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愛の懲りない面々

 若い時というのは、それだけで価値がアルと思うのは、思う頃になってからのハナシだ(笑)。
 影響と感化の洪水に浸りたまえ。刺激の風をマトモに受けよ。さあ、手こぎ舟で闇の真っ直中へ進むんだ。

 このふたつの映画感想は、二十代に「キネマ旬報」に投稿して掲載されたものだ。2回送って2回とも掲載されたんだ。それでコツがあるのだと気づいた。多少文章は矛盾錯綜しててもいい。独自の視点と、決めつけることだ。とんがってて、いい。

■ 愛のコリーダ 大島渚

 この映画の藤竜也演ずるキチは、サダに限りなくやさしく献身的である。そして、裏返したようにサダは極度な独占欲に支配された女である。それを女の性と見るよりはむしろ、男の性質の方に近いとは言えないだろうか。さらに、この映画を男女の逆転劇と見ることは乱暴だろうか。

 キチとサダに限らず、男と女に対する定義というものは、双方の機能別、傾向別などの発想からなる先入意識の産物にほかならないはずである。故にそれを一度捨て去ってみることによって、覆い隠された深淵を照らし出すことも可能ではないだろうか。

 飯田善国氏の「両義性としてのデュシャン」の文で「女は最小のペニス(クリトリス)を持つことにより、『最小限の男性』と考えることができ、男は最大限のクリトリス(ペニス)をもつことにより『最大限の女性』としても考察することができる。したがって交接は、最小限の男性と最大限の女性との交わりであるというパラドックスが成り立つのである。・・」とある。

 この映画のほぼ大半を占める性交の描写はあたかも、キチが実は女であり、サダが男であるという逆説を生むためのものに見えてくるのだが、どうだろうか。 そしてこの映画は、その逆説の女であるキチのサダへの献身と、そのキチを支配し、喰い殺してしまった逆説の男サダのラブストーリーとして、生々しく描いている。
 快楽のためにはキチの首を絞めるのも平気なサダに較べれば、その快楽のテクニックをサダに独占させるキチのやさしさは、出征兵の列と逆方向に歩く虫も殺さぬ姿に重なるのである。それを理解しないのは非情だ。

 そして、サダの快楽のテクニックは、永遠のエクスタシー願望によるクリトリス(ペニス)の苛立ちによって、あの結末を生むのである。 そのオドロシサに怯えず、女性観客を客席に多数見ることが出来るのは、大島渚のテーマとするものが、テレパシーみたいに伝わって来るからであろう。(1977.10下旬号掲載)


■ 自由の幻想 ルイス・ブニュエル
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 ブニュエルはシュールレアリスムの彼方を目論む映像作家だ。
 「私にとって、それはこの世で最も美しい青春の夢のあらわれ」と、シュールレアリスムを形容したマルセル・デュシャンはブニュエルのこの成長を予想できたただろうか。

 過去シュールレアリスムは、最も過激な芸術運動であった、と前置きして「・・今日では社会そのものが過激になり、芸術の解説に暴力を使うのは、あまり効果のないことになった」と語る今日のブニュエルの作品は、貴品さえある穏やかさだが、そこに着実にシュールレアリスムの彼方への作業を続ける体現者の姿がありはしないか。

 諷刺とも見えるいくつかのエピソードも、単なるブラックユーモアのカテゴリーを超えてリアリティを持つのは、画家フランシス・ベーコンの絵に登場する不気味な顔を持った人物に見られる、人間の自我の崩壊の予感としての、一瞬かいま見る不安で醜悪なアンフォルムの顔がもはや現実となった時、その顔につけられる無表情でシリアスな、しかも不思議にオプティミカルな仮面での生活が始まっており、その楽天家たちが様々に街ですれちがう時の摩擦音によって生まれた、そのエピソードの明細がこの映画の素材と言える。

 また、シュールレアリスムの典型的な手法による不可思議な出来事は、その楽天家の仮面の内側で起こる原始の瞬きによって隆起したあわれな現実なのだ。
 このブニュエルの開放されたイマジネーションの産物は、エピソードからエピソードへの奔放な転換と相俟って不思議な調和を生み出す。 冒頭と最後に叫ばれる「自由よくたばれ!」の言葉は仮面の生活により維持される日常の瓶詰めの繰返しの自由に安住する人間の怠惰を、ブニュエルはきわめてアイロニーカルに警告しているのだろう。

 しかし、それでいてなんと 楽しい映画だろうか、一体ブニュエルは老人になれるのだろうか。
(1978.1下旬号掲載)
(ブニュエルは、無事に亡くなりました)
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by past_light | 2004-11-30 21:35 | ■主に映画の話題 | Trackback(1) | Comments(0)

ラジオの時間

 ラジオドラマ製作の、スタジオ内で繰り広げられる登場人物のキャラクターたちの魅力を生かして、徹底しておバカで、しかも奔放な話のつくりと過剰な程のサービス精神が楽しい映画。
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 三谷監督の、ドラマ手法の成熟を感じさせながらも、自由な発想が無邪気に受け入れられる頭の柔らかさ。それが、どんな人の中にもある可笑しさ、些細に見えるような部分の、エキセントリックなパーソナリティを見逃さない。

