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デヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」
 この映画の話の前に、デヴィッド・リンチという、ぼくの中でもなにか輪郭のはっきりしない、この作家の印象がいまだにあるのが、とても面白い現象だと思うので、ちょっと過去の作品から話を進めてみたい。

 デヴィッド・リンチの作品に、ぼくがまず出逢ったのは、日本でのデビュー公開となる「エレファントマン」を劇場で、ということになる。
 モノクロの重たい陰影の中での、モダンとクラシックの交差する独特な印象だった。 この映画の前にあたる「イレーザー ヘッド」という不気味な、気持ち悪さの支配する悪夢のような映画が、それを知っている人には、つぎのこの「エレファント マン」に対して、ヒューマンドラマと言っていいようなその内容にも、モダンホラーのようだと疑惑と不信を買ったようなところがあった。

 「イレーザー ヘッド」はビデオで後に観た。それはカルトと呼ばれた頃の、もう一度見たいとは思わないような悪夢・・と表現できるようなものだったが、暗黒怪奇性爆裂で、彼が一度は作りたかったというものなのかもしれない。

 「エレファント マン」には、主人公の生誕ながらの波乱と迫害、そしてついに繊細な善と愛に出逢う、その言いがたき生涯の物語を、崇高な宇宙的空間へと、ある意味では宗教的な次元へと、主人公の魂を羽ばたかせたような、そんなところに、ちゃんと監督の物語への愛情を感じさせた。
 それにデヴィッド・リンチだからこそ、映像として直視できる多くの観客を持ったような気が、今のこの時になるとよけいに感じることがある。

  その後は、有名になった人だから、いろいろ賛否を聞くのは御承知かもしれない。ぼくは、けっこう好きな方なので、悪評高い「デューン・砂の惑星」も封切りで観て、まずその美術センスにけっこうハマった。 原作を知っている人は怒ってもいたようだが、それを知らないぼくは、後半のダイジェスト版のような話の進行にも、それなりに楽しんだ。続編につながりそうな終り方だったが、それは作られなかった。しかしスターウォーズよりおもしろく広がるような気がしたものだ。

 美術というと、この人はもともと絵も描く人で、映画と呼応するなかなか素敵な絵も美術誌で見た。 「ブルーベルベット」も封切りで見たので、やっぱりぼくは好きなんだろう。スクリーンで観たこれは、その迷路のような話といい、同じくのちの「ツイン ピークス」につながる変態的ムード、そしてその映像がぞくぞくさせて、十分当時は過大評価した覚えがある(笑)。
 カンヌでグランプリという「ワイルド・アット・ハート 」も、わけのわからないテンションの高さと、あっけらかんとした無邪気さのぶちまけ方に、当方はちゃんとノレた。 こういうバカにしようと思えばできそうな映画をつくるセンスに気持ちがよかった。

  それから、ひさしぶりに観たデヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」だ。 これは安心して誰にでも薦められる(笑)。 未見の「マルホランド・ドライブ」というのも、どうやらまた迷路のようですからね。
 そういえば、 デヴィッド・リンチだってこちらと同じく年齢を重ねているわけだ。 老人が主人公で、静かに胸に染みてくる映画を作ったっておかしくはない。だけど、やっぱりどこかリンチ臭いから安心。
 冒頭のたぶんクレーン撮影での描写は確かにデヴィッド・リンチだし、その近づくカメラに映る家の、カーテン越しの窓の向こうから「ドサッ」と聴こえる音が、意味深で期待させるのもそうだ。まあ実は、それはそんなに深い意味とも言えないという演出のようなので、遊びだと思う程度でいいだろう。ちゃんとすぐに種明しがあるからなあ。でもファンはそこを深読みしたくなるんだ・・というマニアな視線に応えているのかなあ。やっぱりでも、はっきりしないや(笑)。

