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「山の郵便配達」 

 ■「山の郵便配達」 (原題)那山 那人 那狗 (あの山、あの人、あの犬)
          ・・・・・・・・・・・・タオの人

「山の郵便配達」 _b0019960_15291822.jpg
 映画がはじまると、そこに浮び上がる風景に驚きます。1980年代の初頭、中国・湖南省西部の山間地帯。
 話は20年ほど前の設定のようだけど、中国には山水画の世界が永遠にあり続けてくれるんじゃないかと、目に映る景色に少しホッとします。
 でもチャン・イーモウ監督の「あの子を探して」にも感じられるように、どんどん都市部では自由市場化などで、人の内面も日本みたいにある部分西洋化されているような感じも受けるけれど、この「山の郵便配達」を観ていると、中国には「道〜タオ」がやっぱり生きているような気がして、そのおどろく風景とともに、登場する人の素朴さにも、しみじみ憧れを感じました。

 しかし気をつけないといけないのは、国というかたちのなかに住む人間の印象を、大雑把に括れないのは、ほんとうはどこでもおなじことだろうということ。どこの国も、政府、政治家というのは、堅苦しい硬直した姿のイメージしか伝わってこないので、そんなニュースばかりで知る外の国々のイメージを、なんの抵抗もなく無意識に受け入れたり許しては、人間の本来柔らかいはずの心に、とても失礼で幼稚なことだと思わないといけない。
 映画の持つひとつの大きな魅力、力は、その映像で様々な国の普通の市民のこころ、日常、ドラマに出会えること。 どこの国にもおなじように、男と女がいて、父と母と子供と、恋人たちと、・・食べて寝て、泣いて笑って、・・そういった共有している行為、人の生活の共通点があるのだという、あたりまえのことを思い出す。 それは、いつかひょんな時に、ふと忘れているとしか思えないことが、どうにもまかりとおるような気がするから・・。

 この映画も家族の話。 足で歩いて運ぶしかない山岳地区の郵便配達、長年勤め上げた父と、後継ぎとなる息子と、賢い犬との、二泊三日の徒歩によるはじめての旅、これこそ究極のロードムービーといっていいだろう。
 斬新な演出やカットなどはないが、誠実にしっかりと画面に映し出されるふたりの険しい道のり。 危険もふくむ辛さも多い山岳の道なき道・・。 息子の背にする重く、そして大切な郵便物の入ったリュック。父が長年黙々と従事したその仕事。 以前、その父に同行した上司が「こんなに辛い道だとは知らなかった。あなたに申し訳ないことをした。」と悔いたという。 息子はそんな深い実感も、さほど知らず父の仕事の引き継ぎを引き受ける。「ぼくなら二日で充分だ」と出かける前には軽い気持ちだった。

 公務につきものの出世にも無頓着に、黙々と続けたタオの人を想わせる父親は、その仕事のアドバイスに、「愚痴は言うな」「良く足元を見て歩け」「辛いがやりがいのある仕事だ」・・と言う。 下の道にバスの通るのを見て「バスならもっと早くいける、どうしてどこでもぜんぶ歩くんだ」とつい漏らしてしまう息子。「道は歩くものだ」と言う父。 多くの人(含む私)は、ちよっと自らが恥ずかしくなり赤面するかもしれない。
 恥ずかしいと言えば、この父は崖から落ちて気絶していたのを村の人に救われたことがあり、その時のことを思い出して「恥ずかしかった」と言う。 ぼくにはそれは、いわゆる自意識とはちがう無邪気な『恥ずかしさ』を思わせた。この父親の表情にはいつもそんな『優しさ』が漂っている。

 ぼくら観客には、どこまで続くのかと感嘆してしまう深い緑の木々と山々が、父と息子を包み込んだり、背景にいつも広がっている。 辿り着く配達先の、辺鄙な村々に住む山里の人々との、短いが暖かく、しかし気持ちのよい-距離-を持った交流。それは、この辛い仕事の休憩地点でもあり、触れあい互いに湧き出る泉のようでもある。

