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「バスキア」
 これは20数年ほど前にアメリカの美術界で発祥し、急速に世界に広がったムーブメント 「ニューペインティング」のなかのひとりの画家である「ジャン・ミッシェル・バスキア」 のいかにも現代的なスター誕生と短い生涯の話。

 「ニューペインティング」は日本に紹介された美術誌からぼくも関心を強く持ったひとりだった。
 とにかくも同時代の風を感じて、刺激的な久しぶりの美術の世界のムーブメントで、そのいわゆる感染者は多く、世界に広がった。
 しかしどちらかというと日本ではイラストの世界のほうが、その表面的なスタイルに影響された絵を描く人が多く出て来たような気がする。御多分にもれずというか、ぼくももともと、それ以前にあったアメリカの抽象表現主義に親近感と影響を受けていた一人だから、ペインティングする表現の中にあるEmotion(感情)の痕跡の生々しい「ニューペインティング」の作家たちに、自分も少なからず近いものを感じてもいた。だからバスキアの名も作品もよく知っていた。
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 映画では、その現代の街の無秩序とひどく呼応するような・・ストレスとエネルギー(そしてなかには病的な現代人の内部の空虚を感じさせるものも多い)のスタイルが生まれて、アメリカの画商の世界でもてはやされ高値がつけられていく様子が、バスキアをモデルとして面白く描かれている。

 面白いという点では共演者で、なんといってもデヴィド・ボウイがアンディ・ウォーホルをそっくりに演じているのが筆頭だが、ほかの配役も魅力的で、ウォーホルといつも同席する画商をデニス・ホッパー、バスキアのバイトの先輩電気技師(彫刻家)のウィレム・デフォー、鋭い質問をしてくるインタビュアーのクリストファー・ウォーケンなども短い出演ながら印象に残る。

 ぼくはそれ以上に関心があったのが監督をやった同時代の画家である「ジュリアン・シュナーベル」がいったいどんな映画を創るのか・・と言うことだった。
 しかしあっけないほどオーソドックスで、しかも映画のスタイルとしては新しいと感じさせるものは取り立ててなにもなかった。シュナーベルのつくる絵はバスキアより内面的な深みを感じさせる世界だったので意外な気もしたが、逆に言えば映画として破綻のない手法の中で完成度を保っているのは賞讃にも値することかもしれない。

 この時代の画家とロックミュージックは切り離せない兄弟の様なところがある。だからサウンドトラックは魅力的な歌がたくさん流れる。 ぼくは積極的に捜して聴くという縁はないが、気にかかるという中に「トム・ウェイツ」というミュージシャンがいて、彼の歌も流れる。その涸れて奥から絞り出されるようなブルースは聞き入らせる力を感じる。他にもよく聴いた「ダイアーストレイツ」のマーク・ノップラーの歌もあり、ローリングストーンズあり、もちろんデヴィッド・ボウイの歌も流れる。

 物語は・・、段ボールから這い出、街に落書きし、アトリエも持たなかったバスキアが、20歳前半で物凄いスピードで売れっ子アーティストになり、次第にヘロイン中毒に犯されて27歳という若さで死んでしまうまで・・。 有名な画廊オーナー(メアリー・ブーンなど)・画商などと次々出会っていく時間感覚も、また雲の上の様な存在だったアンディ・ウォーホルとの友人関係、絵のセッションなどの日々。
  ・・それらを観ていると、現場で、同時代に、同じアーティストとして自らも有名作家の頂点を経験したシュナーベルだからこそ、伝説とされ虚構に脚色されがちな彼ら自身の世界を、その真実の姿に近い内側からの・・アーティストたちの描写や、彼らの本来のラフな日常と関係を描けたとも言える点はあるだろうと思う。

 とくにこの映画で描かれたウォーホルは、ぼくにはたいへん興味深い情報を含んでもいた。
 神経質だが・・、自分の後から出てくる現代のアーティストに、まったくといっていいほど先入観を見せない、その柔軟で、広くとらわれのない子どものような態度は、伝説として言われる「商業主義的な作家に堕ちた天才アーティスト・・」なんていうイメージとはかなり隔たりがあった。
 映画のなかでバスキアと同時代の画家が「絵の解るやつは世界に20人しかいない。アンディはそのひとりだ」というようなことを言うが、まあ芸術家らしい独善的な発言でもあろうけど・・。逆に言えば・・彼らのなかの、ある種の正直な誠実な面を持つ言葉でもある。
 現代的な閃きと象徴を読み取ることのできるシャーマン--モダンな才能を大量に抱え過ぎたひとりの現代資本主義的な世界で浮遊する、やさしいピーターパン・・そんな風に生まれついた人間アンディ・・そんな感じがした。

 初めに段ボールから出てくるバスキアと、絵の描かれた一枚のカンバスとドル札の交差するNew Yorkを観ていると、ひとつ前世代の有名画家デ・クーニングの言葉が浮かぶ。

 われわれの不幸は「絵は一枚も売れないか、売れ過ぎるかのどちらかってことなんだ」。 
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by past_light | 2004-10-18 00:46 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(3)
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Commented by acoyo at 2004-10-18 10:45
バスキアは確かに「ウェルメイド」どまりでしたね。おっしゃるとおり、個性の強い俳優が脇で画面を締めた感じで、主役のおにいちゃんがきちんと芝居できたんですが、その分、破綻がなかった。弾けなかったというべきか。(個人的にはウェレム・デフォーが好きでしたが)

ウォーホールに関しては「I SHOT ANDY WARHOL」が、あまりに「痛い」映画として強く印象に残ってます。あの主役の女の子の情けなさも、鬱陶しさも哀しさも、どうにも身につまされて。
Commented by past_light at 2004-10-18 20:57
「I SHOT ANDY WARHOL」というのは、観てないんですよ。
ウォーホルには光と影がつきものですね。

ぼくの若い頃、彼の絵は一種のブームでもありましたが、
繰り返しや模倣ができないというか、すると陳腐な世界になるのがポップアートとしては正統ではありましたでしょうか。
Commented by お絵かきチャンピオン at 2010-07-24 11:50 x
始めまして僕はバスキアやかまちに出会って絵を描き始めました
よかったらホームページを宣伝しているんで
のぞいて見てください
http://www.takayuki-oekakichamp.com/
「お絵かきチャンピオン小林孝至」でも
検索できますよろしくお願いします
よかったらホームページにコメントも待ってます