"不在"の悲しみと美--「東京日和」

 1997年の映画。竹中直人の監督処女作「無能の人」を観た時は、予想を超えた彼の映画センスと才能に驚いたし、映画はたいへん面白かった。3作目の「東京日和」が、時々行く図書館のビデオコーナーにあった。最近はこうして消極的なかたちで見逃したりしている映画に出逢うことが多い。

 この映画の原作となる本は(「東京日和」荒木陽子+経惟-筑摩書房刊)。今は亡き荒木陽子さんと夫の写真家・荒木経惟氏共著によるフォトエッセー。
 竹中直人は書店でこの本に出逢い、目頭を熱くしたひとりだという。それはまったくぼくも同じ経験があり、アラーキーの写真集は買ったことがないけれど、書店で立ち見した、この亡き妻との写真の記録や、彼の飼っている猫とベランダの風景なども加えて、こちらの網膜とハートの記憶に残る写真だ。

 映画は、モデルとした二人の実像からは距離を置き、架空の夫婦の記録として観るように望まれているように思う。それでも、どうしても有名なふたりのせいか、そこにしっくりいかない観客もいるかもしれない。
 しかしモデルの一人である荒木経惟は「かえって僕自身のドキュメンタリーになった。夫婦では語り得なかったことを映画は語っている」と言ったという。
とすればなおさらに、ぼくはこの映画の主人公である写真家(島津)の心の軌跡に胸の熱くなる思いだ。
 人は、表面には充分には表すことのできないほどの、実は相手に対しての感情を持っているのかもしれない。

 映画の中の陽子を演じる中山美穂には、最初からいつか消えていくあやうい存在としての透明感がみごとに漂っている。観客の視線は映画の最初から悲しみの予感と、儚いが故に持つような美しさを彼女に投影しがちだが、その助けなくしても中山美穂は、彼女の持つシルエットと表情で、これ以上を求められないほどの適役に感じられる。
 この映画の陽子はもうすでに記憶のなかの亡き妻のように、不在ゆえの悲しみと美に染められているのだ。劇中の日常のなかでも陽子はフッと居なくなってしまうことがたびたびある。彼女には不可解な奇行も観られる。その危うさも夫婦の絆のひとつの理由でさえあるかのように感じられる。問いつめれば関係が壊れていくような・・個としての人の孤独に対するなんともしがたい故の思いやりがある。

 結婚記念日、新婚旅行で行った柳川で遊ぶふたりのエピソードの中にも強く感じられるものは、前述した夫(島津)の伝えきれない陽子への思いである。ふたりが旅の散歩の途中、気まぐれのように散髪する島津が、ちょっと待たせ過ぎた陽子の見えない姿を捜すシーンでも、それは溢れるように描かれる。
 小舟で疲れて眠る陽子の寝姿には、彼でなくとも観る者の胸に込み上げる思いがあるだろう。
 街角で妻の一人で歩く姿に出会い、島津は「結婚してから初めて、ひとりで歩く陽子を見た。考えてみれば、陽子は私がいなくても、ひとりで生きていけるのだ」とその時改めて発見したように思う。

 島津は妻に、「そんなに見ないで」と言われ、「うん、見ないようにする」と答えることがある。

 この映画は女性に理想的な夫婦像のようにも受け取られている話も聞いた。どういう理想かは別にして、実は相手の孤独と自分の孤独の混じり得ない運命(そんな題名の本が劇中も登場する)・・そんな一線を、二人の男女が共に抱えながら、その内にある思いを十分に伝えきれないままに・・、なお共に生活し探究される夫婦の関係というものに、もしかしたらある形の美があるのかもしれない。それはまた・・終わり得ない恋愛に等しく映るかも知れない。

 映画は曖昧ながら回想的な語り方がされる。
 彼女がまだ生前、島津が友人を呼んだパーティの夜、陽子はその中の一人の名前をなぜか間違ったまま何度も呼ぶので、つい友人のひとりが訂正したことが彼女を傷つけてしまい、「どうして、早く教えてくれなかったの」と島津に執拗に怒る。
島津は妻が不在となった日々のなか、ふと立ったキッチンに貼ってあるガスの注意書きに目が止まる。
 その工事者の印にある名前は、彼女が友人の一人を間違って呼んでいた名前だ。
 「・・無意識にこびりついたことって、あるんだよね・・」と、その日まさに来客であるその友人の前で、島津は激しく嗚咽してしまう。

 ラストシーンで、最高の日をはしゃぎながら笑いあう電車のなかの二人の声は、坂本龍一がオーケストレーションしたエモーショナルな美しい曲で覆い隠される。
 不在ということは甦る過去の悲しみと美だ。

 映画にはたくさんの友情出演のような贅沢な配役が楽しめる。意外な人も意外な役で何人も出ているので、お楽しみあれだ。アラーキーは、ラストのプラットホームで過去を、陽子を見つめるように登場する。
しかし、ものすごく可愛い顔で・・・・。(2001.7.28) 
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by past_light | 2004-09-22 18:21 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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