「街のあかり」 アキ・カウリスマキ

最近、観た映画の感想を書くのも、ずいぶん時間が経ってからになってしまった。
今年観た映画は少ないが、昨年の後半は少しふだんより多めに観ていたのだけど、この作品もその中の一本。
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前作でカンヌの賞をとってからにしては、この「街のあかり」の評判が地味な印象で期待と不安があった。
しかし、正直実に深い味わいと感動を持って観終えることになった。まったくカウリスマキはここまで来てしまったのか、次回作つくるだろうか、というような杞憂を想起させるものだった。敗者三部作完結という予告もあったというだけではなく。

敗者という意味ではしかし、彼の映画で登場する人物が徹底的に敗れた場所はシステムの中でだけである。
カウリスマキは、もう一度「マッチ工場の少女」の底なしの孤独と敗北感から始める必要があったのだろうか。
 彼自身その後の「浮き雲」の幸福な結末の理由を、制作時のソーシャル的な必要性として述べている。実は彼自身はハピーエンドをいつも望まない人なのだ。

登場する人物の、幸運とはほど遠い出来事と彼ら自身の選択は、なにか剥き出しにされた人間という生物が、物理的に拠り所のない、誤魔化しの効かない領域で、互いぎりぎりからの真の連帯感を見いだす。その通過儀礼の如きドラマである。
 そしてそれはそのままカウリスマキの内面の声として映画から聴こえて来るものだ。

 『俺の女房は「芸術とは単純化だ」という意見でね。これが正しいかどうか知らないけど、俺はちゃんと守っているからね。だって、いろいろのガラクタで飾りたくったら肝心なものがどれかわからなくなるだろう?
 俺の場合はそれは「連帯感」というやつさ』 (カウリスマキ)


★ヘルシンキからカウリスマキファンに愛を込めて
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by past_light | 2010-05-30 16:28 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

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