  主演のリチャード・ファーンズワースという人、ぼくはどこかで見た人だと思いつつ・・あとで思い出した(映画・赤毛のアンのマシューだ)。 いつも困ったような味のある表情をしたこの俳優の、その老境における最後の作品になった。彼は「自分のための映画」と満足したと言う。

 実在し新聞などで紹介された実話がモチーフ。七十三歳のアルヴィン・ストレイトは、長く喧嘩別れしていた兄が倒れたことを知って、周囲は呆れたり冗談だと思っている間に着々と旅支度をはじめる。
 ついに、歩く程度の速度というほかないトラクターで、6週間をかけての兄との和解をはたすための旅にでる。 自転車も追い越す速度だから、トラクターから360度オープンに見える景色が、音楽とともに心地よすぎるぐらいで、映画を観る方は、旅する彼の肉体の実際の辛さを忘れてしまいそうだ。

 ゆっくりとした単調そうに見える旅の中で、縁ができて出逢う人々との語らいから、ストレイトの過去も、そのナチュラルに生きた生活のリズムさえ滲み出て来て、なんとも言いがたい思いにさせられる。

 同年代の老人と出逢った時の、戦争中の経験を語る場面も年齢の重さならではだが、若者たちとの夜の野外の食事で、「歳をとって良かったと思うことは」と質問され、「細かいことは気にならなくなる」といい、そして「じゃあ、嫌なことは」と聴かれて、「若いころを覚えていることだ」と言う。するとみんながシーンとなるのがいい。
  「若いころを覚えていることだ」・・彼らはともかく、ぼくはあんまり響いてきそうなんで、ゾッとしたよ(笑)。

 ようやく長い片道の旅の終りがくる。 兄との再会の言葉少ないシーンは、静かで、そしてこちらにも胸に込みあげる思いがある。
  玄関先に停められた、疲れ果てたようなトラクターを見て、「あれに乗って会いに来たのか?」と言う兄の胸の内に生じた熱い感情が、こちらにも押し寄せてくるのだ。

 ふたりが見る美しい夕暮れの空、スクリーンに映る空の場面は上昇し、そして星の中に入る・・、それは奇しくも「エレファント マン」に通ずる普遍的な魂の円環を思わせる。(1999年・アメリカ) (2002.6記述 2004.9ちょっと修正)
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by past_light | 2004-09-22 02:10 | ■主に映画の話題 | Trackback(5) | Comments(4)
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Commented by acoyo at 2004-09-22 09:50
リンチは書きにくいです。何度も書こうとして諦めてます。好き、すぎるからかな。
past lightさんとは違う、と書いたのは、違うだろうというのと、同じようでもやっぱ人が違うと好き方もどこかっつうことです。
でも、そうですね、私も人に訊かれたとき、「ストレイト・ストーリー」と答えます。あれを撮ってくれて、ほんとによかったと思います(笑)。
でも、あのおじいちゃんのかわゆい意固地さに、どこかクーパーさんを思い出すのは私だけ?
Commented by past_light at 2004-09-22 18:13
好きすぎて、というのはわかります。
ぼくはフェリーニが、ちょっとその部類です。
実はたくさんだ・・(笑)。
Commented by ベル at 2005-12-04 18:59 x
はじめまして。
私は分かりやすいこの映画よりも、難解ではありましたが「マルホランド・ドライブ」のほうが心に残りました。
もし観ていらっしゃらないようでして、リンチ作品がお好きでしたらご覧ください。
TBさせていただきました。
Commented by past_light at 2005-12-05 01:05
>ベルさん、はじめまして。
トラバありがとうございます。
「マルホランド・ドライブ」はまだ未見です。
ほとんど前知識がなくて観ることになると思います。
リンチの迷路は大好きですよ。ぜひ観たいですね。
「ストレイト・・」はそうとうわかりやすい部類ですが、
多分年齢とともに、味わいもちよっと違って感じられる映画でもあります。
ありがとうございました。