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ダーバビル家の「テス」 ロマン・ポランスキー
 ありがちなことでいうと、「あのときああすれば・・、あのときこうなっていたら・・、あのときすれちがわなければ」などと人は時に思うことがあるだろう。
 そういう意味では、テスの生涯を見ていると、そういうありがちなことを想起せざるを得なくて、こんなに悲劇的でいいんだろうか、と原作のトーマス・ハーディを責めたくなる。
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 もうかれこれ封切りに続いてのニ番館で観てから20年以上がたった。
 そのやわらかな自然光線に浮かぶ時代の、コローやミレーの絵を思い出す風景と、テスを演じたナスターシャ・キンスキーの珠玉の美しさ可憐さ、そして官能的な彼女の顔を、こうしてじっくり見られる幸福な映画であり、テスを他の女優に置き換えることの不可能ささえ感じるポランスキーのもっとも愛される映画でもある。

 この時代としては、軽々しく口外しては異教徒的とそしりを受けるようなテスの神秘的な体験が興味深く、それは「夜、外で横になり星を見ていると、魂が星へ吸い込まれそうになります。わたしは魂を星へ飛ばすのです」というものだ。

 その幸福感をテスは物語の最後でも望むが、ストーンヘンジの石の上の空は厚く曇っていた。
 彼女はただひとり愛する夫に真顔で言う。「生まれ変わっても会えるかしら」。

 テスはダーバビル家の先祖の眠る墓の前で、「私もそこで眠りたい」という。
 それほどテスの人生は辛く疲労に満ちている。
 テスは信心深いのだが、むしろ明らかに真摯なるゆえの異教徒として生きる者の時代の苦難を体現していると言えようか。

 物語を辿り終えたぼくらは、テスがどうしてこのような不運な運命に翻弄されたのかを想う。階級の実体なき名誉、貧しさ、・・いや透けて見えるのはやはり、男性社会のエゴイズムに犠牲とされたすがたでもあるだろう。

 だが、ブレッソンの描いた「田舎司祭の日記」や「ジャンヌ・ダルク裁判」に共通する真摯な人間の水晶のような美しさは、ナスターシャ・キンスキーのテスによって、それは単なる悲劇ではなく。イエスの生涯が単なる悲劇ではないのと同じように。・・誰の一生にも、たとえどんなに短い一生でも、なんらかの奇蹟があるような思いがするものだ。

上映時間 171分  フランス/イギリス   公開 1980
監督: ロマン・ポランスキー
原作: トーマス・ハーディ
脚本: ジェラール・ブラッシュ ロマン・ポランスキー ジョン・ブラウンジョン
撮影: ギスラン・クロケ ジェフリー・アンスワース
音楽: フィリップ・サルド
出演: ナスターシャ・キンスキー ピーター・ファース リー・ローソン
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by past_light | 2007-03-02 02:44 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ナカムラ ユエ at 2007-03-05 14:09 x
ごぶさたしております。
数年前に、テレビの深夜枠でこの映画を観ました。
そのときわたしも、ヒロインの救われなさを非常に腹立たしく思いました。
いま観たら少しは違うからしら?
でも、そんな勇気はないなぁと思ったりもするのです。
Commented by past_light at 2007-03-05 17:32
ナカムラ ユエさん、しばらくです。
映画館で昔に観たときは、やつぱりあんまりだという気がしましたね。
それから、もう一度観るのはなかなか気が進みませんでしたが、
今回冷静に(笑)じっくり観ました。
それで、「救い」を捜していたのかも知れませんが、結果、それは現世的なものではありませんでしたが、この感想のようなものになったと想います。