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あの夏の日

 その夏休みは高校1年生だったか、友だちとふたり、海は近くだから遠出ではないが、テントを張ってキャンプした。テントは誰から借りたのかは忘れたが、見よう見まねで張ったテントは、砂浜を少し越えた低い松林の中のスペース。

b0019960_1733324.jpg 飯ごうで御飯を焚きたかったが飯ごうはあっても薪がなかった。それで友だちの家のある団地にふたりで自転車を走らせて御飯を電気釜で焚いた。それを飯ごうに入れて持って帰った(笑)。おかずは缶詰めだけだったが、ああいう美味なる夕食はめったになかった。もちろん、ちゃんと飯ごうで焚いた御飯と、薪の火の上の鍋で作ったカレーも食べたことがあるが、そのときはこの日の夕食のうまさのほうが勝っていた。

 夜になるとギターを海辺で弾いてフォークソングを歌った。
 夜の海の浅瀬をお風呂代わりにした。テントの中は暑くて眠る気になれず、結局浜辺の砂の上に仰向けになった。
 真上には夜の天上があった。漆黒の闇と瞬く星たち。そんな贅沢な寝室はこの夜のこの世だけ。夜の浜辺はひんやりとして気持ちがよい。夜空を眺めながらいつかしら眠ってしまった。

 翌朝、真夏の灼熱の暑さに目が覚めた。太陽の下で鰺の開きみたいになっていた身体を起こして、まっしぐらに海へ飛込んだ。まるでタイムスリップして現実に戻って来たみたいだったな。
 あの夏の日、ぼくは海のエーテルに浸って無条件に生きていた。
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by past_light | 2006-07-28 17:06 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(8)

オシムの苦味

サッカー日本代表の監督のオシムさん。
哲学的で、インタビューには知性が染み渡っている。
味のふかあい人だ。

自らの国の内戦で生々しく戦争を知っている人だから、その話に及ぶと苦味は増す。
「もう戦争は起きてほしくない」
「しかし、いつもバカはどこにでもいるからね」
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by past_light | 2006-07-24 02:48 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

頭の上の蠅を追うな

数日来筋肉痛がすると思っていたら、熱が出て、こりゃ夏風邪だろう。
ぼくのバイオリズムは、新年早々と盆踊りの時期に、よくまあ見事に一致した風邪を運んでくる。

何度も汗で濡れた下着を代えるのに深夜に目が覚める。
そのままだと気持ちが悪いので、代えるんだけど、すぐにまた汗が出てくる。

朝方になって蠅がうるさく飛び回っている。
蠅の飛び回る羽音はノイズという言葉がぴったりだ。
それは頭の上で鳴っているのか、それとも自分の頭の中で鳴っているのか。
熱のある時には、よく夢を見る。不条理な夢も多い。
脳がゴミを吐き出している感じでもある。

周囲の雑音について、それは自分の中の雑音だと言った人がいて、言われてみてみれば、苛々と振り回される自分のノイズが最もうるさいということ。

しかし、あのニュース映像で有名な、布団たたき、ラジカセがんがんなおばさんの攻撃に、そんな悟りが通用するか、とおもえばこりゃ試練だろうね。
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by past_light | 2006-07-22 22:00 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

孤独と共感

物語はあるが、それはやがて忘れてしまう。
しかし大きな感情、感動は各人それぞれに残る。

夢も、目が覚めている世界の現実も、そこでは同じだ。

伝えてはあげられないもの、そういう経験が各自にあり、それは共有できないと言う意味では孤独の一種だが、かなしく忌み嫌われるものではない。むしろそれなしには自分が生きているという自覚さえ失うだろう。そういう類いの孤独もある。

しかし、それは各自が自らの内奥で知っていることで無言の理解と共感があるもの。
孤独が知られなければほんとうの共感はない。そう思う。
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by past_light | 2006-07-21 01:48 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(6)

切ない写真

★リンク
災害は動物もたいへん。
助かったら食べられないなら良いが・・。むりかな。
http://news.goo.ne.jp/news/reuters/geino/20060719/JAPAN-221542.html
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by past_light | 2006-07-20 03:23 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(8)

グッドラック!

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大胆にも、自転車も通る歩道を足早に闊歩する親子。
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これをカワイイと言わずしてなんと表現する。
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爆撃やら、ミサイルやら、頭突きやら、家庭内殺人やら、、そんな御時世にあって、
爆撃の閃光の下には、いろんな生物の暮しがあることを忘れがちだ。

グッドラック!
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by past_light | 2006-07-16 02:02 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(10)

