矢野顕子--愛と感受性による伝達の道

 ■坂本龍一というひとは、YMO(日本のテクノミュージック・ポップの元祖的存在)から、よく聴いた世代だから彼のその後の活躍振りも注目していた。 映画「戦場のメリークリスマス」では、新しい局面を開いて素晴らしいサウンドトラックを作ったし、役者としてもたけしと出演し、その表現主義的にも感じられるメイキャップで確かな印象を見せてくれた。
 その後、ベルトリッチの「ラストエンペラー」にも出たことがあったし、そのサウンドトラックも、また素晴らしかった。
 ・・いつか気がつくと矢野顕子と結婚していて、矢野は再婚になるのだけど・・そんなことはどうでもいいか。・・その後、互いに自分のペースでいい仕事を続けているようだ。

b0019960_19102919.jpg 矢野顕子にはデビューからいち早く、その才能、独創的なアレンジと歌いっぷりに魅了された、ぼくはそのひとりである。 サンプル版のアルバムとか、シングルをその頃勤めていた仕事の請負先のひとつであるレコード会社から頂いて、発売前からよく聴いた。
 ある時、年輩の方に「丘を越えて」などを、「どうですか、・・」と聴いてもらったら、「ふざけて歌ってる」と言われちゃったのが印象に残っている。そういう風に聴こえるのかと、それもまあ新たな発見と言えばそうも言えるが。

 以前「ニュース23」で出前コンサートの形式でいくつか歌っていたが、もう、ますます、そのナチュラルな個性と彼女しかあらわせないような表現力に満ちた歌は健在・・どころか、磨きがかかっている。いや、ある域に向かって前進している。または、回帰している、、とでも言いたくなる感じだった。ある域とは・・、ぼくもできれば、そこへ行きたいというような「ところ」です。

 ■矢野顕子の歌には、詩人の谷川俊太郎の詩による歌や、他のミュージシャンの曲を歌ったものも沢山あります。 あと、子供の創作詩を歌にしたものなど、本当に気に入ったものは、どんどん取り入れたりチャレンジしたりしています。

 特に印象的なものを少し紹介したいと思いますが、谷川俊太郎の詩で歌になっているものは元々、小室 等という今は仙人みたいな顔になったフォーク畑のシンガー・ソングライター。・・彼のアルバムで谷川さんが詩を書いて小室さんが曲をつけて創った歌なども、矢野顕子は、すっかり自分の世界の歌にしています。
 しかし、もともと合通ずるという詩の世界だから、調べてでもみないと元から彼女の歌だと思う人もいるかも知れませんね。
 季節の星座や花の名がそのまま、詩として繋いである曲などは、その空気感が、いつ聴いても心をリフレッシュするかのようです。
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 ぼくは、小室 等のそのアルバムを持っていたのですが、今は失くしてしまいました。それは、残念なことのひとつ・・。
 当時、谷川さんは率直に小室さんの曲の出来にあまり満足していない・・と言ってましたが、今では、それらは矢野顕子の歌によって、新しく生き返ったようにぼくには感じられました。しかも、小室さんのメロディはそのまま生きています。

 また、子供たちの詩集で「太陽のおなら」という題の本でしたか、そのなかの、例えば「♪おとうちゃんは〜、米屋なのに〜、朝、パンを、食べる〜」という短い詩の歌など、言葉そのものが伝わってきて楽しいものも沢山あります。
 糸井重里の作詞によるユーモアのある歌、山下達朗の「スプリンクラー」など・・関心がありましたら、一度聴いてみて下さい。 元歌と違い過ぎると怒る人もいるようですが、(それは、「丘を越えて」など事件同様です) ぼくは、よく元歌を知らないで聴いて、矢野顕子の節回しで鼻歌にしていたりします。
 そんななかに「中央線」が出てくる歌があり、それも元歌はあるのですが、この不思議なファンタジーと哀しさは、矢野顕子が完成させたのではないでしょうか、・・とぼくは想像するのですが・・・・・。

 ■彼女の歌の魅力、力というのは、聴く人の頭とか感性の柔軟性を試しているようなところにもあるような気がします。 固定観念、先入観、くだけていえば「思い込み」みたいなものを新鮮に揺るがすところがあるのではないかと。
 それが、不快に感じると多分だめでしょうね。彼女のピアノの演奏にも、それはよくあらわれていて、・・元はジャズを弾いていたらしいけど、歌と同じくピアノも理屈を取っぱらったような爽快な演奏、また非常に繊細なインプロビゼーション、ダイナミズム、・・とても、魅力があるということを理屈っぽく言ってるだけです(^_^;)。

