足利事件・菅家さんインタビュー

足利事件・菅家さんインタビュー江川紹子
・・・・・「自分としては、地元へ帰りたいです。免許証もありますよ。当時、次の年、免許証書き換えの時期だったんですよ。それができなくなっちゃったんですよ」
——でも、帰るのは、なかなか簡単じゃない?
「簡単じゃないですよ」
——一度犯人にされちゃうと、その後…
「大変ですよ、本当に。本当に。もう」
——足利に帰れたら、どんな生活しますか?
「静かに生活したいですよ。またですね、子どもたちの相手をして、送迎をやりたいなー、という気持ちがありますよ」
——子ども、好きなんですね。
「当時の子どもがもう、30いくつになってるんですよ。また会いたいなと思いますよ。
——テレビきっと見てますよ。
「絶対見てますよ。当時の子どもが私のこと『やってない、やってない』って言ってくれていたらしいんですよ。自分はね、(それを聞いて)本当に嬉しかったですよ、だから今ね、30すぎて、どうしてるかなーと思って。会いたいと思ってるんですよ。まあ、それと(会いたいのは)保育園の先生ですね」・・・・


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菅家さんは、当時とても気の弱い人だったんだなというのがよくわかります。それからごくどこにでもいる普通の市井の市民、生活者でもあった。
そういう角度から見てみれば、ひとり味方の居ない場所で、日々脅迫的に問いつめられて、やがてえん罪の生まれる可能性が、誰にも起こりうるということが、よく伝わるインタビューです。
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Commented by のら at 2009-06-24 20:41 x
子供達が「やってない」と言ってたというのは、せめてもの救いですが
ヒドイは話です。
アメリかでも、無実で死刑になったケースが相当あるらしいですね。
DNA鑑定の進歩でその事実が今になってわかってるらしいです。
Commented by さすらい at 2009-06-24 23:48 x
善良な一市民が冤罪に追い込まれる可能性があるというのは恐ろしいことです。菅家さんも言っていましたが、取り調べの様子はきちんと記録保管しておくべきでしょう。
当時の時点のDNA鑑定は、まだ技術的にも黎明期で、現在のように指紋なみに正確に確認できるものではありませんでした。「最新の科学」に対しての理解の足り無さについても反省するテンがあります。
でも、一番胸が痛むのは、当時40代だった菅家さんがもう60代、この大切だった人生の時間を、どうやっても取り戻せないということです。
Commented by past_light at 2009-06-25 01:32
のらさん、こんばんは。
そうですね、子どもは直感的に人を見ますから。
ネコもそうだし・・(笑)。

きっと、何人もの無実の死刑囚が自分の人生を問いながら亡くなっていったのでしょうね。
これは、人災以外のものじゃないです。
よくいろんな事件について外野の一市民が簡単に「死刑」とかいうのを聴いていて思うんですが、よほど切実感ないなあと、当事者の気持ちを代弁していると思い上がっているなあと、それからむしろお前は外野だから気楽に言っていられるんだと。切実感ないぜ、と。いいたい気持ちになります。
Commented by past_light at 2009-06-25 01:32
さすらいさん、こんばんは。

取調室って、よくドラマで出て来ますけれど、事実、証拠がはっきりしないとむずかしいものだろうと思いますが、きっと、この菅家さんのように、気が優しくて、何がなんだかわからない状態で、怖くて、早く抜け出したくて、つい犯人ですと言っちゃう可能性はすごく感じますね。
想像するより、取り調べは心身に過酷でしょう。

40代から60代の間の時間、本当に取り戻せないですね。
これを思うと大変なことです。
ただ、人ごとのように聞こえると思われる向きもあるかもしれないけれど、菅家さんが、このどうしても戻らない時間を、犠牲のみとか無駄だということに感じておわらせずに、むしろ、なにか自分の独特の糧になる風に、これから生きて行かれると、すごいことだろうと思います。きっとそうされるだろうと思います。
by past_light | 2009-06-24 16:00 | ■ちょっとミニメモ | Trackback | Comments(4)

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