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子どもが登場する映画を大人が観るとき
 ・・そんな時、大人はちょっと油断していないだろうか。なんてことも思う。
 キアロスタミの「友だちの家はどこ?」などは別格的な扱いをしなくちゃならないだろうが、マジッド・マジディ監督の「運動靴と赤い金魚」は後日紹介するとして、ストレスいっぱいな大人な都会生活に、なによりの御馳走だと思うのが、この三本だ。

◆「マルセルの夏」 は、
 とても楽しいお話だが、フランス映画のペシミスティックな味わいがたっぷり含まれているのは興味深い。
 子どもが主人公といっても、フランスではこうなるよ、というところが、ある意味とても素敵だ。
「ケ・セラ・セラ」という国の、「それが人生だよ・・」という声が聴こえてきそうな、それでもつくり手と観客に滲み出る、微笑みのような映画。

 続編の「マルセルのお城」はさらにペシミスティックだったが、夏の風景画としても素晴らしく、雷雨に出会い逃げ込んだ洞窟から見る雷が、どのSFXを使った映画よりも美しく新鮮で脅威的な映像だった。
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◆「やかまし村の子供たち・・」のシリーズ。
 監督は「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」を撮った人だった。
 お話は有名な児童文学・童話作家の有名な原作。「長靴下のピッピ」が日本でも有名。
 この映画の実在する村である自然のなかの田舎生活が天国のよう。悪人らしい人がまったく皆無。ちょっといじわるな爺さんなんてのは子供たちにとっては退屈しのぎ程度だろう。

 お金なんていらない自然の中での毎日の子供たちの遊びが胸がわくわく・・熱くなるほど楽しそう。こんな子供時代を送るだけで、現代の低年齢犯罪なんて吹っ飛びそうだ。

 一本の映画でこんなにくつろぐという経験は少ない。都会生活に疲れたすべての人のための映画かもしれない。
 いやそれとも大音響に目の回るSFXの刺激がないとだめですか?。

◆「 絵のなかのぼくの村」これは日本映画。
 田島征三という絵本作家、画家を御存じだろうか・・。初期の「しばてん」の絵本は僕も持っている。エネルギーに満ちたタッチと作風が旋風を起こしたほどの記憶がある。まさに自然派の元祖的なイラストレーターでもある。

 彼は双子で、この映画は彼らの子供時代の生活を、その時代と田舎の自然そのままに緻密に描かれた貴重な日本の記録とすら言えそうな映画。しかもお話も子供たちの演技も印象に残る秀作です。

 川の水に素っ裸で飛込む感触さえ伝わって来そうな臨場感。
 双子の主人公の表情がとてもよくて、つい観ている方の顔がゆるむほど・・。

 また、この時代の当り前の光景だろうけど・・貧しいので(極貧と言ってもいい・・)家の農作業を手伝いつつ学校に来る女の子が一年中、学校へも裸足で歩いてくる。冬にあかぎれで痛々しいその足を泣きながら見せる場面などは胸が熱く痛くなった。
 小栗康平の「泥の河」の銀子ちゃんも切なく哀しく・・心に残るけれど、この映画に登場するこの女の子は、田舎の自然のなかで汚れのない自然児のように見えるところが救いがあり、しかもなんだか輝いて懐かしくも見えた。
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by past_light | 2004-11-11 20:51 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)
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Commented by acoyo at 2004-11-11 23:42
「やかまし村~」は子供の頃読んで想像してたのがそのまんまで、とても幸せになりました。
「泥の河」はねえ、なんか同居人の子供時代の思い出を訊いてると、あんな感じなんで、喋らせては聞き入っております。
Commented by past_light at 2004-11-12 20:09
そうですか、原作の感じをよく出しているのですね。
「泥の河」の銀子ちゃんやきっちゃん、のぶお、みんなあの時代に確かにいたのですよ。

ぼくの幼年期に住んでいた田舎の町の近くの区域には「ボロ屋」街という名の集落もありました。
それから夕飯時に子どもを連れた奥さんが玄関先によく現れたことを覚えています。
その日に食事に困っていたんですね。
今ではあまり考えられないかも知れませんが、その頃は自然に受け止められる特別なことではなかったような気もします。
田舎はまだまだそういう時代だったと思います。