 そんなどこにでもいる人たちの関係の中に、鋭くドラマを視て、そして日常からこぼれ落ちそうな非日常な話をつくる観察眼、想像力には感心する。

しかも、どんな人にも暖かい視線が向けられているのがはっきりと伝わってくる。
  一面的に善人、悪人を作り、観客の感情--憎しみや好き嫌いを掻き立て--それを利用し観客をドラマに入り込ませようとする傲慢な脚本、演出が多い中にあって、「ラジオの時間」は、とても気持ちのよいドラマになっている。

 映画の隅々にまである、三谷観察眼によるユーモアとマニアな映画的演出も見逃せないので、けっこう隙がありそうでないところなどは、映画としてテレビドラマとは一線を期しているのかもしれない。

 ラストも近くになると、くつろぎついでにゴーサインが出たようなエピソードやエンディング、布施 明の歌も楽しい。
 どの出演者も楽しんでいるのが観ている方にもそのまま伝わって、それが成功するというのはたいへん幸福なことだなあと思う。
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by past_light | 2004-11-28 18:10 | ■主に映画の話題 | Trackback(1) | Comments(4)

アキ・カウリスマキの「浮き雲」・・深甚なるユーモア

●「浮き雲」

 「マッチ工場の少女」という、なんとなく不幸続きな登場人物が予想される映画が以前あったのは覚えていた。
 最初に観たカウリスマキの映画。はっきりアメリカ映画とは異質な空気、街の情景や人の表情も興味深い。


 「浮き雲」は、なんだか無骨な空気なのに不思議にゆるい。
 観客だから言えるが不幸を描いているようで楽しんでいるよう。どのみち人生はドラマだ、すべての人の頭上には、日が沈み日が昇る。

  共稼ぎの夫婦が同時に職を失う。そこではソニーのカラーテレビはけっこう高価なものだ。
 しかしまたものローンで買ったばかりでの思わぬ互いの失業。
 不況だからなかなかその後は大変だ。

 夫は妙なプライドで偏屈さも持ち合わせているから、日々夫婦喧嘩がおきそうに想像するが・・ちっとも起きない。
 ふたりは不思議に静かな糸で結ばれている。

 映画は、どんどん二人を奈落へと落していきそうな気配・・。
 監督よ、いいかげんにしてあげて・・と言いたくなりそうな真際に、ふたりに浮き雲の空を見せてあげる。

 公開当時より、昨今の日本はさらに感情移入できるだろう話だ。とても他人事に思えない人の多いところの物語だろう。
 しかしふたりに笑顔もないが、とにかく黙って生きていくような姿はじわじわとすごい。

  生前の淀川長治さんの、この映画の褒め言葉の一部。
「つまり映画の精神というのは、抱いている犬が喜んで喜んでいる、生活も苦しいけど犬を捨てない、そういう小さな話でもいいんです。何のセリフもなしにそれを見せるところが、この監督の上手さだ。味がある。小品として最高の映画だ。」

  ほんとうに、この映画での飼い犬のしっぽのふりかた、すごい演技です。
  いや、演技じゃないかな。 ■(1996年・フィンランド)
         ・・・・・・・・・

●「アキ・カウリスマキの深甚なるユーモア」

 つづいて、以前の映画も連続して録画していた計4本を見終わった。
  観たのは「マッチ工場の少女(1990年)」「パラダイスの夕暮れ(1986年) 」「コントラクト・キラー(1990年) 」「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ(1989年)」の4本。

 その、話といえば、「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」を除いて、みな「浮き雲」と同じく、主人公はどうにも不幸。
 どうにも、というのは、そもそも生まれ持ったキャラが不幸のような気もするせいなのだが。
 そのもっとも典型が「マッチ工場の少女」。と言っても、大袈裟に嘆かない彼らの日常の表情が、なんだかせつないほど淡々としているのは、そんな人物たちを登場させる監督の温度のある視線のせいなのかもしれない。

 仕事に情熱を持つわけでもなく、おおきな夢を将来に描くわけでもなく、日々、寡黙に、あるいは人生にただただ翻弄されながら・・、奇妙な運命に出逢っていくさまが、ときにはらはらさせるようなサスペンス仕掛けなのに、なんだか今まで味わったことのないユーモアが流れている・・。

 日々の空気が無骨でゆるい。いじめられそうな匂いをぷんぷんさせて、あれまあかれらは、いつも出口のない方へと本能的に歩いていくようなかなしい愚かさ。
 そんな救いようのない主人公たちのようでいて、だけど、ぜったい憎めるわけはない彼ら。いつのまにかぼくらの視線も、カメラの向こうの監督と同じ温度を持っているではないか。

 淀川さんが「浮き雲」の感想に「小津やキャプラのような映画感覚です。」 「チャップリン、バスター・キートンのユーモアも入っています。」と話していたのが、この4本を観ていてすっかり納得のいく感じがした。