絶滅危惧種

 夜よくウォーキングする途中にある、あるアパートの横っちょに住んでいる猫は三毛でおかあさんだ。ミッケと呼んでいるその猫はとても痩せているがしっかりもので、甘えたところがみじんもない。アパートの誰かにある程度の面倒を見てもらっているようだ。猫小屋がひっそりとそのアパートの建物の並びの蔭にあり、そこで育ちつつある子猫は二匹。最近は一匹がどんどん表に出てくるようになった。
 先日そのアパートに住むひとりの女性とたまたま挨拶して状況も少し訊いた。「子猫はなかなかなついてくれない」と言っていたが、最近見るとずいぶんと大胆になって来た。食欲も旺盛。今夜はお腹も触らせた。それでその子はいいのだが、もう一匹はその兄弟の半分ほどの大きさしかない。人が近くにいる間は近寄って食べようとはしない。離れて見ていると一緒になって食べようとしているようだが、どうしても食べている量は少ないだろう。

 万年子供みたいなかわいいオスの白黒の猫もいる。彼らの様子を見ていると、明らかに暗黙の助け合いが成されていると感じる。チビクロと呼んでいるそのオスは、ミッケの子供がいると餌を譲るのだ。
 そのミッケと呼んでいる三毛の母親は、明らかに「子供にやって下さい」とばかりのコミニュケーションをしてくる。もちろん、こちらの顔を見て「みゃ〜」と小さな声で話し掛けることを言っているのだけど。だいたいウソと思うなら見てほしい(笑)。お腹が空いていない時とは、態度ががらりと違うのは猫を知っている人ならよく御存じだろう。

 こんなことを話していても話が長くなるので、核心に行こう(笑)。
 子猫の兄弟を見ていて「生存競争」という言葉を思い出さずにはいられない。
 ミッケはやはりもう一匹の、そのちいさな子供を心配しているようだ。数メートル先にチョコリと座ってこちらを見て、なかなか寄って来て兄弟と食べようとしないその子をジッと見ているミッケの後ろ姿を見ていて、人間の母親を見ているような気がしたものだ。「この子はやっていけるかしら・・」と、ト書きが書きたくなる背中だ。

 動物は野生だと完全なる生存競争の支配の中で生きるしかない。
 人間もそうだと言いたくなる人は多い。「弱肉強食」「強い者が生きのこる」と。
 なら動物のように自然に支配されるべきで、自然を支配しようとしてはならないだろう。
 動物にはできないことができるから人間だが、そういう繊細さは進化せずに動物にも劣る動物になってきていないか、とたまに思う方がいいような気もする。そうでなければ、 絶滅危惧種のひとつだと思う方がまた良いかもしれない。
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by past_light | 2006-07-14 02:12 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

自然に恩恵を受けている者がすること

『箱根ホテル』の残虐行為
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巣の残骸といっしょにビニール袋の中に詰め込まれたツバメの子たち(悪臭がするらしい)

藤原新也さま
箱根の大自然の中に建つ有名ホテルが、子育て中のツバメの巣を撤去。生きているツバメのヒナごと、ゴミ同然に捨てられたというひどい事件です。
このホテルには毎年、岩ツバメが飛来し巣を作っていて、何羽ものツバメが飛び交う姿が、部屋の中からも間近に見えていました。
しかし先日の6月30日、まだヒナがいるというのに、巣をすべて撤去してしまった。ホテル従業員に聞くところによれば、本社から壁に看板を取り付けるように言われたことと、糞が頭に落ちたお客から苦情が来たからという。気づいた時にはすべて撤去され、ヒナの所在もわからない。
7月3日、実際の作業をした工務店の方に伺うと、巣にいたヒナは40羽ほどで、その工務店が所有する資材置き場の裏山に放したとのこと。撤去から3日間経っていましたが、裏山に私たちはまだ生きているヒナがいるのではと思い、その現場に向かった。ところが、裏山を探してもその形跡はなかった。
私たちはその時、事務所の入口の草むらの中から、かすかな小鳥の鳴き声を聞きました。しかし、草むらを探しても見つからない。その時、草むらに無造作に置かれた10個以上の大きな土嚢袋に目が止まった。「まさか‥‥!」あまりにも大胆に置かれていたために、見逃していたその土嚢袋を見た瞬間、背筋がゾっとした。そして、中からは、巣に使われていた土と死がいとともに、まだ息があるヒナが続々と出てきた。そのむごい光景に、私たちは言葉もありませんでした。
私たちが命を救うことができたのは、21羽。そのうち3羽は、まだ産毛で、目も開きかけという、生まれたての赤ちゃんでした。
7月4日にホテルを訪れたところ、ヒナを失った親鳥らしきツバメが、100羽ちかく、かつて巣があった壁の上空を旋回していました。今もきっと、自分の子を探し、空を舞い続けているに違いありません。

以上の様な報告が私(藤原新也)のもとに寄せられた。
これはひどい事件である。
この文面にホテルの名前は書いていないがそれは『箱根ホテル』である。
『富士屋ホテル』のチェーン店だ。
宮ノ下の『富士屋ホテル』はクラシックなホテルで有名だが、以前昼食に訪れたときひどい目にあった。サラダが作りおきでみなしおれているのである。
食事の味も推して知るべし。おまけに隣接するトイレから鼻の曲がるような悪臭。
こういったなんらかのプレミアのついたホテルというものはその名前で人が来るのでサービスの内容がおろそかになるということがある。どの観光地でもよくある現象である。
こういった経営のいい加減さが、今回の『箱根ホテル』の一件にも如実に反映していると言えるだろう。また客から苦情がきたというのは駅でツバメの巣を撤去する口実としてよく使われるが、ウソの場合が多い。

