「らくだの涙」

以前「天空の草原のナンサ」でモンゴルの遊牧民の家族の日々を描いた監督の最初の作品。驚くことにこれが卒業制作の映画ということ。
過酷なゴビ砂漠での辛抱強い撮影の期間が想像される。

「天空の草原のナンサ」も、ドキュメンタリーとドラマをすごくうまく融合していて、ドラマと言っても作為的な作り事ではなく、結果、家族のそのままの日常が納められるという独特な感じだったけれど、この「らくだの涙」も同じように作られている。

「天空・・」以上に、遊牧民の家族同様、「らくだ」という動物がもうひとつの大事な主役なので、それは撮影の機会をひたすら待つという、作り手の忍耐が感じられる画面でもある。

撮影隊の一番の苦労は、難産の末の出産し、なぜか育児拒否した母らくだと、その後の子らくだの行く末。その母らくだをなだめたり、子らくだの子育てに家族も四苦八苦していく日々、そして治癒までをそのままに追う撮影。
とはいっても、当の映画の中の家族は、ゆったり、のんびりしているようで、なんとなく観ているこちらが日頃から性急で心配性なかなしい現代病のように感じたりする(笑)。

難産の末に生まれた、白い子らくだの砂嵐の中の姿が切ないが、それらの日々にあるも、家族のテントの向こうに広がる風景が圧倒的に美しい。

b0019960_20184120.jpg
家族は、母らくだの育児拒否の心を癒すため、街まで馬頭琴の演奏家を探しに男の子兄弟を送り出す。
数日後、家族のもとへ着いた演奏家が、伝統的な治療法である民族独特の儀式を施す。

それは今で言う「音楽療法」というか、なのだけれど、それは音楽の根源的な力を見せつけられる奇跡のような画面が出現する。まず、馬頭琴をラクダのこぶに掛けると、母ラクダの泣き声にその馬頭琴が共鳴して風のような音楽が生じるのがすごい。

そして演奏家の馬頭琴の調べにのせた一家の若い母親のきれいな声の歌を聴いていると、母らくだが心を緩ませていくのが自然に思われる。
やがて、らくだの涙が母らくだの目からぽたぽたと落ちる。

企画として意図されたとしても、起ることは現実なのだから眼を見張り胸が熱くなる。
使い古された言葉で申し訳ないが、やはり「奇跡」に映る。
このシーンのみでも観る価値は大きい。

しかし、それら日常を受け止める家族の淡々と騒ぐことのない姿がなんとも豊か。
「天空の・・」と同じように子どもがやはり素晴らしい。次男ののびのびしたところと、長男のもの静かで優しい表情のコンビが頬を緩ませる。
実在の四世代の遊牧民の家族の暮らし、家族それぞれ自分を日常のまま演じることが、とても新鮮に感じられるつくり。

監督・脚本:ビャンバスレン・ダバー/ルイジ・ファロルニ 2003年・ドイツ

2015年12月 、名シーンの動画へのリンク入れました。ユネスコ無形文化遺産に登録。

「雌ラクダをなだめる習慣」、ユネスコ無形文化遺産に登録

「雌ラクダをなだめる習慣」、ユネスコ無形文化遺産に登録11月30日~12月4日にかけて、ナミビアのウィントフックでユネスコ無形文化遺産保護条約第10回政府間委員会会議が行われた。会議でモンゴルの「雌ラクダをなだめる習慣」が賛成され、緊急に保護する必要がある無形文化遺産に登録された。「雌ラクダをなだめる習慣」とは子ラクダを拒絶した雌ラクダは、草も食べず水も飲まなくなって、毛並みも悪くなり、群れから離れて一頭で遠くを見て、時々ふり返っては鳴くようになる。そんな時、遊牧民はラクダの母子の心を通わせるための知恵を働かせ、雌ラクダを子ラクダに慣らすため叙情歌を歌うのである。リンベ(横笛)やモリンホール(馬頭琴)の伴奏で特別な歌を歌うと、母子が感動し心を通わせるようになる。この歌の内容は、栄養たっぷりの乳を飲むために生まれてきた可愛い子ラクダを、どうして拒絶するのか。朝起きると唇をぴくぴくさせて待っている。どうか濃い乳を飲ませてやって「フース、フース、フース」、「フース、フース、フース」などと、3、4番まで歌うと、雌ラクダの目から涙がこぼれて子ラクダに乳をやるようになるのである。

Posted by モンゴル通信 on 2015年12月3日

[PR]
トラックバックURL : http://past.exblog.jp/tb/12515211
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by past_light | 2009-12-17 20:38 | ■主に映画の話題 | Trackback | Comments(0)

過去と現在、記憶のコラム。関連ありなTBはラヴリー。リンクはフリー。コメントはブラボー。


by Past Light
プロフィールを見る
画像一覧