  「コンタクト・キラー」には、トリュフォーの分身だったジャン・ピエール・レオーが思いっきりカウリスマキ映画顔で出ずっぱり。
 ときにカメラの使い方が、確信犯的にヒッチコック・タッチなところが感じられる。なんとなく「ピアニストを撃て」のフランソワ・トリュフォーを思いだした。

 そういうわけで物語以外にも、映画通とかその筋の人は「にやにや」・・とできます。
 レオーもいつのまにか老けちゃったなぁ、しかしこの顔カウリスマキ映画によく馴染んでいるなぁ、な~んて思いながら観ていると、そのうちに話の進み具合に膝を打って感心しますよ。

 ■「わたしが「浮き雲」を作ろうとしていたとき、フィンランドでは失業率が22%にも達し、友人たちも破産の憂き目にあっていました。それほどたくさんの人たちが仕事を失い、 国中が絶望に覆われている状況のなかで、わたしはこの問題を見つめる映画を作りたいと思ったのです。結末については、ハッピーエンドにするしかありませんでした。 これはわたしが作った唯一のソーシャル・セラピー的な映画です。ただ本当は結末をもっと非情なものにしたいと思っていたので、納得がいかないという気持ちもありますが…」

 というのは、監督のインタビューからの抜粋。これは「浮き雲」の制作動機なんかがよくわかる内容だ。 そういう意味では「マッチ工場の少女」は、悲劇的、非情な終りかたといえるだろうか。

 そして「コンタクト・キラー」も同じく、主人公がリストラされてからの運命、哀しくおかしなサスペンスの話だが、これはものすごい絶妙なバランスでハッピーエンドでおわる。それがぼくにはじつに楽しかった。

 ■「わたしはこれまで、文学や心理的なドラマからロケンロールまでいろいろな映画を作ってきました。そこに登場する人物たちは、わたしの若い頃の記憶がもとになっています。建築作業員や皿洗いなど、 いろんな仕事をしたときの体験をもとに、人物を作りあげているということです。しかし二十年間も映画の世界にいたおかげで、ストリートは遠いものになり、人々を観察することができなくなりました。 いまでは外から吸収したもので物語を作るのではなく、何もないところから作りあげているという気がします。一般的にいえば、次回作は、ガンアクションやSFを撮るのがノーマルなのかもしれませんが、幸運にもわたしはノーマルではありません。 だからこれからも人間の本質を見つめる映画を作っていきたいと思います」

  彼の映画を観ていると、人間はギリギリのところでこそ、ユーモアのちからを体得できるんじゃないか・・なんて思ったり、そんなことを考えてみたくなる。

 「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」は、登場人物たちを乗せた飛行機が地上に降りて街並が見えてもぼくは疑っていた。カウリスマキがアメリカロケ??!て感じでしたが、それはもう呆気にとられるスラップスティックな設定で、不条理なギャグに満ちている。お笑いロック音楽と、こんな独特なロードムービー・コメディの登場に、公開当時はきっと驚いたんでしょうね。ぼくは初めて知りました。しかも、実在するバンドと知って、二度驚いた。
 これには「レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う」という続編もある。


・カウリスマキ「生活者への連帯感」
★リンク--カウリスマキ特集・ヘルシンキから「滅びゆくもの」への連帯感
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by past_light | 2004-11-27 17:53 | ■主に映画の話題 | Trackback(3) | Comments(4)

だいじょうぶマイフレンド

梅雨のあいまの紫陽花の咲くころ。

久しぶりに晴れた午後。
しかしぼくの心模様は晴れ間だとはいいがたい、そういう午後だ。
自転車でちょっとはなれた公園まで行った帰りのこと。
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せまい川ぞいの通路で、前をいく老女の足どりが見えた。
ぼくは自転車を降りて、彼女がつぎの橋のあるところに行きつくまで、追いつくのを遠慮しようと思った。

しかし、老女の足どりはおそく、ときどき立ち止まり川を眺めたりしている。
ぼくは思い直して、間を抜けられるだろうと思うすこし広い道幅にたどりついたら追いこさせてもらおうと思った。

後ろからそろりそろりと近づいたつもりだった。
老女の先を行く老人がいることに気づいたのはそのときだ。

「ほらほら」
と、こまった顔で老女を急かした。
老女は驚いたようによろけながら後ろをふりかえり、
ぼくが通るための隙き間をあけてくれた。

老女はすぐに痴呆の症状がある人なのだとわかった。
隣をすり抜けるように追いこす時にぼくは「すみません」と言った。
その時ぼくの腕を老女は捕った。

「あげる」

老女はうすむらさきの紫陽花を側からちぎってぼくの前に差し出した。
一瞬、ぼくは前にいる老人を見た。
老人は苦笑いをして、やっぱりこまったように老女をやさしく見つめていた。

