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ゴミ
 ◆住宅地域のゴミ出し当番というのがある。
 分別ゴミなどのカゴを朝早く出したり、引っ込めたりという当番だ。
 家族が少なかったり老人ばかりだったり独身者だと、勤めとの兼ね合いで、けっこう困った役目かもしれない。時間的に合わせる事ができなかったりする人もいるだろう。また、朝早くが大変という人も。まあ実は、深夜出して置くという手もあります。現実的に。

 アパートなどではだいたい大家、管理人などがその代役を勤めてくれていることが多いだろうから、そういう巡り合わせには出会わないで知らない事も多い。
 東京や大都市などの一人暮らしが多い地域では、一人で一軒家などに住むと、こういう気がつかなかった役割分担に突然出会い、仕事も不規則とか外出がちだと、けっこう困った事になるのかもしれない。
 まあ、深夜出して置くという手もあります。現実的2(^-^;。

b0019960_13364122.gif 最近はゴミを荒らすカラスの被害もめっきり減ったそうだ。家の方の地域では、ゴミをポリバケツに入れて出す習慣に変えたのだ。ずいぶん単純なことだが、なんとも遠回りしていたものだ。
 ゴミ袋のままだとネットを掛けても引きずり出されるのだ、カラス君の執拗な攻撃では。そのせいかどうかカラスもずいぶん減った感じだ。以前は夜も早朝もと、かあかあと、屋根の上で聴こえたものだが、このところは静かだ。

 そういえばゴミ出しセットのことで、ある地域での揉め事もなにかのニュース記事で読んだ事がある。
 一人暮らしの老人と少し離れて暮らす娘さんが、「足の弱った親が怪我でもすると大変なので、私が代りにやるので本人の当番を免除して欲しい」といった内容だったと思う。
 何故か、「当番は当番だから、本人がやるべきだ」とか、いかにも『平等』という名の勘違いを降りかざして主張する、その地域の住人がいたらしい。

 「皆の決まりごとだ」というものも、臨機応変に考えられるような柔軟な頭でないと、どこか『平等という概念』が、ファシズム的にすり替えられていても、まったく気づかない鈍感な人種もいて、ことにそういう人に多くは「自分は常識人だ」と思っている。

 ◆前にテレビで観た、ドイツのある小学校から町の家庭に浸透していったというゴミの減少ムーブメントは、すぐにでも日本で真似できる賢いプランだなあと思った。
 ミミズのペットの生態研究をモデルにして、彼らがどんなゴミを食べてくれるかを観察したのだ。その学習で、子供たちは自主的に有害なゴミになる化学物質に敏感になった。
 学校の入り口に一つだけある、ちいさなバケツが唯一のごみ箱。それでもそこには、ほとんどゴミがないのには驚く。

 熊本の水俣では、回収されるビンの分別は色別にしても10種類にせまるという。
 ビンのリサイクル工場では、その地区から来る回収品たちは「ブランド物」といわれているという。
 水俣の痛みを伴う歴史では、工場関係の住人と被害者側の住民の分裂が長く続いたらしい。しかし、両親が工場関係の仕事についていて、そこから育った子供の代の役場づとめの人の努力が実り、世界でも優秀なゴミ回収の市になったそうだ。それで、後数年で一杯になるはずだった処理場が、30年先まで大丈夫・・というまでゴミは減ったそうだ。

 ブラジルでは、ひとりの日本人の柔軟なアイデアで、スラム街に溢れていたゴミを農家の余剰食料を買い取った野菜などとの交換システムによって、 二重の成果をあげているという。街に溢れたゴミを集めてもらって、その労力とひきかえに野菜を配給するのだ。低所得者の生活の向上とクリーンな街づくり。彼に対しての大きな感謝の声が聴こえてくる。
 彼が話すには・・日本にいてはとてもできないことだっただろうという。縦システムのハンコ待ちみたいな硬直したシステムでは試みることさえ難しいのだという。

 「ゴミ」、から出てくる話は、今の世の人、人、人の鏡みたいだ。

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by past_light | 2005-01-28 03:06 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(2)
厳寒の日
 雪がちらつくほどの寒い日曜日だった。
 ニュースでは、ニューヨークはマイナス30度とかなんとか言ってたなあ。小売の街だな、いや氷の街(笑)。
 暖かい家があればありがたいことだ。でもない人はどうしているだろう。それから野良猫たちも。
 南極でやむなく置きざりにされた15匹の犬。
 映画にもなったけれど、できはどうだかの覚えはない。動物物はずるい。ただでさえ涙腺に訴えかけるものなあ。

 以前、奇跡のタロとジロのことはテレビでも特集があった。
 やむなく置きざりにされたが、一年後まで生き延び、再び人と出会って喜ぶタロとジロの話。
 置きざりにされた、なんていうことなど彼らは想像もしていなかったかのように再会を喜ぶ姿だ、涙なくしては観られないのは。
b0019960_19144304.jpg 優等生ではなかった二匹だけど、わずかに残った野生の血が彼らを生き延びさせたという。
 アザラシの糞というのは魚の栄養素がつまっているらしくて、意外な情報。←(そんなことを知ってどうなるッテ?)

