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例会
 先日の盆踊り大会。
 デジカメもおもいきりスローシャッターになると、盆踊り大会には「例会」からたくさんの人が参加していた。・・という写真ができる。

 手ぶれも相当なもので、いくつかはかなりおかしな写真だ。(^-^;
 静止した人のまえには走る人が足だけ写り、少女たちの側には不思議な光と影が・・。光学的なものと言うにはどうしても気になるものもある(笑)。
 ただし、恐がりの人がいると困るので、載せないことにしておこう。
 それでこの一枚。

 しかし、なんでもそうで、こわいとおもうとこわい。
 こわくないとおもえばこわくない。
 「こころ」って、「ころころ」からできているからで。

 淀川さんは、亡くなった友人やお母さんの気配をふと感じると、「ああ、よくきたね」と声をかけた。うれしかったそうだ。

 それで一枚だけ写真だが、なつかしく、昭和の香り永久保存版とでもいいたくなる自治会運営の夜店の前には、列をなした少女が青い浴衣でとても涼し気だ。

 夏が来た。
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by past_light | 2005-07-29 21:22 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(0)
1999年の盆踊り
 2005年のこの町の、夏の幕開けを知らせる毎年恒例の盆踊り大会。いよいよいつもの年と変わらず明日から二日間の開催だ。
 その開催地である公園には、早くも数日前からやぐらは組まれ、スピーカーは木につながれ、ちょうちんは準備万端、曖昧な警備班の控えるテントも張られた。夕方には練習の太鼓の音もたまに遠慮がちに風にのって聴こえてくる。百年経っても変わらんぞ、という光景が今から目に浮かぶようだ。

 思えば(いつもこれだが(^-^;、ブログのタイトルには背いていないコラムだろう)1999年つながりで思いだしたが、その年の幸せの光景の記録がこれだ。

 「百年経ったらその意味分かる」と寺山修司は「さらば箱船」で言ったが、ゆうに人間の営みはかくも地道なものなのだ。

 さて、明日の天気が気になるところだ。のら猫たちには我慢の二日だけどね。


 ★「1999年の盆踊り大会」

 ここ東京杉並にある公園。何故か、なんとはなしに田舎のような雰囲気を証明するかのような、毎年恒例の盆踊りが昨夜から今夜まで二日間開催されている。
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いや開催と云うニュアンスは似合わない、なんだろ、このいかにも町内自治会が健全に機能しているような年に一度のイベントは。

 実に、この盆踊り大会は、普段、家のなかで静かに暮らしているお年寄りの方々の、晴れの野外活動の日でもあるのだ。
 それはもう、こんなにお婆ちゃんやお爺ちゃんがいたのかと、毎年感心しながら思うぐらいである。
 そう『○○○盆踊り大会』。・・この日は毎年、お年寄りが主役なのだ。

 保守的と言うなかれ、確かに踊りの輪にはほとばしるエネルギーはない、切れるような腰のふりもない。くり返される曲は、多分何年も同じテープをかけ繋いでいる定番4曲止まり。 --しかし、このなかには橋幸夫の唄う御当地「杉並音頭」が含まれる--。
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そして4曲ごとのたびかさなる休憩。
 子供はどらえもん音頭ぐらい増やせよ、ぼくらはオバQ音頭を、と要求したくもなるところだが、しかしそれを我慢をさせてしまうほど説得力のある保守的伝統なのである。
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もちろん、子供達や普段着の近所の住人の気楽な集いの場になっているお祭りで、肩のまったく凝らない、--盆踊りで肩が凝ってはどうしょうもないが、、とてもいい感じの盆踊り大会なのだ。
 出店も自治会のおばちゃん、おじちゃんたちの作るわたあめ、だんご、氷り、のお祭り定番に、特別許可のおでん屋のみである。

 それに今年は天気にも恵まれ、昨年(1998年のこと)、雨続きに見舞われた日程で、半日で急きょ中止になってしまった、その鬱憤あり、子供達の夏休み突入が重なり、素晴らしき好き日なのである。
 それは、7時からの開始のはずなのに6時前に始ってしまうという意気込みからも伝わってくる。
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池の側で開催される特徴がここの命でもあり、暗くなってからのこの盆踊りの風情は格別である。
 踊りの輪を離れ池の向うから眺めると、どこか山奥の村で行なわれているように錯覚する景色をも堪能できる。むしろ、その景観がここの盆踊り大会の、ほかの地区とは代えることのできないナチュラルでありリッチでもあるかけがえのないものなのである。

