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レビュー三枚
◆木之下晃 武満徹を撮る  木之下 晃著

 懐かしい声

なんといっても、ラジオ番組でのインタビュー「武満徹、青春を語る」が収録されている。そのことが一番の魅力。
女性アナウンサーである聞き手の、気負いない質問に答えていく武満さんは、くつろいで楽しんでいることが伝わる。
話は、音楽家としての成立ち、その自身の歴史を語られているものだが、文字ではなく、本人の言葉、音声で聞くことの、しみじみした時間がぼくらにもある。
なにかどこにも「天才作曲家、芸術家、武満」などという硬直したようなイメージはなく、戦時、戦後の生活の苦難やら、それとも無縁ではない、音楽へと突き進ませて来た内的な推進力、決意のような思いだったものも、強ばったものではなく、ナチュラルに、むしろ運ばれた天命のような、できごと、その想い出語り、それが印象的に感じられる。
それには武満さんの独特な笑い声も挿まれて、爽やかなインタビューだ。
このときの武満さんは、きっと心身共に穏やかなときだったのだろうなあと思われ、会ったこともないのに懐かしい。


◆私―谷川俊太郎詩集  谷川 俊太郎著

 老いと若返り
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だいぶ前の詩集ですが「世間知ラズ」、とても好きなのですが、あれが谷川さんの自然と年齢からも生まれて来た声だったような気がしています。
二十年ほどは若いぼくも、「老い」や「死」を自らの精神の中に確認するような共鳴するものがありました。
最近、谷川さんは、さらに進んで、というか、詩の中にどこか「死」が必ず意識される内省が強くあるように感じられもします。
それから仏教的な世界観がふっと垣間見えるところが感じられます。
そして、先祖返りするか、若返るかのような魂。
老いる肉体とは次元を異に、精神は内なる方向からいつまでも子供の声が聴こえる。

「私」とはなにか?。
問いかけるその私は、むしろどこまでも遊離していく存在のようなものなのでしょうか。

この詩集のカバーの紙質の質感や、大岡さんの「私」の文字、その装丁は、その詩集を所有するという快感を感じさせるものです。


◆それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり!  周防 正行著

 「それでもボクはやってない」は、こうしてつくられた

シナリオの収録がメインと思われがちだけど、むしろ上映作品からはカットされたシーンの監督による説明と思いが興味深い。
たしかに、編集段階でカットされた理由もよくわかる。商業的な配慮、意味ではなく、いい映画にしたい一心でというのが伝わる。
それには演じてくれた俳優への監督の申し訳ない思いも伝わるし、主人公に感情移入した観客の反応を充分意識しての、監督の良心、制作者としての冷静さがわかる。

それから、なんと言っても、元裁判官の職にあった方との対話が、本当はもっとも読ませるものになっていて、
監督の質問は映画を観てのわれわれ観客の疑問でもあり、身を乗り出して聞きたい部類のものばかり。
映画での判決を述べる裁判官の「判決理由」が、なんとも独善的に感じていたぼくにも、対談相手の元裁判官の方の良識的な意見が救いになった。
それでも、監督がいくつもの裁判傍聴のなかで、それは感じたままのことだという現実も、それゆえにかえって胸に重たい思いも残る。
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by past_light | 2008-03-27 17:20 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(0)
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