 その番組の中で不思議なエピソードとして、ふたつの出来事が紹介されていた。
 ひとつは置きざりにしたことの無念さと、自らを責める日々を送っていた隊員の方が見たという夢。
 二匹の犬が、どの犬かはわからないままだが・・こちらにむかって走ってくる。
 その人は「二匹が生きている気がする」と言っては、当時まわりの人に笑われたそうだ。

 もうひとつは、当時各地で、15匹の犬たちの霊を慰めるために作られた祈念碑。そのある場所での式典での出来事。
 ある隊員が、霊を慰める言葉を懸けるのだが、一匹づつ名前を呼び、15匹の犬たちに「安らかに眠ってくれ」・・・とそのはずだったのだが、どうしても二匹の名前だけが思い出せなかったそうだ。
 それで仕方なく13匹の名前を呼んだだけで式を終わった。
 その二匹の名とは、もちろんタロとジロである。唯物論者よ聴いているか(笑)。

 当時のことを話す隊員のひとりは、自身も登山途中で死に際を体験し、奇跡的に生還した体験があるという。
 「なんとしても生きなくてはならない」とうすれた意識の中で思い続けていたそうだ。
 それは、タロとジロが教えたのだと思うという。

 時にこんな奇跡のような話とか思いだすと「なんとしても生きなくてはならない」と思わないかな(笑)。
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by past_light | 2005-01-24 02:07 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)
迷い人
 宮沢賢治の亡くなる前、自分の書いた作品を「これは、私の迷いから出たものですから、どうか焼くなり好きにして下さい」というようなことを言ったという話がある。
 幸か不幸か残された作品は、今もぼくたちがいつでも読めるようにどこの本屋にも図書館にもある。

 人の書いたもの、日記も手紙も、迷いといえば人それぞれの迷いから形に残ったものなのかもしれない。
 しかしそれは、次の世代の同じく迷いつつ生きる人に向って、彼らの迷いの道に手助けするものを残しているものがあるのだろう。
 「わたくしという現象」の、ほのかな灯。

 画家のゴッホなども多くの書簡を残し、その「迷い」を書き連ねている。
 彼は一時期、炭鉱で働いたり牧師になろうとしたりと、つねに他者に向ってなにかをしたいという衝動があったように感じられる。

 自分のコントロールをないがしろにして人の世話なんて、という戒めもあるだろう。が、はたして人の内から湧き出る情熱のマグマ、そんな覚えはないか。
 ダライ・ラマが「自意識の迷路で迷う」女性に、「コミュニケーションを取ることは大切だと思うのに、できない」と相談されたとき、「それがむずかしいときは、人類全体のことを考えてもいいのですよ」と言ったと以前読んだことがある。さすがに深いなあと思う。

b0019960_19123207.jpg ゴッホにとっては、ゴーギャンとの短い共同生活も、画家たちのユートピアを夢見た彼にとっては、そのはじまりのように感じていたのかもしれない。しかし、ときにバランスを欠いていた彼のパーソナリティが取る行動は、まわりの人間にとっては自分勝手な妄想からのようにも見える押し付けがましいものでもあり、現実と亀裂を起こすことが多かった。ゴッホ自身も落ち着けば自責の念にさいなまれたのだろう。

 そして、いつも弟への手紙には、生活の苦しさ、絵具代に困っていると、無心の言葉を書き足さなねばならなかったことも、後の人が読んで呑気に思うほどゴッホは軽い気持ちではなかっただろう。ゴッホにとってみれば他になすすべなどなかったのだろう。 晩年にはその遺書とでも言うべきような、出されなかった弟テオへの手紙が胸をうつ。
 以前テレビで観たゴッホ特集で、仲代達也のナレーションによる最後の手紙が読まれた時、ぼくは震えた。

 「 君の思いやりある便りと、同封の50フランをありがとう。・・・
 ・・だがわが弟よ、いつもこのことを君に言ったし、最善を尽くそうと絶えず求めたものの考え方を真剣にもう一度伝えたい。

 繰り返して言うが、君は単にコロの絵を売る画商とは全然違うし、僕を通じて何枚もの絵の製作に携っているわけだから、たとえ破産したとしても安心していていい。
 そうだ、自分の仕事のために僕は、命を投げ出し、理性をなかば失ってしまった。
 でも僕の知る限り君は画商らしくないし、君は仲間だ。僕はそう思う。社会で実際に活動したのだ。

 だがいったいどうすればいい 」

 存在の切り離しえない弟テオという人の不思議も思う。
 ごく下世話的に想像するならテオは、家族を抱え、度重なる兄の切なる要求の手紙も重く肩にのしかかってたいへんだっただろう。
 しかし、ゴッホが自ら命を断ったあと、テオの人生も終ってしまったのだ。

