯渇させているだろうか。とも思う。

 
 エンデは、ある画家について、自らの開眼するきっかけになった短いトーク番組を観ていたときのことを話している。それはこのように、テレビの中に登場する「相手」からも可能なものなのだ。

 「私はあのテレビで学ぶところが、どんなに大きかったことか。
 人間というのは、自分が愛するものについて語り出すと、しかもその愛する対象がほんとうにふさわしいものだとすると、ほんとうにみごとに語ることができるものです。
 聞いていて退屈させられるのは、いつでも、人が何かをきらっているとき、あるいは批判しはじめるときです。
 でも、自分に好きなもの、愛を傾けられるもの、について語るときは、聞き手をただちに引き込みます。聞き手もともにそのよろこびを分かちあいたいと思うからです。」

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by past_light | 2008-02-26 19:54 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

ねこ釣り

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ネコを釣ります。
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うまく釣ります。
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かかりました。
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果てはケンカかプロレスか。
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by past_light | 2008-02-16 02:04 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(4)

市川崑監督のりっぱさ

 市川監督が亡くなったと突然ニュースの字幕に「えっ」とおもう。
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 九十を超えていたとはいえ、なんだか、まだひょっと今年あたりも新作があらわれそうな人だった。
 新藤兼人さんもすごいが、市川崑さんもそうとうすごい監督で、・・といったって、昔から馴染んだこの名匠の作品に、リアルタイムで触れたものにしかなかなか伝わらないかも知れない。
 その名の存在を忘れる間もなく、コンスタントに映画を世の中に登場させていた人だ。「ビルマの竪琴」「野火」などの名作もあるが、同時に軽くて楽しい映画も多い。ぼくは日本のニューシネマ、ロードムービーの傑作だったと思う「股旅」などは当時、本当に惚れ込んでいた。これは谷川俊太郎さんがシナリオに参加していた作品でもあった。
 中期から後期に位置するか「細雪」なども、さほど高予算とは感じられない画面だったけれど、女優たちがまさに市川さんのいわば優れた陶器の作品の中に美しく美味しく贅沢に盛られて、味わいのある軽さとでもいいたい風流を獲得していた。
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 天性の映画・映像センスを、もうたまらなくデリシャスに味合わせてくれた。その若々しくみずみずしくもある感覚。それは、観客動員数を満足すらさせる娯楽映画「金田一シリーズ」でもデリシャスだった。
 いやそれはむしろ、娯楽映画であるからこそ、悠々と、その持ち前のセンスを、職人的に、いわば優れた映画デザインとでも言いたくなるスタイル。日本にありがちな、べたべたした湿度を振払ったような、その画面の切れ味美味しいカット割り、間、役者の表情を挿むタイミング、色彩感覚、空気感、そしてなんといっても、映画の始まりのタイトルから出演者の名前が流れる字幕。それが太明朝または太ゴシックでばっちり画面にレイアウトされ映り出す、それがすでにワクワクさせる時間だった。

 かの記録映画「東京オリンピック」は、小学校で引率されて町の映画館を貸し切りで鑑賞したが、その経験は強烈だった。子供の目にもその監督の想像力、独創性はよく伝わった。あの暗闇のなか、その色彩と映像と沈黙の音に、ぼくは興奮し続けていた。筋肉の躍動するスローモーションや、アベベ選手の黙々と走る長回しの、粒子の荒いフィルムが映るスクリーンに目を釘付けにした。
 子供の頃のことだから、後になって知ったことだが、「賛否両論」と巷の大人の間ではわかれていたという。「国民映画だから記録映画らしくしろ」みたいな阿呆な意見があったという。それを知って、あの映画を理解しないなんてよほどのバカだろうとしか思えなかった。案の定、政治の世界より国民意識レベルが先に行くことが多いように、それは未だにそうであるだろうか。多くの日本人は、市川監督の、この世界に紹介される独創的な記録映画を喜んだ。

 市川監督は晩年、「ぼくは映画の職人」を極めたい。という目標をお持ちだったという。その老境ですら、映画づくりに関心を失わない監督の言う「職人」の意味は、深いと感じた。

 と、話は尽きないが、ぼくにとっては創作者として「りっぱな」、大好きな市川監督の御冥福をお祈りします。
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by past_light | 2008-02-14 01:27 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(4)

電車男

 おおざっぱだけど、人は内向きと外向きに分けられる。かなりいい加減に言うとそうだ。
 「オタク」というのは内向きの部類の人に多いのだろうか。いやまてよ、と思う。いくら人付き合いが好きで、広く浅くたくさんの人と付き合っていたとしても、なんだか対人コレクションみたいになってしまっては、それもある種のマニア的な趣向ではないか。

 「電車男」を観て思ったのは映画全体のでき、スタイルはともかくとして、こういう純愛ものは内向きオタクな主人公だから成り立つ、という感想だ。
 主人公に気持ち悪いと言う感想もあるだろうし、ちよっと、しっかりしろよ、といらつく人もいるだろう。相手の女性も居そうで居なそうなところが奇妙な感じもある。
 一般的に女性なんかどうだろう。「電車男」、そういうと前に流行りみたいなモテ方もあったらしいから、世の中はプロパガンダで左右されるキワものだ。がそれは本物ではないだろう。
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 それでも人は生まれたからには社会の中でバランスをとって生きて行くことになるのだけど、当面、外向型、つまり外向きに意識がある人の方が社会という形の中で生きて行きやすいようだ。が、よくよくみれば現代では、この電車男に代表されるように、人付きあいは苦手だとしても、パソコンにはめっぽう強くて、処理能力が鋭ければ、今の社会や企業の中で重宝されるから、生きにくいのかどうかは経済もかんがみれば簡単にきめられない、複雑だろう。人は、じつはあながち社会の表舞台にいるからといえ、倖不幸も分かりにくい世の中でもあるだろう。

 しかしこの主人公は、オタクという先入観とか誤解されて認知されたイメージに隠されていた重要なファクターを思い出させた青年だ。つまりよくも悪くも子供の「ピュア」な資質を持ち続けているということ。それであるからこそ、この純愛映画が成立するのだ。

 ネットの顔も知らない仲間、ある意味では、しょっちゅう会って相談などできるというような、ありもしない現実より密接な応援とアドバイスに囲まれ、最後のハッピーエンドに向かってのマラソンである。
 途中までは緻密に用意したマニュアルの中でかえって道を迷い、パニクリまくりながら。お話だからなあ、と大目に見たくなるほど物わかりもよくて、優しくもある素敵な女性にフォローすらされながらだが。

 それでも電車男のいちばん愛しくて、切実にぼくらに響くのは、その途上ですっかり自信を失った自分をさらけ出す場面だ。

 「人を好きになるのは苦しいです」「いつか、必ずダメになるんだろうと思っていた」
 恋愛は電車男にとっては免疫のないものだった。むしろ生涯、自分に縁のあるものか疑わしいものだった。それでも仕方ないと思っていた。縁がないということは、ある意味では無事に自らの楽しみの中に埋没して安住もできるということだ。しかしどこかで、ずっとそうして一人で生きて、自分は歳を取って行くのか・・、という底知れずな孤独と不安があった。
 それを、その恐怖を、正直に彼女に伝えられたこと、そして他者と心から繋がりたいと、おさな子のようにあらわにできたことだ。
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by past_light | 2008-02-06 01:55 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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