電車男

 おおざっぱだけど、人は内向きと外向きに分けられる。かなりいい加減に言うとそうだ。
 「オタク」というのは内向きの部類の人に多いのだろうか。いやまてよ、と思う。いくら人付き合いが好きで、広く浅くたくさんの人と付き合っていたとしても、なんだか対人コレクションみたいになってしまっては、それもある種のマニア的な趣向ではないか。

 「電車男」を観て思ったのは映画全体のでき、スタイルはともかくとして、こういう純愛ものは内向きオタクな主人公だから成り立つ、という感想だ。
 主人公に気持ち悪いと言う感想もあるだろうし、ちよっと、しっかりしろよ、といらつく人もいるだろう。相手の女性も居そうで居なそうなところが奇妙な感じもある。
 一般的に女性なんかどうだろう。「電車男」、そういうと前に流行りみたいなモテ方もあったらしいから、世の中はプロパガンダで左右されるキワものだ。がそれは本物ではないだろう。
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 それでも人は生まれたからには社会の中でバランスをとって生きて行くことになるのだけど、当面、外向型、つまり外向きに意識がある人の方が社会という形の中で生きて行きやすいようだ。が、よくよくみれば現代では、この電車男に代表されるように、人付きあいは苦手だとしても、パソコンにはめっぽう強くて、処理能力が鋭ければ、今の社会や企業の中で重宝されるから、生きにくいのかどうかは経済もかんがみれば簡単にきめられない、複雑だろう。人は、じつはあながち社会の表舞台にいるからといえ、倖不幸も分かりにくい世の中でもあるだろう。

 しかしこの主人公は、オタクという先入観とか誤解されて認知されたイメージに隠されていた重要なファクターを思い出させた青年だ。つまりよくも悪くも子供の「ピュア」な資質を持ち続けているということ。それであるからこそ、この純愛映画が成立するのだ。

 ネットの顔も知らない仲間、ある意味では、しょっちゅう会って相談などできるというような、ありもしない現実より密接な応援とアドバイスに囲まれ、最後のハッピーエンドに向かってのマラソンである。
 途中までは緻密に用意したマニュアルの中でかえって道を迷い、パニクリまくりながら。お話だからなあ、と大目に見たくなるほど物わかりもよくて、優しくもある素敵な女性にフォローすらされながらだが。

 それでも電車男のいちばん愛しくて、切実にぼくらに響くのは、その途上ですっかり自信を失った自分をさらけ出す場面だ。

 「人を好きになるのは苦しいです」「いつか、必ずダメになるんだろうと思っていた」
 恋愛は電車男にとっては免疫のないものだった。むしろ生涯、自分に縁のあるものか疑わしいものだった。それでも仕方ないと思っていた。縁がないということは、ある意味では無事に自らの楽しみの中に埋没して安住もできるということだ。しかしどこかで、ずっとそうして一人で生きて、自分は歳を取って行くのか・・、という底知れずな孤独と不安があった。
 それを、その恐怖を、正直に彼女に伝えられたこと、そして他者と心から繋がりたいと、おさな子のようにあらわにできたことだ。
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by past_light | 2008-02-06 01:55 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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