 そういえば、賢治にも、彼の宗教心の強さで、まわりとの軋轢を感じさせる時もあったかのようだ。

 彼らのような人たちの抱く「理想」にしても、時にはそういう自分勝手なものもあるかもしれない。他者にもいいはずだと思い込んでしまいがちに。自らの、からまわりする情熱に目の眩む時期もあるだろう。
 とはいえ彼らの残したものに、時折、強く純粋な魂の声が聴こえるような響きの言葉があるのも事実だ。

 側に居たものはたいへんなんだ、と言われそうだが、見渡しても人間の得意分野は様々だ。完全な者はいないのだ。

 「ユーモア」というものについて、こんな言葉もあった。
 「自分と世界を見て、笑う」
 人を笑いたいと思った時、自分をも笑おう。

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by past_light | 2005-01-20 19:18 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(2)
自我肥大のアダムとマダム
 自我という言葉の使い方はとても曖昧みたいだ。
 「自我の確立」というとなんとなく肯定的に聞こえるし、当たり前のように認めてもらえたり、「自分中心」というと否定的に聞こえるし、いろいろ場合によっては忌み嫌われるような場面もあるしだ。

b0019960_20181481.gif ぼくはどんな学者でもないから、無学者として勝手に実感を軸としてわかる次元で言えば、現実的には、まず人間はとりあえず自分中心にした世界観で生きているというのが正直なことだろう。

 生き物として生存する時、自己保存のために人間は食べなくては肉体を維持できないし、衣食住の確保は誰しも必要だ。今の世界は基本的人権なんて「コトバ」のみありきなのだ。
 毎日を食べて寝て・・、それは命あるものには、そう野生動物だって野良猫だって必要なことだ。
 人間もそういう意味では生きることに必要するものは動物と同類なんだ。
 が、実は、ぼくら偉そうに進化した、文化人だ、とする霊長類だが、当たり前のようには、すべての人が毎日を生きることすらを保証されているわけではない。

 動物は生存のために促される自然法則的な欲求でのみ生きると言えるが、人間は大きく足して、心理的に「欲望・欲求」をいくらでも拡大もできる。必要な食料、資源を獲得することにかぎらず、自分というものの存在する、エリア、影響力を、その欲望によっていくらでも妄想的に拡げてしまうことができる。自然資産を利用したり環境をいじって変容させたりして、自らの住む生活の場を改善し快適にしたりする。

 また一歩進んで、より多くの所有物を自分のまわりに集めることによって、その物との一体化、同一化することのなかに、より自分という存在の確たる実感、安定感、安堵感を得ようとしているようなところがある。
 それらは、人間が動物よりもある意味、優れている部分にも思えようが、逆に個として他者や環境に必要以上の害を生み出す要素にもなっているのだろう。
 限りのある資源、物質が、どこかに偏った所有を受ければ、当然持たない、持てない者、隅に追いやられる人、削り取られた環境、それはうまれるだろう。

 しかし人間は心理的に、かたちあるもの、物質的に多くを所有し(自らの安心、安定を得られると思えばこそなのだが)、過剰にそんな自己保存的欲求・行動を拡げているところがある。そして他者への搾取も見えない範囲では自覚なしに進行する。

 生きる場は自分にも他者にも等しく必要なのだが、生存のためにさえ競争を運命付けられれば、足るを知らない荒れ果てた餓鬼的な心の中に、「吾が生き残るため」という追いつめられた幻の世界が、超リアルなものに感じられてしまう。
 天使と悪魔的な戦いの場が、そんなぼくらの心の中の世界だろう。正真正銘のアルマゲドンだ。
 そしてそれはすぐ、またはやがて目に見えるまわりの世界ともなって形成されるだろう。
 見渡せば地獄とはまことこの世に展開しているではないか。実のことには反対に、その気になれば天国だってこの世に作れるのだろう。


 話はややずれていくが、自我とはその中身はもともと矛盾そのもので、個人でも何か問題のある場面や選択を必要とする場面などで、まるで相反する思いに誰しも気づいたことはあるだろう。
 迷いとは自我の宿命付けられた運動ではないか。強い自我が迷わないのではない、頑な自我、ブレイン(頭脳)が性急に結論を欲するのだ。
 ・・とはいっても、選挙は行かなくてはならない、意志は表明しなくちゃならない。社会生活に選ばなくてはならないものは多い。
 自我の確立という言葉を肯定的にとらえるなら、そんな様々な場面でショートカットに陥らないバランスのとれた柔軟な自我、という苦しい言い方もできるのだろうか。
 しかしたとえば恐怖から妄想された結論、勇気は、集団として作用するひとつの例として、「平和のために戦争をしている」という、パラノイアな、クレージーな発想を常識にすら変えてしまうだろう。
 結論を得てスッキリしたい多勢のブレインには、そんな時、声高なプロパガンダで洗脳も容易だ。

 人間は誕生してから、自らの原始的なマインドの性質にまだ翻弄されたままだ。気の遠くなるほど時間を使ったのだが。
 そういう意味では楽園を追放されたアダムとイブの始点から一歩も踏み出していないとも言えるだろう。心の領域においては進化論もかたなしだ。