「あ、ありがとうございます」
ぼくは受けとった。
そのときはじめて老女の眼をまっすぐに見た。

ぼくはハッとした。
老女とは思えないうつくしく少女のような、そして官能的な瞳があった。
この世ではない、どこかからかみつめられているような。

老女は「よしよし、だいじょうぶ」とでもいうかのように、
そんなふうにぼくの腕を軽く叩いた。
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by past_light | 2004-11-23 03:01 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(2)

遠い過去を語る・・クリクリのいた夏

 第一次大戦後のフランス、戦場の地獄を目の当たりにし、心に深く刻んだだろう男が、ある田舎の沼の側にある小屋を引き継ぐ。
 小屋の持ち主だった老人と出逢った日が、その彼を看取る日でもあった。

  原題は「沼地の子供たち」で、日本でつけられたタイトルは、あきらかに商業的な成功を願ったものだが、これは許される範囲のものだ。いい映画を多くの人に観てもらいたい、という気持ちが読み取れないわけではない。

 まだ幼い少女だった頃のクリクリの記憶として、身近に暮らしていた大人たちの、まずしいとはいえ、このうえなくのどかだった日々のエピソードが語られる。 

  登場する人には今で言えば、社会が排除したがりそうな「無能の人」だが、愛すべき人たちが、ささやかな日々の幸せを感受して生きている。
  語られる時代のこの田舎には、そういう彼らの居場所はちゃんとあった。しかも四季の実りを惜しみなく与えてくれた「自然」と同じように、われらが「暮らす」共同体には誰しも欠かせないのではないかという、作り手のあたたかい視線がある。

 それはまた、沼地を離れ事業家として成功しながらも、家族の中には居場所を無くし、沼地の暮しを忘れられない老人にも向けられた視線・・。
 「裕福なのを恥じることはない」

  映画の終わりに老女であるクリクリが言う。
  「それもこれも昔の話です。今はもうみんなその頃の大人たちはいないのです。想い出にはわたしの脚色もあるでしょう」「沼は今では埋め立てられて大きなスーパーが建っています」

 いつもにこやかに正装して現れる本とジャズ好きの友人、労働は苦手だが、エスカルゴ採りにピクニックのようにうきうきと同行する彼が、開いた本の一節を紹介する。

  「自由とは好きなように時間を使う事だ。何をし、何をしないのか、自分で選び、決めることである。」

 遠い過去にみんなが集まった「沼地」は象徴的だ。現代では跡形もなく埋めつしてしまったのか・・。

■監督…ジャン・ベッケル 脚本…セバスチャン・ジャプリゾ 撮影…ジャン=マリー・ドルージュ 音楽…ピエール・バシュレ 1999年フランス映画  (1時間55分 )
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by past_light | 2004-11-21 21:08 | ■主に映画の話題 | Trackback(2) | Comments(0)

A.I.のかなしみ

 なんとも悲しいトーンに支配された映画。愛を乞うロボットは悲しすぎる。
 物語は説明できても悲しみは視覚化するのは難しい。それは観客の想像力、感受性、内面が関わるからだ。『ET』も、思えば着ぐるみとはいえ、そこに温もりが感じられた。
 昔、「私にとって『死』とは水たまりのようなもの。よけて跳びこえるものだ」というようことを言っていたETの時代、スピルバーグは少年みたいに愛された。

 しかしスピルバーグは、このAIで原案に導かれ難しい題材に背伸びをした。今までの映画とは違うペシミスティックなトーン。もともとキューブリックが企画していた物語だ。後半に時が進むに従って『2001年宇宙の旅』をどこか思い出してしまうのはそのせいでもる。

 ロボットたちの孤独とせつなさが余韻に残る。ロボットに感情移入するとしたら、それは彼らの宿命的な孤独のせいだ。ロボット(メカ)に人と同等の感情なんて無理だろうと思うだろうか。しかし、人間(オーガ)にある感情と呼ぶ機能も、よく見つめれば一つのプログラムされた反応であり、機械的な装置に似ていないか。このメカの物語がピノキオのようだからといって、未来にありえない夢物語とも一概に言えない。

 それにしてもワタシ、オーガが想像するのは、人間になりたいと人間のエゴを写しとられたメカとして生きていくのはどれほど孤独かということ。たとえそれが響き高い「愛」であろうと。人間が物理的脳を駆使して知的に知りうる領域の、そんな愛のプログラムだとしたら。それにもましてメカにとって残酷なのは、一度プログラムされた「愛」は、彼らが自主的に放棄できないということ。自ら望んでいながら惰性でそれを疎んじはじめる人間のようには。
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 主演のオスメント少年は、優秀な演技マシーンのように、的確にパーソナルを持ったロボットの存在自体の悲しさを演じている。天才的にもう巧すぎる。好き嫌いは別として。だが、それは適役であり完璧な演技と絶賛もできるものだ。かれの天職、俳優としての高度なプログラムが表現され発揮されたように感じられる。