 そしてその道中で、過去にはなかった親父と息子の心の距離が急速に近づいていく。いつも留守がちな父だから、どうしても息子にあった過去の知らないがゆえの誤解とわだかまり、それが溶けていく。
 またそれは父にしてもおなじことで、青年になった息子とゆっくりと語り、背負われて川を渡り、寝床を共にし、そんな初めての息子との密接な時間なのだ。長い年月を生きた彼の仕事と、家族との想い出に出逢うことでもあった。 それはぼくらに、この映画の持っている時間感覚、胸に岩清水のように静かに染み入ってくるような感動の、その緩やかさに見事に沿っていて、しあわせな気持ちにさせる。

 そして、 映画のラストにいたるところが、きりりと締まっていて、とてもいいです。
 この映画、東京では岩波ホールで上映されたそうだが、いつも満員になっていたそうで、ともかくスクリーンで観た人はさらに幸せですね。

 1999年作品 2001年4月公開 (93分) 瀟湘電影制片廠=北京電影制片廠=湖南省郵政局 共同制作
 (原作)ポン・ヂェンミン(監督)フォ・ジェンチイ(脚色)ス・ウ

2002年記述2004年10月一部訂正。
Tracked from ゴロゴロしあたー at 2005-01-30 20:31
タイトル : 山の郵便配達
隠れた名作。 って、そんなに隠れてないかな? 観る時の年齢や境遇によって感じ方が変わる、奥深い映画だと思います。 ストーリー自体は、どこにでもいるごく普通の親子のお話。 人里離れた山奥で地味に郵便配達をしている父と、そんな平凡すぎる父を見て育った息子。 文明の発達した現代において、ひたすら足を使って人々に郵便物を届け続ける父の仕事を継ぐことになる息子。 引継ぎを兼ねて父とともに山村をまわる道中繰り広げられるドラマ。 というか、ドラマというほどドラマチックなものでもない。 でもと...... more
Tracked from NOHO・x・2n-pe.. at 2005-01-31 11:21
タイトル : 映画 山の郵便配達
年末の深夜に放送されたものを昨日観た。 おおまかなあらすじは 長年郵便配達をして... more
Tracked from ちびっこ道場分室 at 2005-02-08 12:29
タイトル : 山の郵便配達
なんだかホンワカと幸せな気分になりました。 ストーリーは父親から息子に郵便配達の仕事受け継がれる事になり、初めて二人で配達の仕事をする。というシンプルなものです。でも、この配達の際に二人が話したり、思ったりする内容や山中を歩く風景がとても美しくて心が洗...... more
Tracked from big flag ~友人.. at 2005-02-13 00:53
タイトル : 山の郵便配達 ('99 中国)
監督・・・霍建起 (フォ・ジェンチイ) 出演・・・滕汝駿 (トン・ルゥジュン/息子)、 劉燁 (リィウ・イェ/父親)      趙秀麗 (ジャオ・シィウリ/母親)、 陳好 (チェン・ハオ/トン族の娘) 長年、郵便配達を勤めてきた父親が引退を決意し、引継ぎのため息子と最後の郵便配達に出る。 2泊3日の過酷な道のりを通して、親子の絆が描かれる。 「風景はひとの魂をゆさぶる力を持っている、ひとの感動は風景を身体に感じたことから 生まれてくることが多い。僕は『山の郵便配達』で大自然の協奏...... more
Tracked from 猫姫じゃ at 2005-07-23 15:51
タイトル : 山の郵便配達 今年の148本目
山の郵便配達   1999年中国金鶏賞(中国アカデミー賞)最優秀作品賞・最優秀主演男優賞を受賞。   お父さん役の トン・ルーチュン 、素晴らしかったです。この人でしょ?主演男優賞。 情報があまり無いので、わかりません。 もちろん、息子役の リ... more
Tracked from 茸茶の想い ∞ ~祇園精.. at 2005-09-10 19:36
タイトル : 映画「山の郵便配達」
POSTMEN IN THE MOUNTAINS  -3日で120キロを歩く- タイミングが合えば観たいと思ってた映画(9/10movieplus)。1980年代中国南部の山間部を舞台に2泊3日で郵便物を集配する、郵便配達人の父と息子、そして次男坊という名の愛犬のハートウォームな物語。この物語... more
Tracked from 万歳!映画パラダイス〜京.. at 2005-12-15 23:23
タイトル : 原点は「初恋のきた道」〜張芸謀賛歌
 チャン・ツィイーの写真を掲載したくて、また記事を書く羽目になった。2回連続だ。チャン・ツィイー関係のいろいろなブログをたどっていくうち、デビュー作「初恋のきた道」(チャン・イーモウ監督、2000年)のことが濃厚に思い出されてきた。あるブログで「初恋…」....... more
Tracked from 【 X-CAFE 】 at 2006-01-22 01:15
タイトル : 映画「山の郵便配達」
土曜の深夜にフジテレビでオンエアされているアニメ「蟲師」を観たことある? 原作のファンは多いけど、アニメ版「蟲師」も素晴らしい出来ですよ。 静かで、しっとりとした展開。美しい画面。山や生い茂る木々、湖や海、まだ人が自然とともに生きていた頃の話。村落を渡り歩く蟲師・ギンコが巡り会う人々との情緒あるエピソードが、なんともいいんだ、溶きほぐされるんだ。 大きな木箱を背負って山道を歩くギンコつながりで、映画「山の郵便配達」でございます。 いい映画です、これは。静かな静かな映画なんですけど、なにか大...... more
Tracked from 映画、言いたい放題! at 2007-10-08 14:06
タイトル : 山の郵便配達
アジア映画はあまり見ないのです。 出ている役者が必ず誰かに似ていて 誰だっけ?ってことが気になっちゃって。。。f(^^;) でも観てみると結構良い作品があったりするのですよね。 でも自分からは観ない。 これも人のオススメです。f(^^;) ビデオで鑑賞。 1980年初頭... more
Commented by acoyo at 2004-10-20 19:42
えっと、これについてはまた別の機会として、
台風、大丈夫ですかあ?
Commented by past_light at 2004-10-20 20:02
>えっと、これについてはまた別の機会として、
ということですから、レスも別の機会に(笑)。