 自我に盲目的に突き動かされる人の集団である我々、その世界が頭を冷やし頑な自我を揉みほぐし、方向を変えることができるだろうか。
 「飢えている者の隣で、必要以上にさらに所有しようとすることは犯罪に匹敵する」という言葉がある。
 単に生存するためにすら競争をよしとするなら、たぶん今、目の前にある豊かな物質も、ぼくらがますます光のない世界へ流されゆく阿片の役割しか持たないのかもしれない。

 以上は、次の戒めを棚に上げて置いてからのものですって(自爆テロップ)。

 「自分の環境が劣悪なのを憤ったり、周囲の状況があまりに良すぎると感じたりするのは、彼自身の内的な環境の劣等性を外の環境に投影しているからである」
 「単純で月並みな仕事だけが何かをもたらす、大言壮語ではない」

 アダムの仇、おわり。
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by past_light | 2005-01-17 20:22 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(2)
受け身の漁
 以前ニュースの特集で、海と潟を壁で隔ててしまったあの場所、 諫早のその後を、80歳のおじいさんの元気な姿とともに伝えていた。

 今はもうほとんどなくなったそうなのですが、明治時代からあったという、海の浅瀬に石ころで築いた塀があり、潮の満ちひきによって干上がったその場所に、まあ少々のんびりしたというか、おまぬけというか、そういう魚君たちが沖へ帰れなくなって、塀の内側の浅瀬に取り残されてしまう。そういう魚をその日の食卓に運ぶのだそうである。

 言わば「受け身の漁」なのだが、それでもその方法で昔は沢山の魚が捕れ、その町のある人の先祖では数千万円にもなったというボラの大群でひと財産築いたこともあったらしい。その財産もいろいろと役に立つことに使ったらしいのですが。
 当時建てた「ボラ屋敷か、ボラ倉」と言われたその方の家も「今ではボロ倉ですよ」と、なかなかの諦観の念、センス溢れるおじいさんのコメントがよかった。

 しかし潟に注いでくる海の水がなくなる、あの海を遮断する壁を作ったことで、めっきり魚が減ったということだ。
 しかも近くの魚の産卵場になっていた場所が影響を受けたようで、それも大きな原因という話。
 今では一家の食卓にさえ足りない漁の日も多いという。

 大量の消費、それをまた超えるような大量生産との時代では、その「受け身の漁」などは、いわば石器時代の遺物のように感じられるかもしれない。

 しかし、そのおじいさんの声高に誰かを非難するのでもない淡々とした話と日々の生活に、できるだけ自然も人も傷つけず、ゆっくり暮らす幸せとか、余裕とか、目に見えないなにか大事なものを観たような感じもした。

 勇ましい漁もいいが、こんな受け身の漁というかたちのなかに、この時代に忘れ、喪失してしまった大事なメッセージが隠れているような気がしたものだ。
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by past_light | 2005-01-16 01:59 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(0)
動機のない行為
 南インドに存在した賢者として有名な人にラマナ・マハリシという人がいる。
 「私は誰か」という問いを教えた人だ。
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 「私は、この身体なのか・・誰それという名前なのか・・身分なのか・・考えているモノなのか・・心といっているものが私なのか・・」 
 そう問いかけていくと、人は、つねに形あるものに依存した「自分・私」という観念を剥ぎ取らざるをえなくなっていく。そんな公案のような感じの言葉、教えである。

 ずいぶん昔の人だと思いがちだが、1950年に亡くなっているのでそれほど昔の人ではない。
 その言行などを編集した書物の中には、ユングが序文を書いたものまであるぐらいだから西洋でも読者は意外に多かったのだろう。

 その一冊の本の中に、西洋から訪問した客の質問に応じた話がある。
 それは常識的には不思議に思え、最初に読んだ時から心に留まって忘れられないぼくにとっては「謎」でもあった話がある。

 それは訪問者の「意図(動機)なき行為とは、どのようなものでしょうか?」という質問に始まる記録である。

 ラマナ・マハリシは、その質問にその場で言葉で答えることはなく、暫くすると丘に向かって散歩を始めた。
 質問した訪問者も幾人かの列に混じって同行する。

 ・・散歩の途中、道の上に落ちていた、とげだらけの棒切れを拾ったラマナ・マハリシは、その場に座るとゆっくりとそれに手を加え始めた。
 その棒のとげはきれいに取られ、節はなめらかにされ、ゆうに数時間もかけられた素晴らしいなめらかな棒のできばえに全員が驚いていた。

 一行がふたたび歩いていると、一人の羊飼いの少年が道にいた。
 彼は自分の棒を失い、途方に暮れていたのだ。ラマナ・マハリシは彼の手にあった新しい棒をあっという間に少年に手渡し、通り過ぎた。