 自分でほころびをマメに縫うトーイロボットの「テディ」は、愛の渇きを知らないからまだしも幸福かというと、観ていて、かたわらの彼の存在にホッとし、孤独を癒されながらも、そのテディの孤独もが実はなんとも露に感じられる。

 忘れられないものがあるとすれば、破壊される時も微笑みを見せる子守りロボットの表情に、ぼくたちが投影する不思議な想い・・。そして、さらなる二千年後のエピローグの静けさと悲しさ、喜びの刹那と宿命的わかれ。このトーンがこの映画の観るべきすべて。そこにもしかすると徹底して語られる方向はあったのだろうか。それはキューブリックが晩年表現したかったことなのかも知れない。
 ちょっと嫌みをいえば、アメリカは地球温暖化の危機の「話」だけだと広大SFXです。

 監督:スティーブン・スピルバーグ
 出演:ハーレイ・ジョエル・オスメント、ジュード・ロウ、フランシス・オコナー、ウィリアム・ハート
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by past_light | 2004-11-21 01:33 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

泣くことの笑説

 秋の空の変りやすさは、女性の気分に例えられるけれど、そうしょっちゅう変られても困ると言う人もいるだろう。
 快適な気候のなかを自転車でのんびり走って遠出の最中など、時々びしょぬれで帰るはめになることがある。一度降り出したら夏の夕立ちのようにはなかなか止んでくれないからだ。

 女性も一度泣き出したらなかなか泣き止まない、そんなことは実は十人十色だろうけれど、たとえば10代20代と泣き虫だった女性が、だんだんなかなか泣かなくなるなんて話もある。どこにあるかは貴方の胸三寸先かも、いやワタシのか。

 泣くという行為には感情の浄化作用があるようで、そんなメンタル療法もあるぐらいだ。それは経験上も、感動的な映画などを観て涙を流すことの中なんかでもわかる。 以前、かなり心の深くで感じた映画を観ていて涙が出たことがあるが、その時、映画館を出たらなんだか気分がスッキリしていたので、ぼくのなかでは証明されている。
 だから泣けるというのは女性に限らずたまにはいいかもしれないか。ドライアイにも潤いを・・。
 まあしかし、ストレス解消と称してわざわざそういう状況設定するという話も聞いたことがあるけど、ぼくはあまり常習者にはならない方がいいと思う。癖になるんじゃないかと。なっちゃわるいかと言われそうだが。

 神智学という多くの人には馴染みはないだろう学説のなかでは、人間の構造を、肉体と肉体の精妙なレベル(エーテル体)・感情体(アストラル体)・思考体(メンタル体)等々・・・と表現するそうだ。
 特に感情体を大半の人はメインとして使っているそうだ。その器は現在までにとても完成している人間の構成要素だと言う。思考体は未完成の人がまだ大半だと言う。
 一見考える、という行為は、思考体ではないかと思いそうな感じだけれど、ほとんどよく状況を見れば、感情が思考を方向付けていることが多いことに気づくだろう。
 それが好き嫌いとか偏見による自説や、ものの見方を色付けていることが多い。
 客観的な事実のように思い込みながら、じつは個人のなかでだけ成立していて、それに盲目であるというやっかいな現象だ。それは皮肉にも正義とか、相手だけが悪だとか、思いこめる便利な機能だ。

 感情が色づけする思考と言うのは、たとえれば普段は鏡のような水面の表面。風もなく静かだとそこに映る顔は正確に映るけれど、波立ってしまった表面には幾通りもの怪物が現れては変化する、ようなものといえば分かりやすいだろうか。

 じゃあイデオロギーなんかはどうかといえば、それは世界の今までの歴史を見ればわかるのだろうか。

 泣いてスッキリしたら、気持ちも静かになる? とすれば、その点では冷静に振り返ったりするにもいいか。
 「泣いてたまるか」と言う大昔のドラマのタイトルを思いだしながら、枕を濡らしたんじゃ、男はたたないな。
 女の涙から男の涙に次回は話を・・というのはウソだ。本日の涙は空からの雨つぶ。
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by past_light | 2004-11-20 03:20 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

アンドレイ・タルコフスキー

 かなり以前の話になりますが、亡くなった版画家で作家でもあった池田満寿夫が、詩人の西脇順三郎の言葉として紹介していたものがある。
 「批評はそれ自体がポエジーでなくてはならない」
 その言葉が、出逢ってそれ以来ずっとぼくの心に残っている。
 ぼくは、別に批評家だったり、そういう仕事をしている訳ではないので、少し大袈裟なのかも知れないのだが、それはいつもとても本質を指している言葉だと思う。
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 「ポエジー」とはこの場合、「創作、作品」でなくては・・という意味であるとその時理解したし、池田満寿夫もそのように言っていたように思う。

 消費される反応、紹介、解釈も情報としては現在かなり需要があるので、それはそれとしておいといて・・。善い悪いをうんぬんするのは現実的ではないし、またそれが主眼点ではない。

