戦場のピアニスト

 どちらかというとあまりポランスキーという監督は関心のない人で、時々賞も取るし、長く作り続けている人だし、それなりの評価のある人なのだが、ぼくはたまたまの機会で三、四本しか観ていない人だ。

 印象としては原作のあるものが多いのか、その中の記憶のある作品としては、テス(1979) ローズマリーの赤ちゃん(1968) チャイナタウン(1974) ぐらい。
 「チャイナタウン」は、どうもどうしてそんなに評価されたのかよくわからなかった感想しかなかったので、その物語の記憶がない。「ローズマリーの赤ちゃん」と「テス」は満足感のある作品で、これはよく覚えている。
 ふりかえれば、ニ本ともじわじわと恐怖が育って行く物語の作品だ。
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 「戦場のピアニスト」は原作と制作者に残る恐怖の体験を原点としての物語だから、おすぎがCMで熱っぽく賞賛していた記憶から想像していたが、ナチスによるユダヤ人の迫害という時代の映画は今まで何本も観ているので、そういう点からもうどうこう言っても始まらないと感じていた。

 ただただナチスドイツ時代の話は、人間がかくも残酷冷酷無感覚になるのかと、いつも胸騒ぎのどきどきをしつつ観てしまうこと自体はもう避けられない。直接経験なく知らないはずなのにデジャヴュ−体験のようにそれは人の心の恐怖をたどる体験でもある。

 しかし現実には現在もニュースで垣間見るだけとはいえパレスチナやイラクやアフガンや、もうたぶん知らないところで同じ冷酷さを見せているだろう人間の、ある時ある場所で無感覚に残酷に暴力をふるう生きものの時間が進行していて、それもやはり連想し、そこ知れない不可思議さと恐ろしさを言葉も出ずに眼を見張り、ひそめして、胸に重たい固まりを飲み込まされるような気分で観終るのが常だ。


 娯楽として聴くという立場なら、音楽とはまことに余裕のある時にその調べに酔うことのできるものだ。失恋した時に聴いて慰められるなどというのはナルシズムに浸る娯楽という方が正直なことだろう。生き残るために隠れ彷徨う時には、それは死と生とに対価するほど特別なものだ。だから戦場で主人公の弾くピアノの調べに、ぼくらはあんなにも胸をしめつけられるのだ。

 この映画の主人公は、数奇な幸運の数々で生き残ったのだが、ついに死の収容所へ向かう列車に乗せられる寸前、逃れられなかった家族を捨て、ひとり生き続けることになる。その苦悩をひきづり生き残った意味を考えるということなどなかっただろう。生き残ったからにはどこまでかわからなくても生き続けなくてはならない。
 意志に関わらず「死」に追いかけられる時、人は自ら死を選んだりしないだろう。

死は視線の先に、足下にいつもあり、物のように無感情に断ち切られて行く命の光 景をただ観ているしかない。まったくもって神の存在を否定しなくては信じがたい日常だ。 そしてなぜか彼は生き残る。彼は幸運で死んで行った人は不運だったのか。しかし生き残ることは死んで行った人たちの存在を記憶し続ける時間でもある。

 理不尽な殺戮は今もあり続けている。
 「ひとり殺せば殺人者だが、千人殺せば英雄 だ」といった「殺人狂時代」はあいも変わらないで現在形だ。
 人間の自我の中には二つの動機が存在するのだろう。愛おしみ育むものとそして暴力。 恋人や家族、わが子を愛することもできれば、自分と違うからという理由で憎み排 除したがり破壊することもできる無意識的なエネルギーに支配された、顔を変貌させ 続ける欲望する自我の。まことにくり返さないためには誰かを責め続けるばかりでは無責任だろう。自分とい う中に埋もれたバイブルから読み解かなくてはならないものがある。
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Tracked from <映画情報>ホーギーの気.. at 2008-07-21 01:28
タイトル : 戦場のピアニスト
【公   開】 2003年 【時   間】 148分 【製 作 国】 フランス/ドイツ/ポーランド/イギリス 【監   督】 ロマン・ポランスキー 【出   演】 エイドリアン・ブロディ  トーマス・クギ..... more
Commented by sizukugaotita at 2005-01-11 15:57
つい2年ほどまえに原作を読んでいて、フィルムをまわすように、その内容が生き返ってきました。
「人の死」を見た人の後の道というのは、よく本でもテーマになる話ですね。
それほど人は、それに苦悩されるのでしょう。
私はいまも信じられません。ナチスドイツ時代の話を。
アウシュビッツを見ても、信じられないかもしれません。
私は、その時代から目を背けたいだけなのかもしれません。
Commented by past_light at 2005-01-11 19:06
sizukugaotitaさん、新しい年もどうぞよろしく。

