天国への階段

 おもえばふしぎだった、最期の最期には赤ちゃんのように世話を喜んで受け入れて旅立った。


 チビチャは、今から一年四か月ほど前、先に旅立ったポッポが、自分もまだ来て間もない頃に連れて来た友だちだった。
 なかなか人間に慣れようとはしなかったけれど、やがて小さい頃のか弱さもウソのように、足腰の弱さを上半身の逞しさで充分にカバーして半野良生活を満喫し、食欲は旺盛だった。
 しかし一年に一度か二度、そんな食欲もなくなる時があり、それは持病と思われる腸の調子によるもので、重度の便秘が続いて、それから下痢になり衰弱して、何度も「だめか」と思わされることがあった。
 それでもいつも復活して、またガツガツと食欲旺盛になり、さかりの始まるとはいえまだ極寒のシーズン、ふっと十日ほど帰ってこないで、これでお別れか・・と思えば、やっぱり必ず帰って来た。

 ポッポが旅立つ2003年の秋から冬に向かうころは、チビチャは絶好調で、その頃の写真は生命力に満ちて、楽しく作ったミニ写真集の表紙を飾った。

 そんなチビチャも昨年の夏の暑さでは、その食欲不振も長引いた。秋になり、持病はやはり出た。それでもまた年末になる頃には復活し、正月料理に招かれた。
 しかし今年は昨年のようには調子はなかなかあがらなかった。寒がりになりいつも窓を閉めると出口を捜すパニックもふしぎになくなり、家の中でおちつき、くつろぐようになった。
 それは今考えれば、最期の親密なこの付き合いのための予行練習じゃなかったのかと思われてならない。

 二月のなかば、やっと快復しはじめた矢先、今までで一番大きなケンカの傷を顔に持って帰って来た。新顔の若手の猫の勢力拡大に、果敢に縄張りの死守に挑戦していたのだ。
 傷は表面からは、いつものようにほおっておいてもまあ治るとぼくも油断した。しかし一週間ほどして化膿し大きく腫れた。
 膿を出し、包帯しても、あのチビチャがいやがらなかった。意外にも世話を喜んでいた。
 二ケ所に及んでいた傷は耳の下片方がひどかった。その傷はついに塞がらなかった。
 どんどんまったく食べたがらなくなった。やむなく緊急食を水でとかし注射ポンプで口に注入しはじめた。
 それで何日かはいつもの自力の治癒力を待ったが、衰弱する原因は今回は頭、下腹部との二重だった。
 覚悟しはじめた。もうぶどう糖を加えた水だけをあたえた。それをまだなんとか飲んだ。それで四日ほど命をつないだ。手厚く看護して見送ることに覚悟は決まった。
 これは三度目のことだ。家族のような猫を、こうして見送るつらさに気持ちも身体も疲れた。

 赤ちゃんのように安心して看護を受け入れ、ほとんど寝たままのチビチャは、おしっこが出るとかすれた鳴き声で知らせた。下血したときも知らせた。
 荒い呼吸を見ていたらショック状態で死ぬと思った。つらくて涙が吹きでた。でも、広い胸板を持ったチビチャの心肺機能は持ちこたえ、二日も命はもった。


 その日は、ぼくが望んだように、暖かく、明るい陽射しの午後になった。
 ちびちゃらしく、庭のいつもの椅子に寝かせてじっと旅立ちを見送った。チビチャはよくがんばった。
 ポッポと同じときのように泳ぐようにもがき、やっと胸の鼓動は止まった。3月16日午後三時。チビチャはポッポより一年あまり長く生きた。しかし最初のねこの半分の時間しかふたりとも生きれなかった。

 一昨年の初冬、ポッポをなくした悲しみに、「役不足」などとからかわれながら、ぼくらの廻りにチビチャは寄り添っていた。
 ほとんど食事の時間しか顔を見せないこともあった。しかしそういう時が一番チビチャも元気で充実した毎日だったのだ。目に付く場所に長くいる時はいつも体調もわるい時で、そんなときは心配と不安はよぎった。

 そして最期のこの日々は、今までの7年半にかってなかったほどの距離の近さにチビチャは入り込んだ。チビチャは絶対的にぼくらを信頼していたのだ。あまえべたのチビチャはどこか遠慮していたのだろう。
 チビチャは大きな想い出と余韻を残した。ぼくは想像以上に泣き虫だった。
 でもチビチャ、こちらの寂しさはお前のせいじゃない。こちらが耐えるだけだ。やがて時間がなんとか風化させていく。

b0019960_342922.jpg 飛行機雲が夕空にひとすじ消えていこうとしていた。それは階段のようなかたちをつくった。

 淀川長治さんは、お母さんの御葬式の後、「お母さんは今どこにいるのだろう」と思って空を見たという。
 淀川さんは空の雲が階段のかたちをしてみせてくれているのを見て、「ああ、天国にいったんだと知らせてくれたんだ」と思ったという話を思いだした。

 バイバイ、チビチャ。
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Commented by nao at 2005-03-22 14:29 x
お久しぶりです。そうだったんですね・・・
2匹ともいなくなるのは、キツイですね、なんともコメントのしようがありません。
うちのよく行く獣医さんは、よく怪我した野良猫を拾ってきては
手当てしてやっているみたいで、そのままその病院に居着く猫もいるみたいなのですが、その獣医さん、いわく、検査すると、外猫のほとんどがHIVに感染しているそうです。傷口から感染するそうです。「人間に感染しないのですか..」と聞いたら、「そんな事になっていたら今頃大変な事ヨ..」と言われましたが。。(笑)
外猫の運命は結構、過酷ですね。うちのルルは外では到底生きていけそうにありませんです。
なので、猫にとったらありがたい獣医さんだろうと思います。
動物に信頼されたり、気を許してもらえる..って
なんか嬉しいですよね。よくわかります。
ちびちゃも、てんだねすさんに感謝して逝ったんじゃないでしょうか..天国でぽっぽに遭うこともできたかな?テトも元気だろうか(笑)
チビチャのご冥福をお祈りします。
Commented by past_light at 2005-03-23 02:19
>naoさん
おひさしぶりです。
ルルちゃんは元気そうですね。猫は総体的に女の子の方が丈夫なようです。
オスはケンカをしちゃうとか、いろいろカラダの構造的なものもあるのでしょうね。

猫エイズにかぎらず、いろいろウイルス感染は多いみたいですね。
チビチャもすべて感染していてもおかしくないほどの生活ですから、もともといろんな意味でそういう覚悟はありましたが、発病しない限りはどの野良たちも元気でいます。
公園の猫も半数はウイルスを持っていると言う話ですが、あまりみんな過剰に気をつけていたりもしないんですよ。
野良の猫たちには「生きているうちが花なのよ」という言葉がぴったりか(笑)。

これからはとうぶん、あるいはずっと、猫のいない生活になりそうです。
そのぶん公園の猫は付き合い増えそうですが。
絵にしたマロンという猫も、奇しくもチビチャが死んだ日に、幸運にも玉のこしにのりました(笑)。これは、ほとんによかったこと。マロンは白血病のウイルスを持っていたのですが、いい家でのんびり暮らせばまだまだ長生きできそうです。

ルルちゃんを大切に、それから楽しく毎日やって下さい。
by past_light | 2005-03-18 03:16 | ■Column Past Light | Trackback | Comments(2)

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