 ただそういうポエジーな記事は、映画のみに関わらずいつまでも通用する記録としても、いつ読んでいても空しさがなくて気持ちがよいという気がする。 故、淀川さんなどは自然にそういう姿勢を持っていたように感じますし、読んでいて心が動くことがよくあったような気がする。

 タルコフスキーが言っていることで興味深いのは、
 「・・映画においては、説明は必要ではないのだ。そうではなく、直接的に感情に作用を及ぼさなくてはならないのだ。こうして呼び覚される感情こそが思考を前進させるのである」という言葉だ。

 タルコフスキーの書いたものを読むと、実に内省的、宗教的な、本物の芸術家の声を聴くような深さと、それゆえの深刻さとを感じる。
 それは時に悲劇的にも思われ、彼の精神の内部に関わるのはとても重苦しいような、敬遠したいような気持ちにも襲われるかも知れない。
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 「ノスタルジア」という映画の語源は、ロシアでは、病に近い望郷の念を言うようで、タルコフスキーによれば「死に至る病」となるようである。
 この映画と「惑星ソラリス」や「ストーカー」、この3本が最も印象にあるのだが・・、そのどれもがその--ノスタルジア--を語っているように思う。

 それは彼の言うように、説明されえない、時にあまりに個人的、内宇宙的な、世界への宗教的な想いであったり、修行僧の懺悔のような告白のようであったりする。

  しかし、この3本は理屈を必要としない強い魅力がある。ぼくは「ストーカー」を観ている間、こんな面白い、ミステリアスな想像力を刺激してくる映画に初めて出逢ったような気がしたものだ。繰り返して観たいものの1本でもある。

 「惑星ソラリス」の悪夢の中で見るような、なつかしい家に帰りたい強い郷愁・・。
 「ノスタルジア」の、観客のこちらまで息苦しくなってくるような緊迫した長い凝視を要求する映像で描かれる、登場人物の世界を救済するという個人的な儀式・・。

 模倣しようとすればきっと恥ずかしくなる、その驚くべき映像の内的必然性から生まれる独自性。
 ・・タルコフスキーを誠実に語るのは容易ではないでしょうね。やはり・・。

 彼の最後の作品の題名が、彼の内面の内へも外へも・・彼の精神の運動のすべてを言い表わしているような気がする。それは「サクリファイス」、犠牲という言葉である。

 タルコフスキーを想うと、・・むかし昔、西洋の厳格な修行僧が同時に求道的な芸術家であったような時代の、そういう時代に存在したかのような、男のシルエットが浮かんでくる。
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by past_light | 2004-11-19 01:57 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)

「恥ずかしさ」

 「シャイ」なんて日本語だと内気って訳もあるのだが、なんだか褒め言葉みたいに使われていたりするのがぼくにはゲせない。横文字にするとブランドなのかな(笑)。

 それはそうと、ぼくはけっこうシャイな中・高校生だった(笑)。
 きっかけは、突然家の事情で、ぼくにとって見れば閉鎖的な街へと、はじめて引っ越さなくてはならなかったという思春期の経過もあるだろうか。
 しかし、もともと性格的に開放的であれば、どこへ行こうが人気者になるヤツだっているだろうから、シャイなんてへのような言葉に思えるんだが・・。

 ぼくのその頃は、いったん押された「内気」っていう烙印は、もう偏見の対象そのものだったような気がする。それにその「内気」という言葉そのものが恥ずかしいような響きだった。それは大げさに言えばすでに「負け犬」のようなものだったのだろう。逆に言えば、明るく、屈託なく、臆面なく、快活であるということは、いわば勝者の条件であるようなものだ。
とくに田舎なんかだと、そのいったん押された烙印のイメージの殻を破るのは大変かも知れない。

 あなたが卒業して、しばらく会わない友人に突然再会して、彼や彼女が当時となんだか豹変して見えたら、あなたの偏見と、彼や彼女のその頃の苦痛をわかってあげてほしい。(笑)

 ところで、ほとんど恥ずかしいって状態は、自意識と関係しているという気がするが、つまり自意識過剰ぎみ・・という。これはいったんあるシュチュエーションなり、タイミングなり、まあハマると沼のように足を捕られるものだ。赤面症などはそういうことなのだろうか。まあ逆に厚顔無恥、どこでも土足侵入、というような図々しいというタイプというのもいないこともないだろうが。ほどほどがいいってことだろうか。
b0019960_13391020.jpg 「恥ずかしさ」について、クリシュナムルティという人が語った話があって、それをぼくはとても興味深く読んだ。

 彼はインド生まれの、なんというか・・思想家ではないし、宗教家というわけでもなく、哲学者というわけでもなく、その時代、現代の仏陀と言われたような、精神的な教師としてインドや西洋の各国にスピーチして回っていた人だ。日本でも沢山の本が出版されているが、西洋におけるほどは有名ではないだろう。
 スピーチの要旨を分かりやすく言うと、「気づき」「あるがまま」の「意識」について語り続けた人。まあ、そんな言葉で簡単に言えると便利なのですが。要は実体・・ってことです(笑)。