 質問した訪問者は、「これが実は自分の質問に対する返答なのだ」と言った。・・という話である。


 意図・動機によらない行為。それは一般的に信じがたいようにも聞こえるだろう。
 「あそこへ行こう、それが欲しい、あれを買おう。必要だ、彼に会おう。これは当然必要だから手に入れよう。どちらにするか迷う、こうすればいいだろうか・・」等々、
 まあ普段それが「動機」「意図」などと、いちいち気づいていなくても、「考え」が先にあって、欲望への行動が起る。というのはごく当り前のような感じではある。
 「衝動的にならないで、よく考えて行動する」というケースが成り立つ場合もあるので、すべてをひっくるめても肯否定の話をしているわけではない。衝動的に行動するほうがいい。というような短絡的な話じゃもちろんない。
 しかし、このラマナ・マハリシの行動の話を読んでいると、全く違った生き方も存在するということはわかるような気がする。


 それで読み手の後日談だが、ある日この話を少し実感として腑に落ちる気がしたことがある。

 夕方、自転車で急いである場所に向かっていたぼくは、その途中、狭い角にある横断歩道で、信号が青になったというのに、大きなトラックが横断歩道を塞いで、仕方なくその車をぐるりと迂回して渡らなくてはならなかった。それは急いでいる車がよくやることでもある。
 横断歩道の向い側から渡ろうとしていた歩行者も、建物とトラックの隙間からどんどん渡ってくるので、こちらは通れるようになるまで待たなくてはならない。
 やっと通れるようになって建物とトラックの隙き間をすり抜けた時、白い杖を持った男性が見えた。
 彼は不審に思いつつも、皆が渡ったような気配と信号も青であるはずだと思っただろう、横断歩道を渡り始めようとしていた。しかし彼の進もうとする正面にはトラックの車体がすぐにぶつかりそうな距離にある。ぼくは、急いで自転車を止め彼に近づき、しばらく待つように言い彼の腕をとった。
 すると気づいたトラックの運転手は車を後戻りさせ歩道を開けてくれた。
 ぼくは彼の腕をとったまま横断歩道を向う側まで渡り「気をつけて」とひとこと言った。彼は「ありがとうございます」とにこやかにお礼をいった。
 歩道を戻るぼくに、トラックの運転席から笑顔で「すみませんでした」と頭を下げる顔が見えた。
 トラックの運ちゃんに対してのぼくの「ムカツキ」はもうなかった。

 その後気づいたのだが、そんな時、人は別に「考えて行動している」という感じがしないことだ。しかも非常に楽である。また合理的に省エネな動き方をしている。
 楽、省エネなどというと変に聞こえるかもしれないが、例えば電車で席を譲るという場面、迷い、色々考えてしまうというときがある。
 「立って譲るべきだろう・・恥ずかしいけど・・でも断られたら嫌だな、みんなの視線が来るな・・」とでも記述すればできるような。まあ愚図愚図していると、いろいろ頭に浮かぶということだけはわかるだろう。
 迷う、考えるというのは、やや時間的有余があり、選択できるということでもある。緊急性はないので起きやすいとも言えるかも知れない。

 前もってマニュアルとして、お年寄りを見たらすぐに譲ってしまう、またむりしても電車では立ったままにする。ということも考えたりもできる。
 でも、それはどこか違うという感じもする。
 マニュアルに則したような行為は、どこか自然さを失し危険でもないだろうか。霊長類としての自発性、自由意志の放棄(大袈裟か)、単なる与えられた形にはまるものだ。
 
 人がなにげに生きていて、「ふっ」とその場で出てくる動きがあり、場面、場面でもっとも適切な行為だったりする場合がある。
 それはある意味では、心身のバランスが良好で健康、無邪気である、そんな状態が先にあってのものでもあるかもしれないが。しかし仮に病んでいても晴れ間はある。

 そんなことも感じる出来事だった。

 実は、こういうことに関心があるのも、要はぼくにとって、もっとも楽な、抵抗のない生き方というものの模索から出て来たヘリクツ話であるのだろうが。

 それで、ラマナ・マハリシの「意図なき行為」を持ち出すのは大袈裟かもしれないが、まあどこか通じているような、謎のように見える話だったものが、ある時ものすごくシンプルなことなのかもしれないという感触を持ったという話なのです。
(2000.1のノートを修正加筆)
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by past_light | 2005-01-14 21:17 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(4)
今日の幸せ
 まだまだ子猫と言うべき猫。このネコは三人兄弟で公園に捨てられていた。

 ここのネコたちは、街で見かけるぼろぼろの姿でさまようネコたちと比較すれば幸運で幸せな方とはいえ、冬の夜の寒さは厳しい。

 「捨てるなよ」

 小学生のまだ低学年と思う女の子がチビキジを可愛がっていた。
デジカメ持って、ちょうどこのネコたち目当てに寄り道したぼくは、常備している(笑)ドライフードを女の子に渡して「あげてごらん」と声をかけた。

 昨今は他人様の子供たちに無闇に声もかけづらい世の中だ。
 フツーに話しかければいいのだが、ちよっと街でお巡りさんに出くわすみたいに変に気にしながらになることもある。
 それでもどうしてもこの公園に来ると、ネコたちの前でお話しする機会が出てくる。
 意外に警戒する子供が少ないのが、うれしい反面、心配になることもある。
 でも、ネコを可愛がっている子供に嫌な子供はいないのだ。
 いるのは、、「さわっちやダメ」ッて言って、子供を急かす親はけっこう嫌かも。