 ・・・よく、他の人の歌を他の歌手が歌ったりするテレビ番組があります。それは、ある時は聴かなければよかったとか、なんとも言えない不快感を残して空しくなってしまうような時が多いですが・・、カラオケは嫌いじゃないし、ぼくだって、ちょっとは鳴らした「ぷひ、ぷひっ(-@_@-)」時期もあるし、楽しさは否定できないのですが・・(^O^)、 歌手がおまけ的に歌った時の他人の歌の空しさは、本人にとってもマイナスな気がするのですが、、どうなんでしょう。

 ・・・、むかしビートルズが、インドのある瞑想の教師に(教師=リシとかグルというのですが、その呼び名は日本でイメージ悪くなりましたね・・)指導を受けにやってきた時に、なかなか落着かなかった4人は、膝でリズムを取ったりして、日頃の癖が抜けずにいたようです。

 ある日の瞑想中に、ジョン・レノンが「あ、聴こえた!」とうれしそうに言ったということです。なにが聴こえたかはわかりません。・・静寂の音なんでしょうか・・。

 そして、ある人がその頃の話を聞きにその教師を訪ねました・・。
 その話の中で、その教師は突然、ビートルズの「ヘイ・ジュード」という曲をまるで初めて聴くかのような、(本人の書いたものでは)「・・似ても似つかない、・・感にたえない」というように聴こえたらしい、そんな歌を聴かせてくれたという。
 それで聴いた彼は「信じられません・・こんなふうに歌われうるものだなんて・・」と言った。 すると教師は「そう、それもきみたちの文明の病なのだ。・・ひとつの歌が、ひとつの音楽が、きめられたようにしか歌えないというのも、きみたちの文化のすべての分野で、創造と即興の力が病み衰えているのだ。
 いかに伝達するかを、きめられた仕方でしかできないということは、不毛と貧困のあらわれなのだ・・・・」と言ったという。

 ・・また、その教師はビートルズの音楽について、ヨガのたとえを用いて面白い話をしています。
 「・・その道に入ろうとするものは、自我にまつわるいっさいの分別や判断を捨てて、子供の無邪気さ、赤児の無垢の状態になることから始めなくてはならない。 あの二人の若者は(ジョンとジョージと思う)道に入る資格をもったものである。 彼らの音楽は、分別や計算や利害、あるいは自己顕示、虚偽意識にあふれ埋もれた、きみたちの文明のなかに、小児性や無邪気さをもち込み、エリート専門家集団の文化と芸術の独占に対抗して、若者のだれもが音楽家になり、歌うことができるというアマチュアリズムを復興させたのだ。 この愛と感受性による伝達の道、真の自己実現の道こそ、きみたちの分明にまったく欠けていたものである。・・・・」(引用は「音楽の手帖-ビートルズ」の北沢方邦という人の文から)。

 話が長くなりましたが、矢野顕子の歌を聴くと、時々、この話を思い出すのです。もちろん、彼女がそんなことを意識して歌っているわけではないでしょう(意識すること自体が逆作用ですからね)。もって生まれた彼女の柔らかな感受性から、自然に生み出され、発生した独自性だろうと思います。

 旦那の坂本龍一もそんなところをちゃんと気づいていて、「彼女は天才だ。かなわないと思う」というようなことを言っていたと誰ぞに聞きましたが。ぼくも、聴く度にその感を持つ。 また、それは、彼女の歌っている映像や生の姿に接すると、より、くっきりと感じられるような気がします。
(1999.6記述 2004.9修正)