 1986年の死後の今も、アメリカのオハイとか、インドのリシバレーとか、ヨーロッパなどにも、子供たちのための正式なスクールも存在し続けている。
 以下に紹介したのは、インドにあるスクールでの子供たちとのスピーチ、やりとりを本にしたもので、「ぼくたちは、なぜけんかするのでしょう」とか「なぜ私たちは、友だちが欲しいのでしょう」とか、子供たちの多くの率直な質問が楽しいものだ。
 しかも、くつろぎ真摯に応えるクリシュナムルティの言葉は、大人との対話と比較しても、まったく質的な差がないのが驚かされる。

 そのなかから、ぼくが初めて読んだときから印象的で、よく思い出す質疑応答のひとつがある。
  ぼくは「恥ずかしいとき」、今ぼくはどうだろう・・とよく思う。ほとんど恥ずかしいですね(笑)。
 

 Q. 恥ずかしさとは何でしょう。

 君は知らない人に会う時、恥ずかしくはないですか。この質問をした時、恥ずかしくはなかったですか。
 もしも私のようにこの台に座って、ここで話をしなくてはならなかったなら、恥ずかしくはないでしょうか。

 美しい樹や優美な花、巣に止まっている鳥にふいに出会うとき、恥ずかしくはないですか。ちょっとぎこちなくなって、立ちつくしたくならないですか。

 恥ずかしがるのは良いでしょう。 しかし、私たちのほとんどにとって恥ずかしさは自意識を意味しています。
 そんな人物がいるとして、えらい人に会うときには、自分を意識してしまいます。
 「なんて彼は偉大なんだろう。こんなにも有名だ。しかし、私は何でもない」と考えます。
 それで恥ずかしくなりますが、それは自分を意識しているということなのです。
 しかし、異なる恥ずかしさがあって、それは本当は優しいということなのです。それは自意識ではありません。

                「子供たちとの対話」平河出版 ( J. クリシュナムルティ / 藤仲孝司・訳 )


・・「美しい樹や優美な花、巣に止まっている鳥にふいに出会うとき、恥ずかしくはないですか。ちょっとぎこちなくなって、立ちつくしたくならないですか。」
 ときにそこから詩や俳句もうまれることもあるだろう。しかしそこは、感受性とか芸術とか言う以前に、人としてのたいせつだがまた喪失しやすい、イノセントでシンプルで美しい、精神のふるさと・・を感じさせる。

 あなたが「ブラザーサン・シスタームーン」という映画を御存じだとしたら、それは熱病から醒めたフランチェスコが、屋根に登って鳥に出会うシーンをも思いださせるかも知れない。
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by past_light | 2004-11-18 14:35 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

「ピロスマニ」グルジア映画1969年-日本公開1978年

 最近観たというわけではなくて、これはさらにずっと昔(1978年)に観た映画の話。
 しかし、この映画も貴重なことに以前、パラジャーノフの映画などとともに、「グルジア映画特集」の一本としてBS-NHKで紹介されたことがあった。

 グルジア共和国で生まれ、無名のままに60年の生涯を閉じた、独学の放浪画家「ニコ・ピロスマニ(1862~1918)」の寡黙な生涯を描いた、旧ソビエト時代のグルジア映画である。
 ピロスマニの絵はグルジアの風土、民族の暮らし、グルジアの魂を色濃く感じさせてくる素朴な画風だ。彼の国では「ピロスマニを見ることは、グルジアを信じることである」と今では言われている。彼とその絵は、そんな「グルジアの民族性を普遍化するシンボル」になっているという。

 映画「ピロスマニ」は、1969年・グルジア フィルム製作で、日本での上映は1978年、同じ年に巷では最初の「スターウォーズ」や、スピルバーグの「未知との遭遇」、ウディ・アレンの「アニー・ホール」などがあった。
 そのアメリカ映画が大作をヒットさせはじめた時代のなかで、反対側の大陸にあるグルジアという国の、映画「ピロスマニ」の静かな語り、そしてピロスマニを演じた職業俳優ではない画家のすばらしさ、それらはひときわ胸に沁みてくる印象があった。(誤解がないように付け加えると、この年のアメリカ映画もちゃんと観てます)

 この映画のパンフレットは今も手許にある。しかも、当時の新聞記事の広告や茶色に変色した紹介の切り抜きまでが挟んである。
 その一枚には、1978年9月8日付の朝日の広告、9月15日からの上映の知らせに寄せての、今は亡き岡本太郎氏の推薦文がある。
  「胸にジーンとくる映画だ。純粋な芸術家の運命とはこういうものだ。」
  ああ、そうだった、ぼくはこの記事に促されて、神田神保町に今も在る「岩波ホール」へと出かけていったのだった。

  主人公の画家ピロスマニの人生、それは無欲で素朴、そして朴訥(かざりけがなく話し下手)・・。今となると日本で言えば放浪の僧、山頭火をふと思い浮かべそうだが、それよりも真実に近いのは、グルジアに持って生まれた民族的な自然児としての素朴、そんなもともとの資質が導いた人生ではないかと思う。映画に描かれた「ピロスマニ」とは、自己主張とは全く無縁な人物だった。
 