台風はまだまだこれからですが、そつらはそろそろ過ぎ去った頃ですか。
次つぎと来る台風はウチの近くの公園のネコにとっても気の毒です。
Commented by peco* at 2005-01-31 11:27 x
TBありがとうございました。
すごく文章がしっかりされていらっしゃるのでちょっと迷いましたが
私の方からもTB返しさせていただきました。

地味ですがちょっとした場面で感動させられることの多い
映画館で観たかったと思わされる作品でしたね。
Commented by past_light at 2005-01-31 19:13
peco*さん、TBとコメント、ありがとうございます。
気軽にトラバが可能なのがいいですね。ブログって。

そうですね、地味でしたけど、時間の流れは自然で、映画のゆったりした感覚とがしみじみしていて感動も大袈裟でなくてステキでした。
年末にテレビでやったんですね。知らなかったなあ、年末に相応しい映画です。
Commented by bi_ka at 2005-01-31 23:48
こんばんは。ご挨拶が遅れてしまいましたが、TBありがとうございました!
とても書き込まれた文章で、読んでいると映画のゆったりとした美しい映像が浮かんで来ました。
河渡りで父を背負うエピソードが一番好きです(^^)
Commented by past_light at 2005-02-01 19:15
bi_kaさん、コメントありがとうございます。

あの広々とした風景は、観た後にもずっと網膜に残っている感じです。
川を渡るシーンのオヤジさんの表情もよかったですね。
Commented by ちびっこはるか at 2005-02-09 00:37 x
past_lightさん、TB & コメントありがとうございます。
この映画ホント素敵でしたね!淡々としたお話なのにとっても心に染み入りました。淡々としてるから余計いいのかな?
私はお父さんと次男坊に惚れましたね♪
Commented by past_light at 2005-02-10 01:30
ちびっこはるかさん、
T.Bありがとうございました。

心にしみる風景と人々、こちらも忘れられない旅をした感じですね。

お父さんの役者さんの表情も、次男坊の存在も心に残ります。
Commented by bigflag at 2005-02-13 01:10
はじまして、こんばんわ。TBさせて頂きました。
「あの子を探して」は、まだ見ていないのですが、ここのレビューを
読ませていただいて、見てみたくなりました。
(もちろん「山の郵便配達」の影響もありますが)
Commented by past_light at 2005-02-13 01:56
bigflagさん、トラバとコメントありがとうございました。
「あの子を探して」もここで紹介してますが、どうぞぜひ。
「初恋のきた道」も素敵な映画ですよ。チャン・ツイィーが少しふっくらしている時で、彼女にとっては貴重なメモリアルデビューの映像だとも思いますし。

今後ともよろしくお願いします。
by past_light | 2004-10-20 02:17 | ■主に映画の話題 | Trackback(9) | Comments(10)

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