「夜と霧」覚え書き〜我々はなぜ苦しむのか

 『「運命に感謝しています。だって、わたしをこんなにひどい目にあわせてくれたんですもの」 彼女はこのとおりにわたしに言った。』

 「夜と霧」において著者が語る特に印象的なエピソード。それは収容所で迫りくる自身の死を目前にしたある女性の言葉だ。

 『「以前、なに不自由なく暮らしていたとき、わたしはすっかり甘やかされて、精神がどうこうなんて、まじめに考えたことがありませんでした」 その彼女が、最後の数日、内面性をどんどん深めていったのだ。』

 そして著者は「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ」「苦悩と、そして死があってこそ人間という存在は初めて完全なものになるのだ」と語る。
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 これらの言葉は、極限的な環境で生き抜こうとした人のみが魂の底から生み出したものだろう。しかしまた、ぼくらは個人としてのどこかで、それを知っているような気がする。生温いとは自覚しながらも、やはりそこはそれなりにそれぞれ各自の苦しみが感じられている場所だろうだからだ。

 著者は「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」というドストエフスキーの言葉の意味するものを語る。

 死に逝くということが単に悲劇として語られ片付けられるなら、それは死者に対して、死に対して、ぼくらの不遜な態度のみが現れているのかもしれない。

 「わたしたちのなかのかなり良質な人たちでさえ、ふたたびまがりなりにもましな食事ができるときがくれば、と切望したのも無理はない。それはけして美食をしたいからではない。その時がくれば、食べることしか考えられないような、人間としての尊厳にふさわしくない状況がついに終るからだ。
 飢えた者の心のなかで起こっている、魂をすり減らす内面の葛藤や意志の戦い。これは、身を持って体験したことのない人の想像を超えている。」

「殴られることのなにが苦痛だと言って、殴られながら嘲られることだった。」


 戦争、弾圧のなかで、残酷な仕打ちや無惨というほかない死を迎える被害者としての人間。その加害者側の購いえない罪の意味はまた単純ではない。
 著者は、「悪」と「善」というグループ(たとえば国家)が存在するわけではないことをあえて言う。どのグループにも、おなじ状況の中で、通りすがりに思いやりのある言葉をかけることのできた人間と、ことあるごとに機会を見つけ、生まれながらのサディストというほかない残虐さを楽しむような人間とが入り混じっているのだと。
「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」

 「生きているていることにもうなんにも期待がもてない」 収容所のなかで聴こえるこの問いについて、著者はこう「夜と霧」の中で答えている。

 「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにかを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ・・・もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ」

 それは一般論としての、また観念としてのではなく、生きることが日々とことん具体的に各自に迫る問いであり、応えだと言う。

 そういう意味で、「夜と霧」がその全体で突きつけてくる問いは、また厳しい。
 それゆえにこそ「夜と霧」は、アウシュヴィッツに代表される人類の凄惨な歴史と記録を超えて、人が生きるという意味においての、その永遠の問いと応えのひとつとして、つよく普遍的なものなのだと感じられるのだ。

 『あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出しの土の上の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく出てこい、と急き立てた。太陽が沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。・・・わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、誰かが言った。「世界はどうしてこんなに美しいんだ ! 」』

 「木はこういうんです。わたしはここにいるよ、わたしは、ここに、いるよ、わたしは命、永遠の命だって・・・・」

(ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」新版 みすず書房 池田香代子 訳)

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Tracked from about ・ぶん at 2006-01-07 09:17
タイトル : 「世界ってどうしてこう美しいのだろう」
この言葉は、どういう状況での言葉と思われますか。多分、素晴しい大自然の中で、思わずつぶやく言葉?そういう場合はよくあるかもしれませんね。そういう所でつぶやかれた言葉なら、多分、そのまま聞き流しているでしょう。 この言葉がつぶやかれた状況を知った時、私は胸を突かれました。この言葉はナチスのあの悪名高い、非人道きわまりない収容所の中で、過酷な重労働にぼろぼろになって満足な食べ物も与えられず、貧弱な衣類をまとって、力なく横たわっていた人がつぶやいた言葉なのです。粗末な薄暗い部屋の中で。 横たわっ...... more
Commented by bs2005 at 2006-01-07 09:19
初めまして。TBさせて頂きました。とても読みごたえのあるブログですね。また、ちょくちょく来させてもらいます。リンクさせて頂きました。
Commented by past_light at 2006-01-07 19:19
bs2005さん、ありがとうございました。
こちらにもリンクさせていただいて、これらかもちょくちょく読ませていただきます。
よろしくお願いします。
by past_light | 2006-01-04 19:01 | ■Column Past Light | Trackback(1) | Comments(2)

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