  記憶する、それを象徴するようなエピソードのひとつに、友人と「チーズやミルクの店」を始めるのだが、商売人資質とはとうてい隔たったピロスマニの対応に、すぐに友人は去ってしまう。
  彼がひとりで店番をしていると、やがて次々と貧しい親子が店の戸口に立ち、ついにピロスマニはただでくれてしまうのだった。

 その後、酒場や食堂の壁に頼まれるままに絵を描き、酒と食事を報酬としての放浪暮らし。 また、彼の意図と関わらず、いっとき好運のように中央画壇に認められかけるが、彼の絵は「基礎ができていない」という批判にさらされる。
  それにたいしてのピロスマニの応えは、「俺が何を求めた? 俺は何も変わらん。今までどおりやる。」だった。
  そんなピロスマニは、いっぷう変わった無口な看板絵描きとして人々に重宝がられたり、愛されたりもする。
 
 そんなエピソードの数々がピロスマニの絵とともに紹介されていくのだが、映画は、劇場に立つ踊子マルガリータの絵などを筆頭に、絵と、映像として映される構図、画面が、一瞬見分けがつかないほどのみごとなスタイルの、それは静謐な映像詩でもある。

 やがていつか、白髪まじりのニコ・ピロスマニ・・。知り合いの酒場の主人に、復活祭のための絵を頼まれる。
  ピロスマニは「もう描けんよ。手がいうことをきかん」と言うが、「仕上げるまでは出さん」と倉庫のような部屋に監禁されてしまう。・・・

  復活祭を祝う人々、「そうだ、ニコラのことを忘れていたぞ !」。あわてて鍵を開けた部屋には、戸口で待つニコラと、出来上がった大きくてみごとなグルジアの町と河の風景の絵があった。
 「ニコラ !」と呼び止める声がするが、片手をあげだけで振り向きもせず彼は無言で立ち去る。よろめく足取りでたどり着いた場所は、町にある階段の空間の下を小屋にしたみすぼらしい住まいだ。

 翌朝、酒場の主人が馬車を戸口に止める。「ニコ」と呼ぶが返事がない。ドアを開けると死んだように寝ているピロスマニがいる。
 「なにしてるんだ」
 「死ぬところさ」
 「ばかなことを言うな、復活祭だぞ、起きろ」 ・・彼を乗せた馬車は石畳の上を走り去る。
  この映画のラストシーンは、悲劇を叫ぶでもなく、ことさら劇的にも描かず、胸に沁みてとても好きな終わり方だった。

 ◇追記・・読み直して、ピロスマニという人物が、強靱な精神力とか、または外界に対して反応の鈍さがある、というような誤解を招きそうにも思ったので、付け加えておかなくてはならない。
 実は、映画の冒頭から、非常に傷つきやすい、繊細な心の持ち主だったのだということがわかるエピソードがあるし、彼の絵を賞賛する人に逢った時は、とても喜んでいる。また、「基礎がなっていない」などという嘲笑や戯画された新聞記事に、非常に傷ついている。そんなところも彼の素朴な人柄の魅力として、映画では描かれて伝わってくる。彼の夢は「木の家に住む」というシンプルだが、彼の心の奥から聴こえるようなものだった。
 ◇のちに、小栗康平監督も敬愛する作品だと知ったが、小栗さんの映画を観れば、よくわかる話だ。
 ◇忘れがたい映画とは、こういう淡々と静かに描かれた映画である事が多いのは、ぼくにとって事実である。
 ◇美術監督であったアフタンジル・ワラジが「ピロスマニ」を演じたこの映画は、これが最初で最後の映画出演だった。その後1977年に亡くなっている。
 ◇独立したピロスマニ展が日本で開かれたのは1986年5月、東京は西武美術館だった。50点ほどが展示されて、ぼくも初めてピロスマニの実物を見た。それは当時のグルジアの町の匂いが染み付いたような、酒場の煙りと雨風をくぐり抜けて来たような、独特な存在感だった。
 ◇ピロスマニのギャラリーを捜してみて見つけたページです。スキャニングの画質はよくないですが(笑)、いくつかの絵の画像があります。→">「The Three Marias Home Page」

※(初出記述日 2003年1月31日)
※(先日あるブロクで、ここの文章から自分の感想記事として何行かをそのまま引用しているところがありました。そのままはないだろう!!と思うよ)

 ◇ПИРОСМАНИ ピロスマニ (カラー・87分)
  製作/ グルジアフィルム 1969年 ○監督/ ゲオルギー・シェンゲラーヤ ○美術/ 主演 アフタンジル・ワラジ
 (1974年シカゴ国際映画祭ゴールデン・ヒューゴ賞 / アゾロ国際映画祭最優秀伝記映画賞 / 1978年キネマ旬報ベストテン4位 / 1979年芸術祭優秀賞)
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by past_light | 2004-11-18 14:30 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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