ブログトップ
さよなら、2011
b0019960_1857913.jpg

今年は正直に言うと、地震の後の原発事故以後の日本という国に不気味、日陰に隠れていた正体のブラックな面が真昼に照らされたように露に感じられた。
でもそれって、日本だけじゃなく世界が牛耳られている力で、人間が自我の欲望の幻夢から造っているものから自ら生み出している苦しみか。

たとえば先日TVで山本太郎と森永卓郎の会話を観ていてだけど、森永って時には言うことがマトモだと思っていたけれど、原発に関しては経済的な思考からその後もいつまでもどうどうめぐりしている。
経済に頭から突っ伏している人間は、生命という地点からの想像力や感性に、どうしても停止した神経回路を持っていて、生命的な危機を察知できない病を持っている。

世界を知ったつもりで、生身の人間の必要から隔たった、皮膚という外皮をさえ無駄に包み込んだ仮面の表面のような感じがする。あまりに人工的な加工品の世界に来てしまい、ライブなコンタクトも破壊された格納器のようだ。溶解した燃料棒のような脳。
原発の安全神話とはまさに象徴的だった。未知を知らず既知の領域でブライドを養育する脳。

イノセントに生きる場や力を奪い、留まることなく欲望するために危険なものさえも作りたがる世界を続ければ、自然とのバランスも崩れ、いずれ厄介な地点に至るのは想像できる。

グローバル経済世界って、単に物理的に、個的に、比較し合い競争し合い奪い合うものなら、ふざけた、恐怖を基点とした馬鹿の集合体だ。

「たかが電気のために原発なんて」小出さんのシンプルな言葉。

素朴に考えてみる。子どもみたいに。
来年からさらにぼくはそうしたい。
[PR]
by past_light | 2011-12-31 19:41 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://past.exblog.jp/tb/17504149
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by さすらい at 2012-01-03 01:42 x
核技術を「原子力」と言い換えたときから欺瞞は始まっていました。被害を、リアルな人間の問題でなく数字の問題デカたる人がまだいるのは残念です。
Commented by past_light at 2012-01-03 15:41
年末のTVではずいぶん「いままで黙ってました」という調子の報道が増えてました。報道も一部を除いて大手では世相をなぞるというような負抜けた状態になっているのも白昼に曝されて来たのも痛感しました。

「騙された方も、騙された責任がある」という話がありました。
拡大して言うと、まったく戦時と同じことが繰り返されているのは否めません。