 この可愛い女の子もとても素直な感じで、はにかみやさんだった。
「いいんですか」とドライフードを受け取ってチビキジにあげたのだけど。
 おやおやひと粒ふた粒・・地面に置いている。(笑)
「もっとたくさんあげていいよ」と言うと、うれしそうにしていた。

 「世の中やさしくなあれ」「ぼくも」

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 今日の空。
 まるで太陽から煙りが出ているような雲だった。

 「地震雲じゃないよ」

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by past_light | 2005-01-13 22:04 | ■コラム-Past Light | Trackback | Comments(0)
勝ち組、負け組・・2000.1から
 ニュースを観ていて、キャスターの力量と見識、それよりも増して、人間的な深さみたいなものが、すごく番組全体に影響するという感じがする。
 番組の進行には有能な能力を発揮しても、立ち止まる深さに欠けるような人も多いようだ。

 たとえばさかのぼっての2000年1月のあるニュース番組のことだ。
 これからの日本の経済、ひいてはサラリーマン社会の生き残りみたいな話がされていた。
 そしてその条件、リストラ時代の日本・・これからますますアメリカ的に移行していくだろう社会、会社のシステムの話。
 そんな「勝ち組と負け組」というキーワードが連発される特集を観ていて、なにか踏み込みの浅さのような感じが露呈している気がしたものだ。
 今にして思えば、それは流行語みたいなものだった。今でも幅を利かせているようだけれども。
 しかしその時思った。なんでもなんとか専門家ならあなたは未来予報士みたいなものなのかと・・。バカにしないでよ♪。

 ゲストのコメンテーターも含めて、そういう世の中の動向に無力な解説の言葉しか聴こえてこない。
 「そんな社会を肯定するというわけでは無いが、否定しきれない」ということは一見、当り前のようだ。
 が、実力本位、アメリカのような勝ち負けの「アメリカンドリーム」の神話を美化し、また過大に経済的な上下をつくるのは、その貧富の差から生まれる危険な人間関係図、精神的な対立、それは社会全体の健康にとって、けっこう危険で軽視できないような感じがしたものだ。

 日本に以前、中流意識などという言葉があり、現在もまだそういう真ん中の経済状態の人が多い感じらしい ( 2005年の今はさらにだいぶ状況も違うだろう。アメリカなどでは中流・・と思われた位置の人々に、食事配給の列に並ぶ人が増えているという話がニュースにあった。今、日本も同じ方向へ動いていないだろうか ) 。

 その番組の話では、アメリカなどはピラミッド形というか、勝ち組の一、二割が非常なお金持ち、残りのなかの四割ぐらいは数字にすると年収で200万以下ぐらいの、ちょっと苦しい生活の人が多いという。
 つまりそのお金持ちというのは、以前読んだ中村哲さんの言葉にある「彼らは日本の小金持ちが吃驚するぐらいの財産を持っています」というアメリカ人がいるわけですね。風邪薬をもらいに飛行機で出かけるような。


 個人の能力、スキルというのは、その様々な職業的カテゴリーのなかでは価値を発揮して、個人を勝ち組に導くものだろう。でも、他の分野では負けることもあるというのがあたりまえの真実の姿なのだが、ややもすると自分の世界で勝つことが、すべてに勝っているようなイリュージョンに落ち入りやすいかもしれない。
 現代の社会の表面上、適応した能力のあるものだけが当然のごとく良い暮しをし、豊かな物質的生活を持つのが当り前だという価値観。
 そんな社会の常識のようなものが永遠に続くと思うだろうか。それに、それは健康的な社会、世界なのかはかなり疑問だ。
 まあ、死は誰にも平等に訪れるのではあるが・・。

 会社では有能でも、家事、料理は家庭のベテラン主婦に適わないだろう。
 一人の子供の屈託ない笑顔の与えるその場の空気と、数億のお金を動かし利益をあげる男と(例えばの話だ)、誰も、それを「能力」として同列に比較を試みるなんて馬鹿なことは考えないだろうが。
 しかし、いや気持ちの中でなんとなく思っていないだろうか、そこに優劣、価値を勝手に与えていないのか。そんなことを自らの心に問いかけたことがあるだろうか。

 じゃあ、どんな社会ならいいというの? と聞かれても、もちろん明確に答えるわけにはいかない。なぜなら誰も、人の野心・野望や、アメリカンドリームを否定したり干渉はできないからだ。ただ、競争万歳、弱肉強食OK、そういう無慈悲な世界がぼくら人間の奥底からの本心なのか、胸に手を当てて考えてみたくないか。・・ないならいいが。

 番組の中では「勝ち組だから、幸せということではなく、負け組とは言っても、それは経済的な基準であって、幸せという基準ではない。個人の幸せ観は別物である・・」という、誰を慰めるのか、というようなコメントもあった。
 が、人は「勝ち負け」という言葉から・・「負けたくない」とパブロフの条件付けのように反応しやすいのは多くの人の現実かもしれない。
 そんな人の沢山が住む社会が、住みやすく、くつろげる世界かどうか想像力を働かせてみるのも悪くないのだが。