原作をお読みだったのですか。
目を背けたいだけかも・・とおっしゃってますが、誰しも同じ気持ちにはなります。
でも、1日のニュースの中にも同じ延長線上にある人間の暴力は見えてしまいますね。

sizukugaotitaさんの年代でぼくも何かのきっかけがないと何も知らずにいたことは多いです。
高校生の時に図書館でニューズウィークかなにかの写真を観た時はびっくりしましたよ。
ベトナム戦争がまだあったころなのですけど、アメリカの兵士が手にベトナム人の死体の一部、頭部を持って笑って写っている・・。
そんなことがあり得るのか・・と衝撃でした。
戦場はなにか人間が壊れてしまうと場所でしょうね。
Commented by chibisaru at 2005-01-30 02:59 x
TBありがとうございました
正直、この映画は私にはかなり重たかったデス
2度三度と見ようとはなかなか思えないくらい、見るのがツライ映画ですね^_^;
素晴しい映画だとは思うのですが、かなり腰を落ち着けてというか精神状態のいい時に見たい映画です(苦笑
Commented by past_light at 2005-01-30 21:11
chibisaruさん、コメントありがとうございます。
TB、最近覚えたばかりでして(笑)、映画でのつながりなんか楽しいですよね。
どちらのブログにもTB可能だと知って、させていただきました。

戦場の話は2度見たい映画というものはなかなかありません。
ぼくはとくに「ディア・ハンター」をもう一度見ろと言われると困ります。
ホラーと違うのはリアルな痛さがあるからでしょうね。

ありがとうございました。
Commented by サンタパパ at 2005-02-03 03:58 x
幸運と不幸というものが主体である人の人生観にもよることは確かですが、一般論として。
もちろん生き残ることは死んで行った人たちの存在を記憶し続ける時間でもありますが、やはり死んで行った人は本人が望んでいなかったのであればそれは不運だったと思います。「生き続けること死んで行った人たちの存在を記憶し続ける時間でもあるから彼が幸運であったとは限らない」というのであれば判りますが、死んでいった人との比較はあまり意味の無いことではないでしょうか。生きつづけようと思っていた人が死を強要されるうことは、基本的には不幸であると思うのが私の考えです。

私は生涯を共に行きつづけるはずの伴侶が二度と年をとらない世界に旅立ちましたので、生きていることのつらさのわずか一部ではありますが、身をもって感じています。でも生に対する執着はありますから、生きていることに対してはある種の幸運を感じています。自分がこの映画の当事者になった時に、そう思えるかどうか判りません。ただ、そう思えるだけのメンタリティーと人生経験は備わっていると思えます。
Commented by サンタパパ at 2005-02-03 03:58 x
長くなったので2回に分けて。

音楽について。私は八木啓代さんの本『禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか』でも読んで、CDを聴いたビクトル・ハラを思い出しました。

ビクトル・ハラ略歴
http://www005.upp.so-net.ne.jp/st00227/jara/
関連
http://www.h3.dion.ne.jp/~kshu/free.html
Commented by past_light at 2005-02-03 18:03
サンタパパ さん、怒濤のコメントありがとうございます。

幸運、不運という言い方は適切でないかも知れません。
気持ちとしては「単純に・・」言えない。という意味合いで書いたのですが、言葉は曖昧で受け取りかたもいろいろあろうと感じます。
アウシュビッツの話では「夜と霧」が有名ですが、この本を読むと、人間の強さとか、また「私が生きる意味」とか、言葉・考えを勝手に弄んでいるかもしれないと考えさせられます。
著者は「私の生に意味があるのか」という問いは間違いで「生が私になにを望んでいるのか」だと言います。
サンタパパ さんの生きていることに対しての「幸運」という意味はよくわかりました。

Commented by ホーギー at 2008-07-21 01:29 x
はじめまして、ホーギーと言います。
この映画は、実在したポーランドの名ピアニストのシュピルマンの体験を基にしていることと、監督ポランスキー自身も本作同様の体験をしていることから作品にとてもリアリティがあり、素晴らしい映画だと思います。
全体的にダークな雰囲気の中で、唯一の光であり、また、キーポイントであるピアノの名曲がとても心に響きます。
当時の時代背景や歴史についてもっと理解を深めることにより、この映画をもっと深く理解することができるような気がします。
ということで、これからもどうぞよろしくお願いします。
それとTBもお願いします。
Commented by past_light at 2008-07-21 17:53
ホーギーさんはじめまして。
トラックバック頂きありがとうございます。
ホーギーさんの記事も読ませて頂きました。
くわしく、お気持ちの感じられる内容です。
ポランスキーについては、「テス」と「オリバーツイスト」も書いておりますので、また御覧いただける機会がありましたらよろしくお願いします。

TBさせていただき、そちらにコメントしようとしたのですが、こちらのOSが古いせいでか、コメント欄に文字が入らず、失礼しました。

ありがとうございました。
by past_light | 2005-01-09 20:14 | ■主に映画の話題 | Trackback(1) | Comments(9)

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