「ヘタがいい・・119」

 竹中直人の2作目に当たる「119」を観ていて、この人の映画作りは、人に対しての愛情が基本にあるのだな、ということがしみじみと伝わり、それは気持ちがよい時間だった。

 「119」は伊豆あたりの海辺の小さな町が舞台で、人々の暮らしものんびりだが、主役達の消防署もたいした事件も起きないから、いつもリラックスムードだ。
b0019960_18121902.jpg でも、それは隊長役の竹中直人が「ぼくたちの仕事は待つことなんです」と言うように、日々署内で「待つ」彼らの姿のいろんなシーンがぼくには心地よく感じられる。
 どう待てるか--という姿の中にも、人生でけっこう目立たないけど楽しみ方のようなものが出るものだろう。
 ついつい机の前で昼寝してしまう彼らには、誰かのオナラの音や匂いもそんな日々のアクセントだ。
 マドンナ(鈴木京香)の突然の出現は、そりゃ彼らにとって素晴らしき日々の訪れだ。待ったかいがあるというものか・・・。

 それにしても海のあるこの町の時間はくりかえす潮の満ち引きのようにゆったり・・、どこにも火事や事件らしい兆しは無い。
 マドンナがいつまでも去りがたくなるこの町が、観ている観客にも同じく去りがたい。
 それでもささやかないくつものエピソードが、この町を訪れては過ぎていく。

 ところで監督竹中は、配役たちに巧さを求めていないということがこの映画でも感じられる。
 少々うそっぽいおおげさな表情だっていいんだ。その役者のもともと持っている顔なら・・なぜか納得だ。
 熱演されるとたまったものじゃないかもしれない。この映画にはオナラの「間」が不可欠なんだ。

 それでも、竹中がもともとグラフィックデザインを学んだという履歴が、彼のどの映画でも感じられるのは、破綻が起きない映画作りのセンスにおいてもあらわれている。現在までそれはいい方に生きているようだ。
 もちろん・・ きっとそれは諸刃の剣というセンスでもあると思うのだけれど。

b0019960_1545973.gif 表面的にドラマチックな話や演出を押し付けられる映画も多いけど、ドラマチックな波は本当は人の心の中で起きているはずだ(現場だよ現場)。そういう能動的な感性を失うと、人は仰々しい大作と称する派手なアクションとかドラマのなかにジェットコースターに乗るがごとく身を任せ、想像力も自らの感性も使うことなく足を掬われるのかも知れない。

 巧くなんて無くていい、そこに存在するだけで君は意味がある・・と言うとしたら、それは万人の本来自然な姿なのかも知れないとは思わないか。

 こんな日本の風景を映画で観たのはひさしぶりという気がする。
 毎日のニュースの中の日本は、この映画の中にはまったくない。

(1994年作 --「119」 監督:竹中直人  脚本:竹中直人 筒井ともみ 宮沢章夫  音楽:忌野清志郎
出演:赤井英和 鈴木京香 竹中直人 塚本晋也 温水洋一 浅野忠信 津田寛治 岩松了 石堂夏央 宮城聰 石川真希 本田博太郎 伊佐山ひろ子 マルセ太郎 三東廉太郎 真田広之 大塚寧々 周防正行 松岡錠司 奥山和由 須賀不二男 久我美子)
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by past_light | 2004-10-31 19:50 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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