 「勝ち組、負け組」、そんなキーワードに時代も流され続けて幾年月。
(2000.1のノートを修正加筆)
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by past_light | 2005-01-12 22:13 | ■コラム-Past Light | Trackback(1) | Comments(0)
素朴な反応(2003.3)
 □明治18年に書かれた中江兆民という人の『三酔人経綸問答』という本に戦争の起こる原因という問答があるそうです。 「戦端を開くのは互いに戦争が好きだからではない」「互いに戦いを怖れるがゆえに、兵力を増強し、日に日にノイローゼになるから」で「そのノイローゼを盛んにあおるのがマスコミだ」という話。

 安全保障、朝鮮半島の危機、武力で対していくことでエスカレートしていくという場合。現実的にはミサイルなどが飛んでしまえば、ほぼアウトです。それでそれ以前の対策が大事なんですけれど、いまのように国際社会が分裂してエスカレートすると、アメリカとヨーロッパ、アジア、中東・・と、朝鮮半島の危機に国際的に対応していくのにも困難が出て来るでしょう。ともあれ軍事的な緊張の拡大は、実際は相互作用の場合が多いと思います。

  「国益」という言葉が昨今よく使われているのですが、どうもその正体が良く見えてきません。
 また「国民の利益」と簡単に括れないのは、実はアメリカなどでも同じでしょう。たとえばイラクと戦争をすることで、航空業界は壊滅的な経済破綻の怖れも言われています。
 アメリカ国民も実際は意見も予測も一枚岩ではないでしょう。 またこれからも時代は移り行きます。
 ブッシュ政権が、仮に今、反戦表明しているような議員で構成される政権に変化した場合、国益として言われる日本政府の今の態度表明も、未来のアメリカや、また他国にも「不信」にとって変わるかもしれません。
 むしろ責任は、ひとりひとりが実感しなくてはならないのが民主主義でしょう?。
 「国益」というと、各国が自分の国益とするものを主張してよいよ、ということでは、どの国にも権利があるということになるわけです。 ちょうど、個人と個人が利益を得るために相対して葛藤するように、同じく国と国も対立や戦いが避けられないのではないでしょうか。

 ぼくには現実的とされる「国益」論というのが、かえって今後も永劫に渡って人類が葛藤を避けられなくされる非現実的な言葉に聞こえてならない。
 むしろ「人間」を主軸にとらえて、「人類」の生存、すべての人の基本的な生活環境の苦難と緊張を解決していくことを優先するのが「平和」の基礎には欠かせない現実的なことに感じる。
  もし、飢餓も貧困も抑圧もなく、日々の生活に安心感がある・・というモデルケースの国が登場すれば、それは他の国にも希望になるでしょう。 もちろん、法外な欲望や他者を搾取したいという人間の精神の変容も同時に必要ですが、生存への競争、緊張が激減すると、他者と共存しようという精神の余裕も、いま想像するよりも大きくなるように思えます。 戦争に費やす多額のエネルギーが、「人間」に方向を変えることができれば。

  「素朴な反応」という言葉を、ある政治家は7割以上の反戦票やデモをする人に対しての感想としてテレビで使っていました。 ぼくは「素朴」さを忘れた時の人間の状態も一方では存在すると思っています。
 「素朴」には、白紙で感じる力、先入観、偏見に曇らされず、また少なくともその原始的な習性を無意識に見過ごさない、やりすごさないという注意力が要求されることでしょう。 また「洗脳」というものも、すべてのイデオロギー、固定観念、先入観、偏見、などを含めて自らの精神に関わることです。そういう意味では、それらは自分を除外して「用心しろ」とは言えないものです。

  □先日、どこかで読んだ話。『社長と飲んで戦争の話になり、社長に「正義が世界を支配しているのではなく、力のある者が世界を支配する 」と言われた。(社長は、だから社員は社長の要求には自分が理不尽だと思っても応えるべきだ、と言いたかったようです)、そして「自らの理想を達成するためには、力を手に入れることが不可欠である」と思った。』

  政治家も軍人になる人も「国民の幸福」「平和」という概念を当初の純粋な動機、情熱として、その職業に就くという人がほとんどなのだろうと想像しますし、感じることもあります。 けして、戦争を好んでいるとは思えないし、暴力を使いたいとも思っていない。平和であるべきだと思っている。
 ところが、思っていることと現実の行為が一致しないという事態が常套のこととなり気づかれないでいる場面。
 ときに国が独裁化していく軍事クーデターなども「国民のため」「平和にするため」「人心の荒廃を正すため」・・などなど、それは崇高な観念、動機のように感じられ、信念から、そして疑いのない行為へと・・。 陰謀、攻撃、破壊、抑圧、人間を管理しコントロールするための武器、威力として権力を機能させるケース。
 「人間」より、大事で崇高と思われる「観念」が彼を支配するかもしれない。 「平和のため」に、実際上は「戦争」「弾圧」「支配」諸々の手段が正当化できるような気がしてくる。 力を行使するのは自分たちに与えられた責任だとさえ感じられる。「権力」は魅力的なフォースになります。
 それは政治で言えば、体制側にも反体制側にも、等しく同じくなのですが。
 事実は、人間の精神が「観念」に深く捕えられると、ときに人間は途方もない残酷な場面も演じうる。

