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「夜と霧」を読むのはいつも冬

 「厳しい寒さになるでしょう」とか、「暑さが厳しいでしょう」
 というふうに、天気予報ではいう。

 ここ数日、ことに夜ともなれば、暖かい屋内から屋外へ出ると、たしかに厳しいと思う。
 人間も動物も、厳しい環境では生きていくだけでもたいへんだ。
 よく会う野良猫に、翌日あいも変わらずに元気に生きているのを見ると安堵感がある。公園で、夕刻からすっぽりと防寒具にくるまって野外で寝付く人を見ると、極寒の夜はどのようなものなのか想像ができない。

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 「夜と霧」という本を、最初に読んだ時も厳しい寒さが来る真冬のわずかに前だった。暮らしている状況もやっぱり何となく厳しかった。今でもあまり変わることはないのだけれど。それは比較の問題になっちゃうんだろう。

 そして今年もまた読んでいる。最初からではなくて開いた箇所から読んでしまうのだが。

 書かれている状況の厳しさ、感傷も怒りも憎しみも、そんなふつふつ、どろどろしたものがそぎ落とされたような、書き手の崇高とも思える冷静な描写。それがその厳しさをかえって際立たせている。
 リアルに伝えるというのはこういうことなのだろう。

 そしてそれ以上に、これが単に、ナチス、アウシュビッツの、その時代のその残酷や悲しみや悲惨や・・と、そういうことを伝えるために書かれたものではないということに、なにか驚きも感じる。
 それがせいでか、よけいに、この本は普遍的に語りかけてくるものなのだ。

 著者は、その人間として尊厳をすべて剥奪されたかのような状況の中で、生きる意味を失わずには居られないような極限状況の中で、うつろに生きる屍としての人間ではなく、外からけして誰も侵しえない精神の自由、尊厳。そしてわずかといえ見せる人のいる「内面的な勝利」。そこに自らもいながらにして着目する。
 「ガス室を発明した存在である人間。またそのガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在」その人間とはなにか。

 「大方の被収容者の心を悩ませていたのは、収容所を生きしのぐことができるか、という問いだった。生きしのげないのなら、この苦しみに意味がない。というわけだ。
 しかし、わたしの心をさいなんでいたのは、これとは逆の問いだった。すなわち、私たちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか。という問いだ。」

「だが、涙を恥じることはない。この涙は、苦しむ勇気をもっていることの証しだからだ。しかしこのことをわかっている人はごく少なく、号泣したことがあると折にふれて告白するとき、人は決まってばつが悪そうなのだ。
 たとえば、あるときわたしがひとりの仲間に、なぜあなたの飢餓浮腫は消えたのでしょうね。とたずねると、仲間はおどけて打ち明けた。
 『そのことで涙が涸れるほど泣いたからですよ・・・』」

(ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」新版 みすず書房 池田香代子 訳)
Tracked from らはいむ at 2005-12-19 01:02
タイトル : おかんのロゴス
おかんは基本的に、あまり本を読まない。 何でも、字を読んだり書いたりすると頭が痛くなるらしく。 正直、おかんの頭の中にロゴスをあまり感じない。たぶん、ない。 そんなおかんが諳んじている詩がある。 「おかん、誰の詩?」 「知らん。」 遠い昔に誰かから教えてもらったのだそう。 雪の夜 人はのぞみを喪っても生きつづけてゆくのだ。 見えない地図のどこかに あるひはまた遠い歳月のかなたに ほの紅い蕾を夢想して 凍てつく風の中に手をさしのべてゐる。 ...... more
Commented by ナカムラ ユエ at 2005-12-19 00:25 x
初めまして。ナカムラと申します。
私もいま『夜と霧』を読んでいます。前回、読んだときは映画「ショアー」を観た直後だったので、さまざまな断片的な記憶がぐるぐると頭の中を駆け巡って、どれが私の記憶でどれがユダヤ人たちの記憶なのかわからなくなるような状態に陥り、断念してしまいました。そういうことはよくあることではないので、恐怖体験として記憶しています。
とりとめのないコメントで申し訳ありませんでした。
Commented by ruthk at 2005-12-19 01:03
こんばんは。
寒い夜に、ふと、母が昔から何度か口にする詩を思い出していました。
適当に聞き流していたんですが・・・。

past_lightさんの記事を読んで、
この詩が、どんな背景を持つのか、ちょっと調べてみました。

そして私も、寒い夜に「夜と霧」を
きちんと読んでみようと思い、TBさせていただきました。
Commented by past_light at 2005-12-19 18:52
ナカムラ ユエさん、コメントありがとうございます。

「ショアー」という映画は観ていないのですが、収容所内の話は今までも何度か映画・ドラマになっておりますが、いつもかなり緊張して観ますね。
なぜか人ごとにならなくなっていくような感じは、誰しも体験しているのかも知れませんね。
どこか、人類の記憶の底の方に沈殿しているような恐怖なのかも知れません。
Commented by past_light at 2005-12-19 18:59
ruthkさん、TBもいただいてありがとうございます。

おかあさまのはなし、なんとなく情景が浮かんでくるんですがなんだかとても魅力的な「おかん」さんみたいですね。

その詩は「きけわだつみの・・」のなかにあるのですか、ぼくも読んでいないので、いつか読んでみます。
「夜と霧」には深く印象に残るエピソードや人のことが出ていますが、
ある作家さんが言ってましたけれど、「生きる気力、勇気を奮い起こさせてくれる」というようなこと。
そんな反応が著者も喜んでくれるものなのかもと思いました。
by past_light | 2005-12-18 02:13 | ■コラム-Past Light | Trackback(1) | Comments(4)

過去と現在、記憶のコラム。

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