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「往生の物語」~「野火」
 世の中連休ですが、海外に行く人も激減しているというわけじゃないし、バカンスも経済状態と同じく両極化しているかもしれない。
 その一方のせこい?遊びのひとつといえば、今はぜんぜん縁がなくなったが、パチンコ。20代のころは、ぼくもちょっとはやった。
 今たまにテレビ画面で見る最新型のパチンコ台の騒々しさはすごいが、あれも好きな人にとってはイージーリスニング程度なんだろう。その騒音が快感アイテムのひとつだろうということは想像できる。
 しかし、ただでさえパチンコ店の中は、そこに勤める人が難聴になるのは間違いないと思われるが、・・そんな話をしようとしたわけじゃなかった。

 神田にあった場所柄、客には学生も多い、そのちょっと大きなパチンコ屋さんには、景品のなかに書籍があった。今ではなんでもありそうだが、その頃は「景品に文化」はそこだけだったと思う。なんだかんだの神田だからだろう。
 古本屋街を歩きに来て神田にくれば、時々そこに寄った。使うお金は可愛いもので、千円も使うとゾッとしたものだ。

 ある日、ちょっぴり勝って時間もないから交換に行った。文庫の棚を眺めて二冊の本を加えた。「O嬢の物語」と「チャタレイ夫人の恋人」。
 カウンターで交換嬢を勤めるひとりの女が受け取り、隣の同僚に「ふん、ほら」と軽蔑するかのように見せてから袋に入れた。

 「おい、これは有名な文学だぞ、アウトサイダー文学の元祖的なD.H.ロレンスのチャタレイ夫人は、ヘンリー・ミラーが、ぜひ読むべき書物に入れているし、O嬢だって・・」などと、彼女にぼくは抗議したわけではないが、さぞかしスケベな野郎だと思ったんだろう。
 しかし本屋で買わないでいたのは、なにかぼくにも裏の心理があるのかもしれないからスケベを自認する方がいいと深層心理で思っていたのが真相かもしれない。(くどい洒落です^-^;)

 「チャタレイ夫人の恋人」は素晴らしい本だった。ぼくは赤い棒線をところどころに引いては、その箇所を繰り返して読みもした。「O嬢・・」の方は途中で放棄して往生してしまったが、それはたぶん、D.H. ロレンスの他の本を続けて読みはじめたからだと思う。

 今は付き合いのない年下の友人だが、感情的に美しいものに対してなかなか敏感な反応をした。人のことは言えないが、知識的なことには疎いところがあったけれど、美を感知する能力は無意識にも持ち合わせているように見えた。 いっとき宗教的感情にも溺れた。美しいものには、ある時は愚直に感じるほど素直に見えた。 会わなくなってしばらくして、共通の女性の友人のひとりが、名前を出すのもいやがるほど彼を嫌っていることがわかった。 はっきりした理由は聞かなかったが、おそらく、ひどく失敬な態度や言動を彼女にしたのだろうと想像した。そういう話は他でも耳にしたことがあったからだ。 つまり簡単にいえば、特に女性に対してかなり我がままで、常識を欠いたことを言ったりするところがあったのだろう。 彼は無意識すぎたのかもしれない。
 ほんとうの毒に対して免役のない人は多いと思う。美に限らず、酔うだけでは危ないのだろう。宗教に関してはそんな大きな事件もあった。いわゆる頭のいいエリートたちが多かった。
  ウイルスにはワクチンというものがある。お母さん方が眉をしかめそうな、ある意味では世界の闇も、意識に注入することが必要なこともあるような気もする。

b0019960_19283861.jpg  録画溜め在庫ビデオのなかから、見ていない市川昆監督の「野火」を観た。

  「戦時下の極限状況での人間性と神の問題を描いた、大岡昇平の同名小説の映画化。船越英二の鬼気迫る演技が絶賛された。第二次世界大戦末期のフィリピン戦線レイテ島。日本軍は山中に追い込まれ、飢えと疲労で極限状態にあった。田村一等兵(船越)は病気を理由に軍隊から追い出され野戦病院に行くが、ここでも追い払われ、敗走する仲間の群れに入る。飢餓に苦しむ彼らは“猿”と称して、味方の兵士を殺し、その肉を食べていた・・・。」という1959年のモノクロームの映画。

 あらすじを読めばおどろおどろしく聞こえるが、ひどくグロテスクな場面は描いていない。しかし、飢えでもうろうと歩き、爆撃で虫けらのように死んで行く兵隊達の姿は、もう動物以下の、人としての尊厳を剥奪された姿だ。 その大地に散らばったたくさんの屍の泥沼の世界の上を、辛うじて命が残って歩く兵士たちの亡霊のような足取り。人間であるという最低限の存在感さえ希薄で死んだかのようだ。

  日本の今の首相は、戦争の一面だけをより強く見ていないだろうかと、ふと思う。 特攻隊の話の映画は子供の時ぼくも観たことがあった。誤解を恐れずいえば、子供心にも精神的な美が感じられた。綺麗すぎる。
 彼は「野火」を観るべきだと思う。これも多くの死んだ人や生き残った人の味わった、戦争のなかで起きる人間の尊厳剥奪されたリアルな姿だからだ。

 映画の主人公は、野火の煙りを見て「普通の生活をしている人に会いたい、そこへ行きたいと思ったのです」と煙りの方へ歩いて行く。
。(2002.5記述 2004.9修正・加筆)

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by past_light | 2004-09-18 18:29 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(3)
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Commented by acoyo at 2004-09-18 19:37
「O嬢の物語」は、高校の頃、秀才で美人でなおかつもてるタイプの女の子がよく読んでました。見習おうと思って読みました。……肉体的に虐めるのより、精神的に虐める方が楽しいのにと思いました。
市川昆は、とてもスタイリッシュな監督、というイメージなんですが、今度、「野火」探して見ます。
Commented by past_light at 2004-09-19 21:23
市川昆は、憧れる監督です。
多作で、しかも映像が透明感あり、センスがよく・・ずっと撮り続ける。繊細だけどタフで長もち。
Commented by acoyo at 2004-09-19 22:42
かくありたい、というところですね(藁)。