 それはそうと、偏見や先入観、思い込み、それからそれを軸として発展する理屈づけ、はたまた攻撃性などは、よく見られるものです。その手の掲示板などを覗くとうんざりするほど応酬のやりとりがあります。
 プロパガンダ的にも聞こえがちな意見の交換は 「やりとり」ではあるのですが、自分の意見をただ強引に話しては、いっぽう相手を罵倒する、馬鹿呼ばわりするというパターンで、よく見れば、ほんとうには「やりとり」にはなっていない。 現実上は、思考の上で分裂した精神がすでに戦争状態なわけです。
 まあ、誰しも他人事で話せる話ではないですが、他人事にしてしまうんですね、よく人は。(2003.3)
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by past_light | 2005-01-11 18:58 | ■9.11以後に書いたもの | Trackback | Comments(2)
戦場のピアニスト
 どちらかというとあまりポランスキーという監督は関心のない人で、時々賞も取るし、長く作り続けている人だし、それなりの評価のある人なのだが、ぼくはたまたまの機会で三、四本しか観ていない人だ。

 印象としては原作のあるものが多いのか、その中の記憶のある作品としては、テス(1979) ローズマリーの赤ちゃん(1968) チャイナタウン(1974) ぐらい。
 「チャイナタウン」は、どうもどうしてそんなに評価されたのかよくわからなかった感想しかなかったので、その物語の記憶がない。「ローズマリーの赤ちゃん」と「テス」は満足感のある作品で、これはよく覚えている。
 ふりかえれば、ニ本ともじわじわと恐怖が育って行く物語の作品だ。
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 「戦場のピアニスト」は原作と制作者に残る恐怖の体験を原点としての物語だから、おすぎがCMで熱っぽく賞賛していた記憶から想像していたが、ナチスによるユダヤ人の迫害という時代の映画は今まで何本も観ているので、そういう点からもうどうこう言っても始まらないと感じていた。

 ただただナチスドイツ時代の話は、人間がかくも残酷冷酷無感覚になるのかと、いつも胸騒ぎのどきどきをしつつ観てしまうこと自体はもう避けられない。直接経験なく知らないはずなのにデジャヴュ−体験のようにそれは人の心の恐怖をたどる体験でもある。

 しかし現実には現在もニュースで垣間見るだけとはいえパレスチナやイラクやアフガンや、もうたぶん知らないところで同じ冷酷さを見せているだろう人間の、ある時ある場所で無感覚に残酷に暴力をふるう生きものの時間が進行していて、それもやはり連想し、そこ知れない不可思議さと恐ろしさを言葉も出ずに眼を見張り、ひそめして、胸に重たい固まりを飲み込まされるような気分で観終るのが常だ。


 娯楽として聴くという立場なら、音楽とはまことに余裕のある時にその調べに酔うことのできるものだ。失恋した時に聴いて慰められるなどというのはナルシズムに浸る娯楽という方が正直なことだろう。生き残るために隠れ彷徨う時には、それは死と生とに対価するほど特別なものだ。だから戦場で主人公の弾くピアノの調べに、ぼくらはあんなにも胸をしめつけられるのだ。

 この映画の主人公は、数奇な幸運の数々で生き残ったのだが、ついに死の収容所へ向かう列車に乗せられる寸前、逃れられなかった家族を捨て、ひとり生き続けることになる。その苦悩をひきづり生き残った意味を考えるということなどなかっただろう。生き残ったからにはどこまでかわからなくても生き続けなくてはならない。
 意志に関わらず「死」に追いかけられる時、人は自ら死を選んだりしないだろう。

死は視線の先に、足下にいつもあり、物のように無感情に断ち切られて行く命の光 景をただ観ているしかない。まったくもって神の存在を否定しなくては信じがたい日常だ。 そしてなぜか彼は生き残る。彼は幸運で死んで行った人は不運だったのか。しかし生き残ることは死んで行った人たちの存在を記憶し続ける時間でもある。

 理不尽な殺戮は今もあり続けている。
 「ひとり殺せば殺人者だが、千人殺せば英雄 だ」といった「殺人狂時代」はあいも変わらないで現在形だ。
 人間の自我の中には二つの動機が存在するのだろう。愛おしみ育むものとそして暴力。 恋人や家族、わが子を愛することもできれば、自分と違うからという理由で憎み排 除したがり破壊することもできる無意識的なエネルギーに支配された、顔を変貌させ 続ける欲望する自我の。まことにくり返さないためには誰かを責め続けるばかりでは無責任だろう。自分とい う中に埋もれたバイブルから読み解かなくてはならないものがある。
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by past_light | 2005-01-09 20:14 | ■主に映画の話題 | Trackback(1) | Comments(9)