この内容はコピーしてネットに流していただきたい。
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

追記・・次の日の続きがトークにアップされています。2006/07/13(Thu)
「クリーンという言葉の残酷」
 箱根ホテルの行為に関して私にメールをくれた方はこのホテルを定宿としている人だが、ホテル側がツバメの巣とヒナの袋詰め廃棄処分を知っていたかどうかという質問をした。以下がその回答である・・・・
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

**************
藤原さんのブログから。そのまま引用。
ぼくは直接場に居合わせなかったけれど、公園では子猫が袋に入れられて捨てられていることもあった。
上記のような記事のホテルは周囲の環境から恩恵を受けていて、それなしには無価値に近いということをも忘れている。そういうことが拝金主義の魂の亡者のすがただ。
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by past_light | 2006-07-13 01:56 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(6)

シエスタ

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冬には暖め合った関係も、時が過ぎれば程よい距離が必要だ。
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by past_light | 2006-07-13 01:18 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

土曜日の午後

おばちゃんが日の明るい内に公園にいる。「おばちゃん、おばちゃん、なにしてるの」
おばちゃんは「鳩を放しに来た」という。
先日、猫に悪戯されて傷付いた鳩で、四、五日おばちゃんの家の部屋で段ボールに入れられていたという。
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おばちゃんは他の鳩の群れに交じらせようとその鳩を真ん中に鎮座させる。

 「しかしよく生きてたねぇ」
 「血が止まったからね」

しかし羽が傷付いた鳩はよたよたしてうまく歩けない。
見ると、鳩の足にお菓子の箱を結ぶ時に使うような金色のヒモが巻いてある。

 「こんなのつけちゃダメだよ、あぶないよ外してやりなよ」
 「見分けがつかなくなるよ」
 「つかなくてもいいじゃない」

おばちゃんは動物にやさしいけど、完全に盲目的になるので、ひとりよがりにもなる時があって、ときに困った人だといわれる。
公園の一画の猫は、おばちゃんからもらう食事で肥満傾向にあるのだ。
だいたい人の話を聞いていないので、何度いっても聞かないと呆れられてもいる。
しかし何度かしつこく説得してやっとヒモを外すことになる。

 「あら、かたっぽに引っ掛ってたんだね」
 「だから言ったでしょ、ワッカならまだしも」

ぐるぐるまきにしてあるヒモを外すと、鳩はとりあえず難無く歩けた。

この場所に鳩を放しに来たのは、猫からは安全そうな場所だからだ。

ひとりのジッチャンが「鳩に餌やるなと書いてあるだろ」と誰に向かうでもなくぶつぶつ言って通り過ぎる。
四、五日のあいだ段ボールで暮らした鳩はパン食に慣れてしまったようだ。
甚平を着たフランス人らしきオジサンが自転車で来る。
前のカゴには「とりのえさ」と書いてある大きな袋が乗っている。
アヒルを指差して、「ダニがいる」と言う。「トリダニ」。
やがて「スミマセ〜ン」と甚平の仏蘭西人は帰って行く。

今度は公園管理局の警備のオジサンも話に加わる。
七十をゆうに超えているのにものすごく元気な人。
だいたいおばちゃんが管理局に報告したら「死んでもいい」から、おばちゃんに任す。となった一件らしい。

「また襲われないか」と心配するおばちゃん。
「カラスも襲うよ」「カラスは首までチョン切っちゃって、ばらばらにする」「猫までやる」
とおばちゃんの心配の種を増やす。

池の周りを何週もして歩く中年の女性が来る。
顎を突き上げて空に顔を向けて目を閉じて歩いているようなので、いつも目立つ人だ。
その女性がおばちゃんには手をあげて挨拶をして行く。
通り過ぎる名物なヒトを見送りながら、おばちゃんは「いつも目を閉じているけど、目が見えないのかねぇ」という。
「いつも顎突き上げてねぇ」と不思議そうに警備のオジサン。
「リハビリかな」とぼく。
まあ、目は見えているからおばちゃんに挨拶したのだろうと思うが。

「あれ、いなくなった ! 」
鳩が消えている。
「ほ〜らわかんなくなった」とおばちゃん。
警備のオジサンが木の上の鳩たちの中にいるのを見つける。
「とりあえず飛べるんだ」
「じゃ、安心だ」
まあ、それで一件落着。

今日はすごいキャラぞろいだなあ、、と思いつつぼくは場を立ち去ろうとする。

自転車から振り返るぼくの目に、おばちゃんの盲目的な愛情は異様な光景となって網膜に残る。
おばちゃんは、鳩のいる木の葉っぱの上にパン屑を蒔き続けるているのだ。
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by past_light | 2006-07-08 20:41 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(6)

過去と現在、記憶のコラム。関連ありなTBはラヴリー。リンクはフリー。コメントはブラボー。


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