チャン・イーモウの「あの子を探して」

 「人生万事塞翁が馬っていうんですか、そういう言葉があります」(チャン・イーモウ)

  チャン・イーモウ(張芸謀)監督は、ちゃんといいもんつくる監督というわけで、話題の人です。
 これを書いてる頃、レンタルビデオ「あの子を探して」と「初恋のきた道」は、いつ店を覗いても全部貸し出し中。なかなか観れないでいた。 そしてやっと「あの子を探して」が一本あって、この機会を逃すとまたいつ見れるかわらないので借りて来て観た。

 中国映画というと注目の作品が最近は多い。
 チャン・イーモウ監督の名を知らないもう10年以上前だろうか、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の映画に「黄色い大地」という映画があり、その大陸的なスケールの映像と繊細な悲しみとの両立した映画は、中国映画が話題になりはじめた頃だが、その中でもとても感動した映画のひとつだ。 その撮影カメラを担当していたのがチャン・イーモウ監督だったそうだ。

  チャン・イーモウ監督の映画は、名前を覚える以前からけっこう観ていることに気づいた。
  「菊豆」「赤いコーリャン」「紅夢」「秋菊の物語」はみんなビデオやTVで観ている。主演の女優コン・リー(鞏俐)は、監督と公私共にカップルだった時期があるそうで、ふたりは共にその映画によって世界的にも有名になった。

 コン・リーは中国の百恵ちゃん・・などと言われた時期があるそうだが、映画での最初の印象は、かなり美人で、官能的女性という役柄もこなせる女優という感じだったが、年齢とともに、たくましき女優に特徴とされるような男性的な精神さえますます感じさせる人になった。それは「秋菊の物語」という映画の中の女性としても、役柄としても同時に表れて来ているようだし、「活きる」という映画もその点からも興味をそそられる。

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さて「あの子を探して」は、チャン・イーモウ監督が、そのコン・リーとのコンビに終りを告げ、新しい方向を感じさせる映画なのかもしれない。 ユーモアのある話運びと、ドキュメンタリー的な演出方法との見事コラボレーションな感動を生み出している。

  出演者はすべて素人。村の村長もTVアナウンサーも自分を演じる。子供たちは何万人のオーデションの中から選ばれたとはいえ、別にものすごい才能を買われたというような選択ではないことは見れば誰にもわかるだろう。

 監督のインタビューをネットで見つけて読んだ中で面白いのは、中国も最近はTVの影響が無視できないようで、役の彼らに脚本を見せないという方法をとったそうだ。

 「・・リラックスして普段と同じようにふるまう演技をしてもらうのは大変でした。私達はまったくこのストーリーと同じように順番に撮影して行きました。1日目に起った事は1日目に撮り、次の日に何を撮るか教えませんでした。脚本を見せませんでした。見せなかったは、テレビの演技のまねをするのを恐れたからです。」

  「・・まずカメラにフィルムを入れずに置いておきました。村の人々は最初、取り囲んでみていましたが、二週間ほどすると飽きて人だかりがなくなりました。そのときを待っていたんです」「中国人は、最近ますます大衆文化、特にテレビの影響を受けている。脚本を渡したら、きっとその役をどのように演じるべきかを問い考える。そして、唯一のお手本となるのはテレビで見たもの。彼らがその真似をしたら、引き出そうとした自然な表情が失われてしまう」と言っている。
 イラン映画も素人の自然な表情を引き出すのがうまいけれど「あの子を探して」もびっくりするほど。

  僭越なハナシだけど、ぼくが昔8ミリ映画を撮った時にヒロインをやってもらった女の子も(もちろん素人)、一週間に一度のロケに出てくると、自分なりに役を作ろうとしていたのがうかがえた。
 それは、やはり堅く不自然で面白みのないものだった。それでなんとか肩の力を抜いてもらおうと苦労したけど、なかなかむずかしかった。
 そこで「カット!」の切れ目を無くし、笑って欲しい場面ではホントに可笑しくなって笑い出すまでカメラを回し続けた。
  そんなフィルムの中には、ふくれっつらで怒る表情を撮ったシーンも、彼女が吹き出して笑うところまで撮ってあり、それがとてもいい表情なのでそのままつないだ。できるかぎり故意の役作りを削り取ったそのナチュラルな彼女の表情で、なんとかフィルムの中のヒロインは自然の天候の変化のように生きたものになったと思う。

 「あの子」を探すミンジ役である13歳の魏敏芝(ウェイ・ミンジ)を演じる少女は、まさに天然の花の開花 !。
 彼女にしても探され厳選されて主役に抜擢されたわけだが、時にスクリーンに特別輝くような魅力を放ち登場する、というようなヒロインの登場とはみごと異質に、なのだけど・・、彼女はこの映画を観終わった人に忘れられない印象を残すだろう。それはもちろん探される方のホエクー少年の独特な表情、他の生徒達ものことだ。

 「泣き笑い」というと日本的だが、笑ったり微笑んでいる隙間に、突如として涙が頬を伝う経験をする人が多いだろう。 その涙も、この映画を良識的にというか(正常に?)・・ちょっといじわるに観賞する人も、やはり拒絶できないのではないかと思う。

