河合さん、ありがとう。

 河合隼雄さんが亡くなりました。ありがとうございました。御苦労さまでした。
 御冥福を祈ります。

 「そして、この仕事をしていると、ひとりの人が十年かかろうが二十年かかろうが治っていくとかあるいは変わっていくというのではなく、極端に言うと生きているということでいいんだと、このごろは思うんです。
 一人の人間が生きているというのはすごいことだと思うようになりました。その人が生きているということは、その人の思っているよりもはるかに社会全体に意味をもってるようにこのごろはおもいますけれども。・・

b0019960_03092613.jpg たとえば、ぼくのところへ来た人が、なんの生甲斐も自分にはないと言う。自分がこの年になっていくらがんばってもそんなに金もうけはできないだろうとか、結婚もできないだろうとか、ナイナイづくしなんですね。それでなんの生きがいもないし、生きていてもしかたがない。で、死ぬというわけです。
 それに対してぼくは言ったんですけど、生きがいがあって生きている人はこれはあたりまえではないか。「かい」があるから生きているのならそれはあたりまえで、それに対してなんの生きがいもないのに一人の人が生きているとしたら、こんなすごいことはないんやないだろうか。こんな大事業はないと言った。・・・あなたが生きているということはあなたが思うよりもはるかに社会に意味をもっている。・・」

『河合隼雄 全対話』より大江健三郎さんとの対話の中から。抜粋。

<追記>
 先日来、河合さんの名前をここでよく口にしていました。それから著作の中からも紹介を繰り返していましたが、なんとなく不思議な縁です。
多くの河合さんを敬愛する方々の中のひとりで、ついにお会いするような機会もありませんでしたが、それでも著作の講演や対話には、驚くほど肉声に近い響きのことばを聞かせてもらっていたように思います。

 たくさんの対話が『河合隼雄 全対話』という10巻以上もあるシリーズで読めますが、対話する相手とに応じた柔軟さも達人と言えるだろうと想像します。しかしけして不正直で語ることはなかったと感じます。が、御本人はたしか立花隆さんとの対話の中でだったか、「自分の本では本当のことは言ってません」と話されているところなども興味深かった。それはホントウのことを話しても聞いてもらえない、鼻で笑って取り合わない、・・そんな世界があるからですね、そういうことですとおもいますよ。
でも仏教をメインテーマに対話しているもの、それからコリン・ウイルソンなんかを相手には、かなりストレートに口にされているのも楽しいです。

 まだまだこれからも読ませていただきますが、とりあえず、さようなら。ありがとう。
 今頃は、あちらで武満さんや遠藤周作さん・・らと再会され、入園式を楽しんでいらっしゃるかも知れません。

 ・このブロクの左にある検索窓に、「河合隼雄」で検索されて下さると、幾つかの過去記事があります。
京都新聞の7/20記事
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by past_light | 2007-07-19 19:42 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(0)

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