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Tracked from 音・楽・喫・茶[muse.. at 2005-11-16 16:08
タイトル : J-POPの宝箱
こんにちは(^^) 以前「タイプ別『これが私の泣ける曲』ランキング」のお話をさせていただきましたが、 こうやってランキングを見てみることで、皆さまがどのようなお気持ちで毎日をお過ごしかが分かる気がいたしますよね。 「じゃあ、オマエの「泣ける曲」は何なんだよ?..... more
Commented by acoyo at 2004-09-12 20:12
初めまして。acoyoと申します。
私も矢野さんは大ファンです。でも、正直言って、坂本龍一とのコラボが回っていた頃が、いろんな意味で弾けていたなあという気がします。(今がダメというのではなく)。
今、東京芸大の教授だった、小泉文夫さんという方の本を読んでいるもので、つい彼女のCDを聞きかえしていたところです。どこかで、坂本龍一が、「小泉氏を尊敬する、二人とも好きなんだ」と言っていた覚えがあるような……。
Commented by waku59 at 2004-09-12 20:16
はじめまして。リンクさせていただきました。これからもよろしくお願いいたします。
Commented by past_light at 2004-09-12 20:40
acoyoさん、 waku59さん、コメントありがとうございます。

まだまだブログの利用法がよくつかめていないままなんですが、これからもよろしくお願いします。

acoyoさんのおはなし、わかるところもあります。
ここ数年は時に もうひとつ迫ってこない感じのモノもあったような気がしますね。

小泉文夫さんのことは初耳でした。ありがとうございます。

waku59さん、リンクありがとうございます。
今後ともよろしくおねがいします。

のちほど、お二人のページも拝見させて頂きますね。
Commented by acoyo at 2004-09-12 22:43
またしてもおじゃまします。acoyoです。こちらのブログに影響されて、私も自分のとこに矢野顕子のことを書いてしまいました。私のはToo sentimentalな思い出記ですが(藁)。読んでくださったら、嬉しいです。(あ、トラックバックすればよかったんだ!)
それと、矢野顕子について,もう一つ。あの彼女の揺るぎないポジティヴィティは、やはり彼女の信仰(キリスト教)というものも見過ごせない気がしますが、いかかですか?
Commented by past_light at 2004-09-13 20:28
acoyo さん、こんばんは。
読ませて頂きました。なんとなくあったかいものが背筋を走りましたよ(笑)。

矢野さんのキリスト教のことは、実は知りませんでした。
ですから、どうかわからないのですが、あの人はどこか幼女の爛漫さを失わないでいられる希有な人と言う面もありそうですね。
Commented by ruthk at 2005-11-09 00:52
TBありがとうございました。

もともと坂本龍一が好きで
矢野顕子をことを知るのは
ずーっと後でした。

「教授」のあだ名をもつ坂本龍一の
一種の限界を(自意識の引くライン?)
矢野顕子はスッコーンと事もなげに
超越してしまっているんですね。

past_lightさんのブログは
いろいろ興味深いトピックに溢れているので
ゆっくり読ませていただこうと思い
ブックマークに入れさせていただきました。
よろしくお願いいたします。
Commented by past_light at 2005-11-09 01:19
>ruthkさん、
ご挨拶いただいてありがとうございます。

やはり、頭より、愛と感受性の道は天才の本道なのかも知れませんね。

リンクいただいてありがとうございます。
ruthkさんのブログもブックマークさせていただきました。
またおじゃまさせていただきます。
Commented by okapon at 2006-03-22 12:26 x
なるほど、なセンテンスが多々あって、感服いたします。
聞くものの感受性、というのは、なんでしょうね。

自分も、20年以上前に、忌野清志郎がメジャーになりかけの頃、すごいよ、と人に紹介したところ、「これが歌?」みたいなマイナスな評価をされたことがあります。

最近では元ちとせなんかに対しても、生理的に嫌い、といった評価を聞きます。

生理的、と言われれば、反論できませんが、巷に流れる聞きなれた、よくある「文脈」では歌われるいタイプ、ではない歌を聴いたときの、一部の人たちの拒絶反応、というのは感性の柔軟性の問題かもしれませんね。

矢野顕子の歌は、そういう感性の試金石かもしれませんね。




Commented by past_light at 2006-03-23 19:13
okaponさん、コメントありがとうございます。

好みはいかんともしがたいですが、先入観だとけっこう損をすることは多いでしょうね。
デビューですぐに注目したひとがその後ずいぶんしてビッグになることもありますが、ともかく最初の頃の発見したという新鮮さはスターもファンも持続するのはたいへんです(笑)。

映画でも、これがワカンないなんて・・とよく思いませんか(笑)。
by past_light | 2004-09-12 20:05 | ■Column Past Light | Trackback(1) | Comments(9)

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