 そしてアナウンサーに「どうしてホエクー君を連れ戻したかったの?」と、問われたカメラの前で見せる、村の臨時代用教員であるミンジの、その答えを探す表情に映画の主題が凝縮されていたと思われる。

 登場した時からミンジは寡黙だが、その一途に直進する性格で、不可能を図らずも可能にしてきた。神の加護に包まれながらのようにだ。
 監督が撮り直しのできないシーンとしていたテレビカメラの前で、アナウンサーのいくつもの質問のなかから「どうして学校にいけない子供がいると思いますか」という問いに、「お金がないから」と初めて答えるところに、中国の田舎の現状と、そこに住む彼女たちに切実な心の声が聴こえる。 そしてホエクーを探し回る最初の動機は、今は問題ではなかったことがわかる。

  めでたいハッピーエンドに終わるまでの途上、村に帰る車中でも撮影されるふたり。 アナウンサーに「都会でなにが思い出になったか」と問われるホエクー少年が、「食べ物を恵んでもらったことは忘れない」と答えるのも、映画の中で彼らを見守った観客に説得力を持つ深い印象を残す。

  興味深いのは、登場する中国の大人たちのほとんどが、とてもドライなことである。 いやミンジにしても、最初だけホクエー探しに協力してくれる少女にしてももっぱらドライである。 しかしけしてずるい狡猾なドライさではなく当然とも感じさせるのは、それが中国の近代化されていく大きな現実を生き抜くためだろうというのが伝わって来るからである。そういう必然的な生活感のあるドライさ、とでも言えるものだ。

 この映画で、山間部に学校のある地域、甘粛省というのは、中国でももっとも貧しい地域のひとつらしい。

 「この作品は、今の中国で都市部と僻村と経済的に格差があまりにある事を、風刺しているのでしょうか」という問いに、チャン・イーモウ監督はこう答えている。「複雑な事を考えて私はこの作品をつくったわけではありません。けれども今の中国の都会では、商業主義がはびこって、たぶん人々の心の中で忘れがちになっているのは、素朴な愛だと思います。今の中国で当たり前に起るであろう事を描いたつもりです」

 そういう話はまた置いておいて・・。ぼくは、TVカメラの前のミンジを見ていて、突如としての込み上げる泣き笑い・・とまらない涙が自分としてもショックでした。(笑)

  ◇後日談として、映画を観た方には面白いだろう監督の話です。(これから観る人は後で読んだほうがいい)
 「彼女が子供を捜しに行くという設定ですので、一緒に町に撮影に行きますよね。私たちは、撮影のとき以外は、彼女を一切町に出しませんでした。というのは、都会に対する恐怖心みたいなものを残したかったから。だいたい25日間くらいそこにいたのですが、撮影のとき以外は外に出さなかったんです。テレビ局での撮影のときも、まず彼女を外の車で待たせておいて、スタジオ内の準備が全部できてから彼女を呼びました。アナウンサーは、彼女に答えられようもないような質問をするわけですが、私はミンジーに「いろいろ質問されるけれど、必ず答えなければいけない」とそういうふうに言っておきます。彼女は一生懸命答えなければならないんですけど、答えられないんです。これは中国の観客が見ると、とても面白かったと思います。テレビ局のある一面を風刺しているといいますか、そういう場面になったと思います。その後の彼女が泣いて喋り出すシーンは、とてもうまくいきました。ただ、彼女はあの時点ではメディアだとかテレビだとかという考えはなくて、何もわからない状態であったと思います」

 「彼女が泣くシーンですけど、彼女がホエクーのことを思って涙を流すはずはないんです。というのは、あの2人は実生活でしょっちゅうケンカばっかりしていたからです。ホエクーは幼く見えますが、実際は彼女より1歳年上です。ですから、彼女のことは絶対先生なんて言わないし、いつもいじめてバカにしていたんです。だから、ミンジーにいくらホエクーのことを思えと言っても泣くはずがない。でも、どうしてもあそこで『ホエクー』って言って泣いてもらわなければならない。で、何をしたかと言いますと、耳元でこっそり囁きました。お父さんやお母さん、お姉さん、妹のことですね。彼女の家はひじょうに貧しいのです。ですから、そういうお家の状況を思い出して泣いてもらったのです」

  「子供たちとのエピソードは言い出したらキリがないのですけど、今回は私にとってもいい思い出になりました。私は自分の心が清められたように感じましたし、大きな経験を積んだなと思いました。 」
                        (2002.5.17 )

「 あの子を探して」
チャン・イーモウ (張芸謀)監督   1999年アメリカ・中国合作 106分
'99年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞
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Commented by acoyo at 2004-09-28 02:33
ありゃいい映画です。私は感想文途中で放ったまま、まだメモの段階なんですが、ありゃいい映画です。
Commented by past_light at 2004-09-29 01:41
いい映画です。そのうちT.Bしてくれるか、楽しみにしてます(笑)。
by past_light | 2004-09-28 02:01 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(2)

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