 この町の住民注目の、最近生まれたカモの五羽の子供達も親鴨に守られその景観を楽しんでいた。
 ・・というのは脚色ですが。

 --画像は8mmビデオを静止画にしたもの。カモ親子はさすがに暗すぎて断念。--
 ◆上右より、太鼓を叩くのは子供達の役目です、交代で頑張ってる。
 ◆左、二段やぐらの中段で踊るのはやや若い御婦人方、あくまで、ややである。
近影はプライバシーを考慮してというか、散漫なので載せるのを止めた。
 ◆右、警備班というテントであるが、どうもそうは見えない。
 ◆下左、池の反対側から眺める格別の景色、しかしこんな不鮮明な画像では申し訳ない。
 ◆踊りの輪のなかには、仕事帰りのバッグを下げたままの草刈タミヨ風美人も見られることは付け加えておかないといけないだろう。プライバシー保護のため、それをお見せできないのは残念である。
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by past_light | 2005-07-23 03:27 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(0)
「1999年の夏休み」
 今年の梅雨はまだ終らないが、2005年の夏休みもそろそろはじまる時期になった。
 いつかしら、20世紀も遠い過去に相応しく語られつつあるのが思えば不思議な気分だ。
 ふりかえれば、この映画を観た頃、1999年でさえまだまだ先の事だと思っていたのだから。

 『2001年宇宙の旅』など、あの映画の中の未来のイメージは、無惨にもまだら模様どころか、比較する気にもならない地上のプレッシャーを感じさせる2005年現在世相だ。
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 『1999年の夏休み』は原作の少女マンガ(原作、萩尾望都の「トーマの心臓」)を、それはジャン・コクトーとか、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」の雰囲気さえ参考にしたような感じにぼくには思えたのだけど、それがもとにされたものだという。

 人里離れて森の中にある学校に、夏休みだが帰る場所のない4人の少年のひと夏の共同生活。そのひと夏の日々におこるできごと、四人の愛や孤独。それを少女が少年を演じるという形で映画にしていた。
 それは、あざといという感じもなく、そのことでかえって少年の心の原形を映し出すことに成功していたと思われた。

 この映画を思い出したのは、高校生らしい男女のグループが公園で花火をしていたからだ。
 この映画にも4人で湖の畔で花火をするシーンがある。
 ひとりの少年が、たのしいひとときの光景のなかでふと、その輝くような貴重な瞬間を愛おしみ、想う。
 「いつか4人での楽しい時間も過ぎ去り、ぼくはひとりぼっちになるのだ」。
 それはまたかれらが、夕焼けを黙って見つめるシーンにもおなじく運命的な淋しさが静かに流れていて、どちらもたいへんに美しい、印象的な場面だ。

 ぼくはこの映画のこの淋しさは、万人がいつか経験したことがあり、これから経験するものなのだろうと思う。
 いわゆる孤独とは、まさに一人でいる時に感じるものというより、他者との幸せの中で、自らの個としての存在を意識した時に現れるものだろうか。
 しかしその現れた孤独とは、他者を愛おしく大切に感じることを思い起こさせるために咲く月見草の花のようなものだ。

 花火の美しさを持続させることは不可能だ。輝く楽しい時間も同じだ。
 今という時を、友人や出逢った人と共有できることが、彼らが思っている以上に生きる上での宝物になるのかもしれない。

 ・・そう、確かにきらきらとした美しい瞬間、喜びは一瞬後に過ぎ去る。しかし、きらきらとした、また別の瞬間がやってくるだろう。
(1988.03.26公開)
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by past_light | 2005-07-12 20:16 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)
「憎しみだけの人生など無意味だ ! - チャップリンの独裁者」
 チャップリンの「独裁者」は、ぼくが二十歳そこそこ、当時チャップリン・リバイバルブームがあり、ロングランで連続上映されていて、一番好きな「モダンタイムス」や、「街の灯」「殺人狂時代」「黄金狂時代」・・それらのなかの一本として観たものだった。そのころのスポークスマン的な淀川さんも、パワフルな存在だった。

 記憶に残っていることでは、第二次大戦さなか、生々しい頃作られたということと、そしてチャップリンが、「もし、ナチスがあれほどのことをしていたとわかっていたら、恐ろしくてわたしは本当にこの映画を作れたかどうか分からない。」というようなコメントを知ったことが印象的だった。

 それは今改めて観ていると、登場する役としてのチャップリンの、けして英雄的なスーパーマンのような人物像ではない、気の小さい世俗の垢もたくさん持っている小男が、どういうわけか凄いことに巻き込まれ凄いことをしてしまうという、そのいつもの展開に意味深く重なる話だなと思った。

  9.11以後の間もないころ、この世界で、この映画をしばらくぶりに観なおして、なんともリアルな映画だったのかと、おかしな言い方だが、画面に観入りながらの自分の中の反応にも驚いた。
 チャップリンが演じる独裁者の役にしても、その取り巻き参謀や、隣国の独裁者とのナンセンスながらのやりとりなども、目がさめるほどにシリアスに感じる。練りに練ったと思われる独裁者の描き方の正確さに驚き感心する。

  映画が作られた頃も、まさに世の中は暴力と悲しみの生々しい空気があっただろう。そして、今また、同じ空気があるのか。

 有名な、心をうつ最後のシーンになる長い演説。
 二十歳そこそこで観た時も、この観客に正面を向かっての、真剣で普遍的なスピーチは感動するシーンでもあったが、今聴いていると、今こそさらに世界の切実な願い、叫びとして深く胸に響いてくる。

 「わたしは皇帝などにはなりたくない。支配ではなく、助ける人でありたい」
 「憎しみだけの人生など無意味だ」
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by past_light | 2005-07-09 22:28 | ■主に映画の話題 | Trackback(1) | Comments(0)